第8話 友人たちとの日々

 総司が転校してきて11日が過ぎた。 新しい友人たちとは良好な関係が築けている。 みんな総司を仲間として扱ってくれたおかげで総司も自然に溶け込めた。


 転校翌日の火曜には約束通り、梨子の家でカラオケを楽しんだが総司の歌は好評かつ想像以上の高評価を受けた。

 信雄と彰はまあまあ上手くて文彦と優太は普通。 洋介と賢也は春が言うように下手だからか、総司の歌唱力を確かめるのに多く歌ってほしかったからか歌わずにいた。 女子だと梨子も中々上手かったし由美もそこそこで、紗奈はほぼ聞き手に回っていた。 春は元気よく歌うけどあまり得意とは言えないようだ。

 そんな面子の前で当たり前のように全曲95点以上を叩き出す総司に、みんな大盛り上がりだった。 音程や歌い回しの巧さで叩き出す点数だけではない、艶のある伸びやかな声で低音から高音まで表現豊かに歌い上げる姿は有名な歌い手にもひけを取らないものだ。 あまり自信がないと言っていたのは謙遜だったのかと、そんな疑問も吹き飛ばすくらいに春を興奮させていた。


 得意のバラードで98点を叩き出すに至って、洋介と賢也に一曲合わせてくれと勧誘され、次の日に撮影することが決定した。 動画配信にちょっとだけ興味があった総司も、少し恥ずかしいと思いつつ割と乗り気になっていた。


『そのモテ力を分けてくれ!』


 と、優太がふざけて笑われていたのはご愛敬だ。 実際、洋介が動画のことで総司と話をしてる横で、梨子の総司に対する距離感はやたらと近くなっていた。 密着とまではいかないもののすぐ隣に座ってやたらと話しかけてくるし、一緒に歌おうと誘われたり、積極的な梨子に総司は戸惑ってしまった。 向かいでは同じように春が話しかけてきて、端から見たらモテてるように見えるだろう。

 総司としても嬉しくないわけではないが、例の話は常に心に付きまとう。 それさえなければ誰かと付き合ったりすることもあったのかと、意味のないことを考えてしまう。 それが無理なことに寂しさを感じないでもないが、友人同士で遊ぶことは楽しんでいた。


 水曜は前日の約束通りに洋介の家で動画撮影をした。

 洋介の家は小さな造り酒屋で、もう使われなくなった地下の倉をスタジオ代わりに使っている。 洋介の叔父が若い頃にかなり音楽にはまっていて、友人とバンドを組んで練習するのに改造して使っていたのだそうだ。 ドラムセットやキーボードも古いものだが残されている。

 洋介がギターにはまったのも叔父の影響で、楽器も叔父が使っていたものを譲り受けたと話を聞いた。 録音機材も古いものだがそこそこには使えるそうだ。

 春と梨子も見学したいと付いてきて、他のみんなは別行動だった。 男同士、女同士で遊んでいるのか、それともセックスでもしているのかは分からないが、知りたいことでもないし総司にはどうでもよかった。 ただ、初日以降は校内でするようなことはなくて、馬鹿みたいに頻繁にやってるわけでもないのかな、と総司は感じていた。


 曲は洋介と賢也が弾ける曲の中で、しばらく前に流行ったロックを選んだ。 総司もカラオケで何度も歌っていて自信のある曲だった。

 洋介と賢也がそれぞれにチューニングをしてる横で、総司も発声練習の真似事をしながらカラオケとは違う緊張感と高揚を感じていた。 これから歌うのが動画配信で誰かに見られる──そう考えると何だか楽しく感じられた。

 カメラをセットして春と梨子がワクワクしながら見守る中、洋介と健也の演奏が始まると総司の体を突き抜ける爆音が響いた。 ギターとベースの激しい音の奔流が心臓を叩いているかのように、鼓動が跳ね上がる感覚に総司の顔には思わず笑みが浮かんでいた。

 カラオケとは違う生演奏──楽器が少ないせいで違和感は多少あるものの、カラオケとは全く違う体で感じる音に思わず踊り出したくなるような衝動に駆られ、総司も思い切り弾けてみた。

 音の奔流に合わせて体を激しく動かしながら、全力で声を張り上げ歌う。 そんな姿に春と梨子は驚いたような目を向け、途中から声は出さなかったがノリノリで応援していた。


 ノリのままに、実際のライブのように激しく歌い、曲が終わる頃には総司は結構な汗をかいていた。 正直、歌ってこんなに気持ちよかったのは初めてで、カラオケとは比べ物にならない高揚感にはまってしまいそうだった。

 春と梨子がすごかったと騒いでいたが、総司は洋介と賢也も結構上手かったと思う。 とは言え、そんなに詳しくもない素人の感想でしかないが。

 みんなで興奮して盛り上がりながら、また近い内にやろうと決めて曲は何にしようかと話して、楽しい時間だった。


 それからも毎日、同じように色々なことをして遊んだ。

 洋介たちとの動画撮影も二回して、最初の動画はアップしたら視聴数も今までとは比べ物にならないくらいに増えた。 とは言え、有名な配信者ほどではなく精々が一万を越えたくらいだ。 それでも二千を越えたことがない二人からすればかなりの快挙で総司を入れて正解と大喜びだった。

 全員ではないがカラオケも何度か行ったし、学校の周りの案内もしてもらった。 春に料理を教わってる流れから紗奈にお菓子作りもどうかと誘われ、女子四人と紗奈の家でお菓子作りに行った時は色々と微妙な心持ちではあったが楽しかった。 その後のお茶会での居心地の悪さは総司の人生においてかつてないものではあったのは言うまでもない。

 もちろん男子の家にも遊びに行ったし、文彦とは夜にネットでFPSで盛り上がった。 雨の日が多かったため室内での遊びが多かったが、インドア派の総司としては楽しい日々が続いた。


 春は女子同士の集まり以外ではほとんど総司と一緒に行動していて、夕方になってみんな解散すると総司は春と家に向かう。 別行動の日も、春は夕方に家に戻るとすぐに総司の家に来た。

 毎日、春に料理を教えてもらい、一緒に夕飯を食べるのがほとんど当たり前のようになっていた。 さすがに悪いと思ったが春は全く気にする様子がない。


『お母さんもね、色々大変だから力になってあげなって! ご近所だから遅くても大丈夫だからって!』


 春の母親は早くに春を産んだらしく、まだ40手前の若々しい感じの人だった。 最初に挨拶に行った時から思ったことだが、春に似て快活な人で好感が持てた。 総司も近所なのに春を毎日ちゃんと送り届け、毎回お礼を言っていたので春の母親には気に入られていた。

 春を送って家に帰ると智宏が戻るまでは一人の自由時間だ。 宿題と風呂を済ませ、ゲームや動画を見たりで時間を潰している内に22時になり智宏が戻ってくる。

 父が心配しないよう、学校生活や友人に関しては毎日詳しく話すようにしていた。 友人に恵まれたおかげで、仕事で忙しく、母の浮気で離婚したばかりの父に心配をかけずに済んでいるのは本当によかったと総司は思っている。 みんないい友人で、総司が引っ越してきても楽しく生活していることに智宏も心から喜んでいた。


 中でも春に関しては初日のこともあり、料理を教えてもらって特に親しくしているのも当然聞いているため好感を抱いていた。

 今日、この日──友人たちとの楽しい生活が続くという期待が全て崩れ去ることになることを、総司も智宏も想像さえしなかった。

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