第10話 破局の始まり
「それでね! 昨日も一緒にご飯食べてたんだ!」
「料理も覚えようとかすごいよね。 優太がやってたらまたそんなにモテたいのかって思っちゃうけど」
「真面目だし努力家なんだね。 洋介たちが独り暮らし始めたら絶対インスタントだけで済ましそう」
「てか春ー。 何かめっちゃ春にリードされてる気がするんだけどズルくない?」
男子が屋上で集まっている時、女子は教室で話をしていた。 生徒数が減って広さの割に席の数が少ない教室はどこかさみしさを感じさせる。 しかし、女子四人の会話はそれを感じさせないくらいの賑やかさだ。
賑やかさの中心には春がいる。 いつものように元気いっぱいに、総司との放課後の時間のことをみんなに話して聞かせていた。
料理を教えて二人きりでご飯を食べて、20時頃までいつも一緒にいると、そんな話を聞いて口々に感想を述べる友人たちだが、梨子は二人の仲が進んでいるように思えることに不満そうに頬を膨らませている。
「だって総司くんにお願いされてるんだもん……だから一緒になるのは仕方ないことなの!」
「だけどもう恋人同士みたいになってるじゃん」
梨子の指摘に照れたように笑う春に、梨子は悔しげに呟く。
「おまけに今日は彰ん家であれでしょ?」
「うん! 総司くん、喜んでくれるといいな!」
「うー……またリードされるぅ。 しょうがないんだけど悔しいなぁ」
「てかまだ分かんないでしょ? 春が聞いた話だと問題なさそうだけどあいつらが確認してからって話になったじゃない」
「だけどさぁ……それならそれで春がって可能性が高くなっちゃってるじゃん」
「よっ、お待たせ」
噂をすればと言うように洋介が教室にやってきた。
「おかえり。 どうだった?」
「問題はなさそうだな」
由美に簡潔に聞かれて、洋介も短く答えながら四人の近くの席に座る。
「気になってる相手はいないって?」
「ああ。 恥ずかしがって隠してる風でもなかったし多分本当のことだと思うぞ」
「春と梨子には残念なお知らせかな?」
「春に決まってなくてあたしは安心ー。 まだチャンスはあるわけだし」
「あたしもこれからがんばればいいし!」
「好みの話はしてた?」
「外見は由美が一番好みだって言ってたぞ」
「えっ!?」
「そうなの? じゃああたしも総司くん狙っちゃおっかなぁ」
「ポニテが好きだって話だったけどな」
「おどかさないでよ!」
「悪い悪い。 とりあえずみんな好みっちゃ好みだってさ」
「そっかぁ……でもあれだね。 ポニテ好きならあたしもそうしよっかな」
洋介が屋上での話を聞かせるとみんなして盛り上がり始める。
屋上で総司に気になる相手がいないか話を振ったのは、みんなで示し合わせて探りを入れていたのだ。
総司の転校初日の月曜に総司の体調が悪くなってしまったのに始まり、火曜は総司の希望と、洋介と賢也も総司の歌に興味があってカラオケになり、水曜は洋介と賢也が早く総司と曲を合わせてみたくて動画撮影になった。
それ以降も場所の問題があったりそれぞれに用事があったりして都合が合わず毎日普通に遊ぶばかりで、歓迎会前に少人数で総司に経験させようという話は流れてしまっていた。
それを今日、彰の家が誰もいなくて使えるから改めてやろうということを夕べ、彼らが使っているSNS、Wireのグループトークで話していた。 歓迎会が終わるまでは総司には内緒の話をするためにまだ誘っていないグループトークで大盛り上がりだったが、そこで冷静な由美から一つの問題が提起された。
『総司くんも誰かが気になってたりしないかな?』
10日間、みんなで話したり遊んだりして、総司のこともそれなりに見えてきている。 そんな中で、春と梨子が総司のことを意識しているのは全員が知っていた。 二人とも仲間の間で隠そうという意識がなくて普通に話してるのだから当たり前だ。
好きとはっきり言えるほどではないが二人は総司を意識している。 ならば逆に、総司も誰かを意識している、その可能性があるのではないか。
東京に彼女や好きな相手がいないことは春から聞いていたからそれは問題ないが、誰か気になる相手がいるなら他の女子とするのは嫌がるかも知れないし、逆に洋介たちも総司が気になる相手とするのは憚られた。
乱れているようで、仲間だからこそそういう意識はむしろ強かった。 彼らの関係はそれぞれが恋愛感情を持っていないからこそ成り立っている。
その証拠に、春と梨子は総司以外としないことを決めてみんなに伝え、みんなそれを快諾してがんばれと応援している。 総司の気持ちが誰かに向いていないなら、お互いに総司とすることも、春と梨子は二人で話して納得していた。
ただ、総司が由美か紗奈が気になってるようなら、少なくとも日曜の歓迎会で予定していたことはなしになっていたし、今後もできなくなっていただろう。
「みんな可愛いと思うって言ってたし、今日も日曜も予定通りで問題ないだろ」
「あたしと紗奈は三人ずつ相手だから大変だけどね」
「ちゃんと休ませてくれなかったら怒るからね」
総司と春と梨子──彼らの中でこの三人はもう一組で決まっている。 由美が洋介と賢也に信雄。 紗奈は彰と文彦と優太。 以前ならそれなりに入れ替わりがあったが、今後はそれでほぼ固まることになる。 それならばそのグループごとに集まってしてればいいだろうと普通なら思うところだが、みんなで一緒に、互いに見せ合うのが彼らの仲間意識で、歓迎会でもみんな揃うつもりでいた。
「Wireにはもう流してあるから放課後に彰ん家は決まりな。 がんばれよ、春」
「うん!」
「ちょっと! 春にがんばられるとあたしが困るんだけど」
「そこは歓迎会でがんばれよ。 手抜きってわけにもいかないだろ?」
「それはそうなんだけどさぁ……うー、もやもやする!」
「多分だけど今日の彰くんたちの方がもやもやするよ? 春ちゃんと総司くんがしてるのに自分たちは何もできないんだから」
「それはそうだけど……」
紗奈の指摘に梨子が黙り込む。 月曜だったら総司を仲間に迎え入れる、ある種の儀式としてのそれが終わった後にそのままみんなで、となるはずだったのに今はそうはいかない。 目の前で見せられてそれもつらいだろうが、彰たちには日曜までは色々と我慢してもらうしかない。
煩悶しながら梨子は春に勢いよく、掴みかからんばかりに身を乗り出す。
「春! 今日は一回だけにしてよね! 総司くんがしたがっても遅くなるからって上手く誤魔化して!」
「大丈夫だよ! 今日も料理しないとだし!」
「それヤバイじゃん! もう料理だけじゃ済まないでしょ?」
経験した直後に総司の家で二人きりになることに気付き、梨子は頭の中でその後の二人の姿を思い浮かべてしまった。
──台所に立つ春を後ろから抱き締める総司
──総司に求められるまま愛撫を受け入れる春
──体をまさぐり合い、料理そっちのけで求め合う二人
まさに愛し合うとしか言えないその姿に、梨子の想像はさらに膨らむ。 食事を終えた後は総司の部屋のベッドで求め合い、一緒にシャワーを浴びてまた愛し合って──そんな光景に巻き返せる自信がなくなり悔しそうに唸る。
「それは……えへっ♪」
「えへっ♪じゃないでしょ! おまけに考えてみたら明日も明後日もそうなるんじゃないの!? 最初のアドバンテージどころの話じゃないじゃん!」
同じことを想像して照れる春に、梨子が自分の不利さどころかスタートラインに立てるかさえ怪しいことに気付いて叫ぶ。
「でも総司くんはあたしのことが気になってるわけじゃないし」
「そんな風にしてたら気になっちゃうかも知れないでしょ!? 総司くんの中で春が確定になっちゃうじゃん!」
「そこは歓迎会で梨子もがんばれば大丈夫だよ!」
「だから歓迎会の前に総司くんが春のことを意識するようになったらあたしが総司くん狙えないって話をしてるんじゃない!」
「「「あっ……」」」
「あれっ?」
梨子の言葉に三人の呟きが重なり、春は一人で頭を捻る。
「んーと……あっ、そっか!」
そもそも、総司が意識してる相手がいないから二人ともがんばれ、という話になったのに、歓迎会の前にそうなってしまってはさすがに梨子が可哀想だ。 難しい顔で洋介と由美は顔を見合せる。
「ってもなぁ……いきなり歓迎会もアレだろ?」
「とりあえず、春は梨子も総司くんのこと気になってるって総司くんに教えてさ、歓迎会の話をしてもいいからちゃんと二人を見てって言うしかないかな」
「それと日曜にみんなで楽しむからそれまでは我慢してってちゃんと断ることだね」
「うー……分かった」
「そこで渋んな、春! スタートダッシュ決めるどころかあたしがスタートラインに立つ前にゴールとか本当にやめて!」
「ジョーダンだよ、ジョーダン! でも歓迎会の後は分かんないよ?」
「そこは学校でアプローチする。 負けないからね!」
「うん!」
何だかんだと話がまとまり、時計を見ると授業開始の五分前になっていた。 そろそろみんな屋上から戻ってくるだろう。
五人は自分の席に移動して授業の準備を始め、それからほどなく総司たちも教室に戻ってきた。 放課後に彰の家でゲームでもしようと誘われ、それを楽しみにしている総司は結局、何も知らないままに放課後を──その時を迎える。
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