第11話 仲間の証
「へぇ、いい部屋だね」
一緒にゲームでもしようと彰に誘われ、総司は彰の家へとやってきた。 学校から自転車で10分程度、総司と春の家に向かう道から少しはずれたところだ。 信雄と文彦の二人に春もきている。
彰の部屋はそれなりに綺麗にされていた。 壁にはアイドルのポスターが貼られ、本棚にはマンガや雑誌が適当に詰め込まれている。 普通の高校生の部屋といった感じだ。
体を動かすのが得意な彰は筋トレも趣味でそのための器具もいくつか転がっている。 身長は総司の方が高いが体格では彰の方が上だ。
「適当に荷物置いて楽にしていいぞ」
彰に言われる前から信雄と文彦は適当に鞄を置いて座っていた。 勝手知ったる友人の家といった感じだ。 総司もそれに
信雄や文彦の部屋と同様、彰の部屋も広かった。 春も含めて五人がいても余裕があるくらいに広い。 東京だと総司もそうだったし友人もみんな、自分の部屋があっても六畳、中には自分の部屋がない友人もいた。 田舎ではこれが普通なんだな、というのが総司の感想だ。 総司の部屋も10畳あって以前の家とは比べ物にならないくらい広い。
「麦茶持ってくるからちょっと待っててな」
彰が部屋を出ると総司の横に春が腰を下ろす。
「春ちゃんもゲーム好きだよね」
「下手だけどね! みんなで遊ぶの楽しいから!」
春は三人の女子とは家が反対方向になるため、平日は男子たちに混ざって遊ぶことが多かったそうだ。 それはつまり、初日に話していたようなことも時折していたのだろうが、総司はそこは意識しないことにした。
これだけの人数で誰かの家に集まるのは初めてだが、今まで信雄や文彦の家に行った時もそういう雰囲気はなかった。 自分もいるわけだしさすがに普通に遊ぶのだろうと総司は思っていた。
「みんな集まってだとゲームは何やるの?」
「みんなでwitch持ってきてフリオカーペットとかクリーチャーハンターとかよくやるよ。 春はwitch持ってないからここでスラッシュブリーダーズとかね」
そういうことばかりでなくちゃんと普通に遊んで楽しんでるんだなと、総司は安心を覚えた。
「じゃあ今度は俺もwitch持ってくるからクリハンの協力とかやろっか。 春ちゃんにも貸してあげるからさ」
「総司も結構ゲーマーだよな。 CODも上手いし」
文彦はFPSも結構やっていてその点では総司と気が合う。 週末には思わず二人で夜中までがっつりプレイしてしまったくらいだ。
「お待たせ。 悪いな。 お袋が食器も洗わないで行ってるから」
「お母さんは出掛けてるの?」
「言ってなかったっけか? 総司の親父さんの現場の購買で働いてんだよ。 ここんとこは雨が多くて休んでたけど。 親父と途中までは一緒に帰ってくるから19時頃までは誰もいないんだ。 おかげで気兼ねなく遊べるけどな」
麦茶を配りながら説明する彰に、総司は軽く相槌を打つ。 彰の父親のことは聞いていたが母親のことは初耳だった。
総司と彰が話をしてる横では、すでに遠慮など欠片もない仲の文彦と信雄がゲーム機を引っ張り出して準備している。 彰もそれを何とも思うわけでなく立ち上がり、
「それじゃちょっと洗濯物取り込んだりしないといけないからさ、四人でやっててくれっか? すぐ戻る」
「おつとめごくろうさん」
母が勤めに出ているため、洗濯物を取り込んだり朝食に使った食器の片付けは彰の役割になっている。 お盆を持ってまた部屋を出ていく彰に声をかけながら、信雄はすでにゲームを起動していた。
「んじゃ、春から選んでいいよ」
「うん! それじゃ──」
スラッシュブリーダーズ──通称スラブリは様々なステージや条件で多人数で同時に戦う人気タイトルだ。 獣人キャラとブリーダーの組み合わせで能力やスキルが変化するのが特徴で、鉄板の組み合わせもあればなぜそれを選ぶ?といった厳しい組み合わせもある。 これが逆に縛りプレイや上級者と初心者の間でハンデを付けるといった形での楽しさを提供して、上手い下手を問わず大勢で楽しめるようになっていた。 組み合わせを選択する時にキャラとブリーダーの相性が星で表示されるので非常に分かりやすい。
春は扱いやすいバランス型の犬耳獣人(♀)キャラと相性のいいブリーダーを選択した。 総司たちはランダム選択で星3以下の縛りでキャラを決めるとゲームを始める。
文彦は星3、総司と信雄は星2のペアで、文彦はまだしも総司と信雄は大分不利だった。 これが完全にランダムで決めたなら星5の春を集中して狙うところだが、春が下手だというからハンデを付けてるわけで、総司も春に他の誰かが向かってる時は別の一人と戦うよう、ある種の接待プレイでゲームをしていた。
「うー……これでも負けるとか悔しい!」
結果は文彦が一位で春が二位、総司が三位で信雄が最下位だ。 ハンデありなのに一位になれなかった春が悔しがるが結構な接戦になって盛り上がった。
「でも最初と比べれば上手くなったよ。 それこそ星5と相手全員星1でも最下位だったんだから」
「んー……そだね! もっとがんばってハンデなしでも勝てるようになるよ!」
「その意気その意気。 じゃ、もっかいやるか」
信雄の言葉に春がやる気を出したので、再度ゲームを開始する。 戻ってこない彰をそっちのけで盛り上がり四ゲーム目を始めようかというところでようやく彰が戻ってきた。
「終わった終わった。 いい感じに盛り上がってるな」
「お疲れ。 毎日大変だな」
「その分、小遣いもらえることになってるんだからしっかりやらないとな」
「そこは羨ましいよね。 洗濯物と朝の食器の片付けで月3000円だっけ?」
「でも面倒くさいよな」
「んなこと言ったら総司のとこはもっと大変だろ。 料理もやってるんだろ?」
布団を持って入ってきた彰が、画面に向かう四人の後ろに布団を置くと総司に話を振る。
「毎日、春ちゃんに教えてもらってるからそれなりにね。 洗濯は夜に父さんが洗濯機を回して朝に俺が干して出てるよ」
「そう考えると総司は偉いよな」
「俺だって元々はやってなかったよ。 必要に駆られて仕方なくやってるだけだから」
「ああ──」
話題が総司の家の離婚に触れそうになり、気まずそうに文彦が口を閉ざす。 信雄と彰も話題をどう逸らそうか考えてすぐには出ないで困っている。
「それでもさ! 今までやらなかったことをちゃんとやって料理も覚えようとしてるんだから総司くんはすごいよ!」
そんな空気を破るように、春がいつものように元気よく総司を誉める。 何となく暗くなりかけた空気が吹き飛び、総司も他の三人も思わず吹き出していた。
「ありがと、春ちゃん」
「へへっ♪」
総司のお礼に春が照れたように笑うと、場の空気が明るくなる。 カップルみたい、という言葉は三人とも飲み込んだ。 変に意識させると梨子が不利になりすぎて可哀想だと、そのくらいには三人とも気を遣えないわけではない。
「それじゃ始めるか」
「始めるって……まだ布団を取り込み終わってないんじゃないの?」
彰の宣言に総司は首を傾げる。 ゲームを始めるのはいいがよく見れば彰が持ってきたのは敷き布団だけだ。 掛け布団はこの時期じゃ暑いからタオルケットだろうが、他にも取り込むものは残っているんじゃないかと、総司は疑問に感じた。
「ああ、俺の布団はもう取り込んであるよ。 こいつは客用の布団な」
敷き布団を敷きながら答える彰に、総司は嫌な感じを覚えた。 なぜ客用の布団を持ってきて、今、ここで敷く必要があるのか。
「一応干したけど俺って結構汗かきだからな。 客用の布団の方がきれいでいいだろ?」
「それって……」
何を言ってるのか、分からないはずはない。 しかし総司には彰が何を言っているのか分からなかった。
遊ぶ時に布団を持ってくる──春が言ってたことからすれば彼らの中では普通のことなのだろう。 そういう仲間同士である彼らの中ならば。 それをなぜ自分がいる時に用意するのか、理解できなかった。
戸惑う総司の肩に、文彦が腕を回してくる。
「まあ何かって言うとさ、総司も俺たちの仲間なんだからちゃんと仲間として歓迎しようってことだよ」
「日曜に歓迎会もやるけどさ、総司が戸惑わないように先に触りだけでもってね」
この言葉の意味を総司はすぐに理解した。 日曜の歓迎会というのはつまり
みんなの気持ちを総司は心の底から嬉しく思った。 ほんの数日なのに仲間として受け入れてもらえてるんだと、それは本当にありがたく、みんないいやつらなんだと感じた。 それは紛れもない本心だ。 しかしその上で、冗談ではないというのもまた本心だった。
そして、総司はみんなをいい友人と思っていたが自分の内情を打ち明けられるほどの仲には思っていなかった。 春にだけなら言えたかも知れない。 しかしそれでも言いにくいことで、打ち明ける選択肢はなかった。
立ち上がろうと思っても文彦が首に手をかけるように腕を回しているからそれもままならない。
相手の価値観を尊重するという考えがなければ、総司は自分の価値観をぶつけられた。 だがそれをやるのは断絶を覚悟してのことだと、総司はその選択肢を選べなかった。 付き合いを続けたいと、そう思うくらいにみんないい友人だから選べなかった。
どうやって穏便に済まそうか──そう考える総司の手に柔らかい手が重ねられ、春がそっと身を寄せてきた。
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