第9話 狂う歯車

 今日もまた、程よく曇った空の下で総司たちは弁当を食べて駄弁っていた。 晴れているとさすがに暑くて敵わないが、日差しが隠れていると外の方が気持ちいいからと、男子全員で屋上か校庭に行くのがいつものパターンだ。 女子は日焼けを気にしていつも教室で昼休みを過ごしている。

 みんなで色々話しているが、総司は動画の件もあって洋介と賢也の二人と話す割合が多い。


 一昨日に収録した動画の編集は今してる最中だけどと、洋介が録音した音源をスマホに取り込んで持ってきていて、みんなで聴きながらまた盛り上がった。

 最初の撮影の時から春と梨子は毎回観にきていて、その度にかっこよかったとすごく興奮してる話を聞いた優太が楽器を始めようかと言い出すくらいで、またモテようとか考えてるんだろ、と笑いながら洋介と賢也も歓迎していた。


「ところでさ、総司は誰が一番好みなの?」


 優太がドラムで入るとまた楽しくなりそうだな、と総司が考えていると、不意に信雄にそんなことを聞かれた。


「……好みって?」

「決まってるじゃん。 四人しかいないけどさ、みんなそこそこ可愛いし総司は誰が好みなのかなって」


 仲のいい男子高校生の間では定番の話ではある。 距離がさらに縮まっている証と捉えれば嬉しい話ではあった。 しかし総司の内心としては、知らない体になっているとは言え自分達が共有してる女の子の誰が好みかなどと聞かれるのは正直あまりいい気分はしない。


「まだ好きとかないだろうけど好みくらいあるだろ? やっぱ気になるしさ」


 悪気があって聞いてるわけでもないし、友人としての興味を持たれてるのは悪いことではない。 総司はしばし考え込み、


「まあみんな可愛いのは同意だけど恋愛とかは考えてないかなぁ。 好みって言えば全員好みだよ?」

「いやいや、そこはやっぱ一番を挙げてみるべきだろ?」


 無難に答えてやり過ごそうと思った総司だが、文彦に追求されて言葉に詰まる。 あまり話したいことではないが、総司がすでにみんなの関係を知ってることは知られていないはずだ。 別に変なことを聞かれてるわけでもないのに誤魔化すのもどうかと思うし、かと言えぶちまけるのも気が引ける。

 少し考え、総司は一人の名前を挙げることにした。


「まあ……あえて一番を挙げるなら由美さんかな?」

「マジで!?」


 考えた末に挙げた名前に、洋介と賢也が身を乗り出して食い付いてきた。


「てっきり春か梨子だと思ったのに。 女子で総司が仲いいのってあの二人だろ?」

「いや、外見の話ね、外見。 ポニテが好きなんだよ」


 総司の返答に全員が揃って微妙な顔をする。 好みの女の子を聞いてるのに好みの髪型の話をされたのではまあそうなるだろう。


「それ、なんか違くね?」

「全員ポニーテールだったらどうすんだって話だよな」

「そう言われてもね。 実際、誰が一番とかよく分からないかな」

「じゃあさ、中身を含めてだったらやっぱ春か梨子か?」


 中身の一部を考えたらみんな対象外──そんな言葉は出さずに総司は少し考え込み、


「てかさ、何か春ちゃんと梨子さんを妙に推されてる気がするんだけどどうしたの?」


 疑問に揃ってため息を吐かれ、総司は首を捻る。


「お前さ……気付いてないとは言わないよな?」


 洋介の言わんとすることは総司にも分かった。 そこまで鈍いわけではない。

 梨子はカラオケ以来、学校では総司によく絡みにくるし、春は初めての近所の友人ということがあるにせよ一緒にいようとすることが多い。

 好意を向けられているのは分かる。 しかしそれが恋愛感情だとは微塵も思っていない。 『好ましい』と『好き』に大きな隔たりがあることを総司は実感していた。


「それは……まぁね」

「まだ数日だから好きとかじゃなくても二人とも気にしてるみたいだし、紗奈と由美だって総司のことはかっこいいって言ってたからな。 ひょっとしたら誰かと総司が付き合うんじゃないかって、長い付き合いの俺らとしては興味があるんだよ」

「心配しなくても恋愛はあまり考えてないよ」

「……心配ってなんだ?」


 怪訝そうな洋介に口が滑った総司は慌てる。 性欲処理の相手が減るのを心配してるのかと、本当に少しだけだが皮肉げに思ってしまったことが口に出てしまった。


「いや……みんなの方が付き合い長いんだしそれぞれに好きな相手がいるんじゃないかと思ってさ」

「ああ、そういうことか。 俺らはそういうのはないかな。 付き合い長いし仲間って感じだからな」

「そうなの?」


 慌てて捻り出した言い訳に納得した洋介の言葉は、総司にとっては意外だった。


「もうそういう感じじゃないんだよね。 由美だって付き合ってたのは先輩だったし。 総司も仲間だけど外からきたから可能性はありそうじゃん?」

「あいつらが誰かと付き合うなら俺らも祝福するしな」


 頷き合うみんなを見てるとどうやら本当にそう思ってるようだ。

 考えてみれば、仮に恋愛感情を持っていたなら春に聞いたような関係を続けられるわけがない。 それとも付き合えないならせめて体の関係だけでもと続けることもあるのだろうか。 総司は少し想像してみたが、それだけで嫌な気持ちになってすぐにやめた。

 邪推したことを内心で詫びながら納得してる総司の首に賢也が腕を絡ませてくる。


「そういうわけだからさ、どうなのか正直なとこを聞かせてくれよ。 春か梨子が気になってるんなら俺たちも協力するぜ?」

「いやぁ……特に気になってるとかはないかな」


 これは総司にとって正直なところであり、同時に嘘とも言えた。 特に春に対しては複雑な心境でいる。


「本当か?」

「本当だって」

「でも春とはほぼ毎日一緒に帰ってるし、近所なんだから二人で遊んだりとか何かあるんじゃないのか?」

「料理を教えてもらってるから夕飯は二人で食べてるけどそれだけだよ」

「確か毎日教わってるんだっけ?」

「そうだね」

「親父さんは毎日遅いんだよね?」

「いつも22時くらいだよ」

「ってことは毎晩二人きりで食事?」

「まあ……」

「……何かもう恋人同士みたいな絵面が浮かんだんだけど」

「…………」


 信雄の指摘に全員が同じような光景を思い浮かべ激しく同意する。 総司まで否定しきれず思わず唸ってしまった。 みんなの想像が更に深まりそうなので、新婚みたいと春が言っていたことは黙っておく。

 ともあれ、総司は気を取り直すように息を吐くと改めて否定する。


「春ちゃんはいい娘だし近所の友達だから付き合ってくれてるだけで本当にそれだけ。 部屋に入れたこともないし」

「見られたくないものもあるもんな」

「パソコンはロックをかけてるから問題ないけどね」


 からかうように笑う賢也に、これは総司もニヤリと笑い返すとその場に妙な連帯感が生じた。 本や動画や画像などを持っているのはみんな変わらないらしい。


「じゃあ今のところは本当に誰かが気になってるとかはないんだ?」

「そういうこと」


 総司が断言するとみんなは顔を見合わせて頷く。 それが何を意味するのか分からず怪訝な顔をする総司に、


「総司にその気がないならあの二人に任せようってことだ。 総司がどっちか気になってるなら全力で応援したけどな」


 賢也がそう説明するのと同時に、洋介がスマホを取り出して画面を確認すると立ち上がる。


「何か由美が教室にきてくれって言うから先に行ってるな」


 軽く手を振って洋介が屋上から出て行くと、話は日曜のことになった。

 歓迎会を開きたいが総司の部屋も見てみたいから総司の家に行けないかと、先週の火曜にみんなから打診されていた。 しかし、料理を教わるのに時間を取られて引っ越しの荷物を片付け終わるのに時間がかかりそうだし日曜日に一気に片付けたいと、総司は次の日曜にどうかと提案していた。

 みんなもそれに賛成して今度の日曜には総司の家に全員が集まることになっている。 リビングと続きの部屋を使えば10人くらい集まれるし、何より歓迎してくれるのは嬉しかった。

 お菓子やジュース、それにゲームなど、誰が何を持っていくか話しながら、ふと総司は先程の洋介を思い出し違和感を感じた。 それが何なのかは分からず、そのまま昼休みが終わるまでみんなと日曜の話で盛り上がった。



 回避できる選択肢は途中にいくつもあった。 だが結局、総司は全ての選択肢を間違えた。

 価値観を大事にする──その父の教えは総司に相手に踏み込まないようにする癖を付けていた。

 そして同時に、相手を理解できるようになるまで大事なことを隠す癖も付けていた。

 総司が新しい友人を仲間だと──踏み込み、踏み込まれることを許せる仲と認めるには時間が足りなかった。

 そして、新しい友人たちが総司を仲間と認めて受け入れるのは総司が思うよりも遥かに早かった。


 みんなが楽しむのを邪魔したくないと外側から仲間を見ていた総司と、もう仲間のつもりで楽しんでもらおうとしていた彼ら。

 ある意味ではどちらも正しく、しかしやはり間違っていた。

 価値観の尊重というぶつかり合いを避ける事なかれ主義と、安易な仲間意識による深く知らない相手を自分達と同一視する思い込み。 そのどちらにも相手を理解しようという大事なことが欠けていた。

 その結果これから起きることは結局、選択肢など存在しない必然だったのかも知れない。

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