第三章 薔薇まとう愛の使徒_一
フレデリカは教会の裏で、エリシオに手を掴まれながら問い
「こんな
「ち、
彼は
(うぅ……近いわ)
フレデリカは異性慣れしていないため、気まずくなって顔をそらす。するとエリシオはつないでいた手を解き、子どもと目を合わせるように
「教会を花や
「それはその……愛の
「出典は? どんな言葉?」
「きゅ、旧ミティア教経典の第九章にある……」
食い気味に聞かれ、フレデリカは後退しながら答えた。
「なるほど。『しかるべき場所ほど彩るべき。
「領地の未来がかかっていますから、
「それを婚姻の儀式に取り入れるところが
「え、ええ。そうですけど」
「遠目だったから確信は持てなかったけど。もしかしてバートリー商会のシフォンを使ってくれた?」
「
「そうなんだ! 今回の婚姻の儀式は部外者であるおれへの敬意も感じられてよかったよ。本当に細部にまで参加者のことを考えていたんだね」
ものすごく
(確かに結婚式は商売として成立していたけれど、婚姻の儀式ではそう
もしも前世の結婚式のやり方をイフレイン王国に
リオハルトの
表情を
「もしかして、おれの言葉が信じられない? いままでずっと断り続けていたから?」
「いいえ……信じますわ。だってこれ以上ないくらい、ありがたい申し出ですから。でも」
「手のひらを返されるのが
「!」
フレデリカは顔をあげる。エリシオは
「そんなことはしない。おれは君の力が欲しいんだ。周囲の意識をより良いものに変えて共感させていくその力が。掴んだ手をそう簡単に離したりしないよ」
彼の言葉には
「おれは商売で儲けることを生きがいとしている。バートリー
「……? エリシオさまはもう十分、
「それだけでは満たされないんだ」
ややあってフレデリカは
「君も知っての通り、おれは他国からシフォンの技術を持ちこむことでバートリー商会に
「……あまり買いかぶらないでください」
「どうして? ほかにもアイデアがあるんだろう?」
「えっ……? なぜそう思うのですか?」
「おれはこう見えても一流の商人だよ。わかるさ」
(──ああ)
エリシオによってフレデリカの
「ええ、ありますわ」
自分自身でも
(前世の私にとっての生きがいは
結婚式はある程度のプランやコースが決まっているが、その中でもお客さまのことを考え、
フレデリカは
「エリシオさまのお話をお受けします」
「そうこなくっちゃ」
エリシオは片手を差し出した。フレデリカは
その翌日。フレデリカは領地の出入り口である『フォグリヤ』で、
リーシュからは一生分の感謝と
領民たちと共に遠ざかる馬車を見つめたあと、フレデリカは背後を
「ええっと。もうしばらく残ってくれるそうです」
「お世話になります」
綺麗な
「エリシオ
「
ルーベンはますますわからないと
「実はバートリー商会にフレデリカ
「フ、フレデリカがバートリー商会に協力を?」
ルーベンを筆頭に家族にも二度見されながら、フレデリカはこくりと
「いつの間にエリシオ殿とそんな関係になったんだ?」
フレデリカは関係? と首を
「気づいたら、かしら。毎日
「……毎日か。なるほど」
「ああ、ついにお姉さまが」
なぜかルーベンとセオドールが遠い目をしていた。フレデリカが理由を問う前に、母親のサーシャによって
「エリシオさま、どうぞ
「もちろんです。では、フレデリカ嬢、さっそく商談と参りましょうか」
「え、ええ」
フレデリカはエリシオによってエスコートされながら議会堂を目指す。どうしてだろうか。ルーベンとセオドール以外の人に見守られるような視線を向けられた。
議会堂に着いてから紅茶を用意しようとすると、エリシオの側近が「私たちがやりますので」と申し出てくれた。彼らに
「さっそくだけど、リーシュ嬢の婚姻の儀式を行った手ごたえはどうだった?」
フレデリカは
「時間がない中で最高の儀式ができたと思っています」
「それに関しては同感だ。見方を変えれば、時間があればできることもあったんだね?」
「はい。……教会の中は
「たとえば?」
「えっと、
気づいたら
「あとは、身廊に
エリシオは
「『
さすがのエリシオも
「あのさ、ここは神々の世界ではないんだよ。そんなものはできない」
実は材料さえあればプリザーブドフラワーはできる。もちろん神々の世界の花のように永遠ではないが、加工をほどこせば
(
正直、前世のように着色しなくても本来の花の色でも十分だが。青といった自然界での生育が困難な色を再現できれば、
(エリシオさま、
「もしもですよ。もしもできたら。商売として
「最っ高にね」
返ってきた言葉に、フレデリカは深呼吸をしてから口を開く。
「材料はおそらく、
「なんだって?」
彼の目の色が変わった。フレデリカは
「枯れない花は、その、色と花弁の質感を保たせればいいんです。だから
「理論的にはできなくもないけど、……保湿力の高い液体が
「
エリシオは眉間にしわを刻みながらあごに手をそえる。やがてぽつりと
「
「……? 美の
大量の涙は地上で泉となって各地で
「いまは
「そうでもないよ。
フレデリカは考えこむように
(……だから作物の甘みが強くて、そのぶん
(すごい、エリシオさまと話していると考えの
エリシオの話し方はずいぶんと現代的で、とても話しやすかった。
「君の考えは以上かな?」
「はい、そうです」
「うん。どれも
フレデリカはぱっと表情を
「で、
「え?」
思わず
「手を組むとは約束したけど、
彼の上から目線な態度に、フレデリカはむっと
「もしかして
「お
フレデリカは無理やり声を張りあげてからうつむくが、
(資金集めの方法なら、ひとつだけあるわ)
それは
フレデリカほど結婚式に
リーシュはきっと友人や知り合いの貴族に今回のことを話すだろう。そうすれば新しい婚姻の儀式として『結婚式』という
だからこそ
小さな事務所とフレデリカの身ひとつさえあればできる。
ブライダルサロンで儲けたお金でプリザーブドフラワーなどの商品をつくり、その商品を結婚式で使うことで世に広める。連動することで財政回復に向けて確かな手立てとなるだろう。
(……でもいくつか問題があるわ)
そのうちのひとつが、イフレイン王国の結婚の在り方を変える危険性を
(だってわたしは、愛のない結婚なんて
イフレイン王国は過去の大戦を経て神々への
もしかしたらブライダルサロンでお客さまと話しているうちに、親に決められた政略結婚や身分
フレデリカにとって結婚式は愛を深めるための手段のひとつであり、お世話になった人に感謝を伝えることができる場であった。それにとてもお金がかかる儀式である。だからこそ、この人がいれば
前世で現代人だった感覚を押しつけることはしないが、ちょっとした態度で身分階級を
そう理解しているからこそ、ブライダルサロンのことを口に出すのがはばかられる。
(自分にブレーキをかけるのは……もうやめましょう)
ゆっくりと顔をあげる。十八歳にして大人びているのはいいが、勇気や勢いまで忘れたくない。かぎりある人生だからこそ、行けるところまで
大きく息を
「新しい婚姻の儀式として、結婚式の相談ができるサロンをつくるのはどうでしょうか?」
「!」
エリシオは楽しそうに、だけど瞳だけはギラギラとさせ、一言一句聞き
「……本当に君は面白いね。どんどん話してくれ」
「わかりました。では」
フレデリカはブライダルサロンのメリットとデメリットをすべて話した。エリシオは腕を組みながらふむと
「君の言う通り、おれも王族を敵に回したくはない。そのサロンはあくまで期間限定のもの、ということでいいかな?」
「ええ。引き
「いいだろう。この案なら賛成だ」
エリシオは足を組み、瞳を細める。
「サロンの開業資金の一部はおれが持つよ。ついでに商売の手続きもしてあげよう。その代わり、売りあげが出たら倍にして返してもらうからね」
「もちろんですわ」
そう言いながらフレデリカは
(……気を抜くと、エリシオさまに足をすくわれそうね)
どうせ上辺だけの仕事仲間だ。たっぷりと利用させてもらうわ、とフレデリカは頭を切り
ある晴れた日の朝、フレデリカは議会堂に家族と一部の領民、そしてマルコ神父を招いた。
「というわけで、財政を回復させるためにミティア教から着想を得た商品に注目したの」
フレデリカは
「……いや、しかし婚姻の儀式にも使える商品で儲けるとはなあ」
バージンロード用の
「それにしても『
「わたしはできると思っているわ。もちろんみんなの力がなければできないけれど」
オルブライト領の作物には
ルーベンはちらりとマルコ神父を見る。
「
彼はたるんだ
「そうですね。正直に申しあげますと……あんなに美しく
願ってもない言葉だった。フレデリカは喜びに
「いつもより強気なお姉さまも素敵ですが、そのための資金はどうするんですか?」
やはり世の中お金だ。フレデリカはみんなを安心させるためにほほえむ。
「わたしが体を張ってバートリー商会で
ブライダルサロンをやることはエリシオと二人だけの秘密となった。表向きは商会の手伝いをするために王都へ行くことになっている。
(……ん?)
心配させまいと明るい声で告げたが、ルーベンは悲しそうになにかをこらえていて、サーシャにいたってはにこにこしていた。ただセオドールだけは
「バートリー商会に協力する、ということはわかりますが。つまりお姉さまは王都へ行くと?」
「そうだね。住みこみで働いてもらう予定だけど」
「住みこみ!?」
セオドールが
「ま、まあ
「お姉さまと一つ屋根の下ですか……!?」
しばらくしてエリシオは頭の中でなにか
「弟君が心配していることはなにひとつないよ」
「当たり前です。相手がエリシオさまであっても僕はまだ認められません」
「わかった。そんなに心配なら……」
エリシオはセオドールをなだめるためにひそひそと耳打ちをする。フレデリカにその内容は聞き取れなかったが、ややあってセオドールは納得したようで身を引いた。
すると今度はルーベンがいつにも増して真剣な声を出す。
「フレデリカ、ひとついいか?」
「な、なにかしら?」
ルーベンは領主としての顔つきになった。フレデリカは背筋を
「私はお前の考えを尊重したい。だからこそ協力したいと思っている。しかし、いくら爵位
領主の言葉に、領民たちの
フレデリカはこの空気に飲みこまれそうになるが、
「ちょっと待って! 畑は、いまの規模のまま続けて。薔薇もいつもより生産を増やすだけで十分よ」
「……本当か?」
頷きながら、フレデリカは
「
フレデリカはルーベンの手を取る。
「わたしもオルブライト領の一員よ。みんなが守ってきたものをないがしろにはしないわ。王都でいろんなことを学んで、領地のために生かしたいと思っているの。ねえ、エリシオさま」
「そうだね。薔薇のプリザーブドフラワーは希少価値を高めるつもりです。目玉商品とすれば、興味を持った方がオルブライト領に
「……そうですか!」
領民たちの表情が
「では私たちはいままで通り畑を守りつつ薔薇の生産に力を注ごう」
ルーベンの言葉に領民たちも頷く。すると母親のサーシャが一歩前に出た。
「フレデリカ。私たちにもできることはあるかしら?」
「もちろんあるわ。わたしが領地にいるうちに『
「あなたがそう言うなら、精いっぱい
サーシャは後ろを
フレデリカは「それと」と言葉をつむぐ。
「キャンドルホルダーは、わたしたちの中から誰かがアルノーへ行き職人と
「これにかんしてはおれから説明を。アルノーにはいい職人がたくさんいますが、彼らのプライドは高く、必ず足元を見てくる。注文を押し通すには、ある程度の商売の知識が必要です。だからバートリー商会で数人を研修生として
誰もが目を見開き、ざわめきが広がる。エリシオはそれに負けじとよく通る声で告げる。
「バートリー商会は各地に支店があります。ぜひこの機会に商売の世界を自分の目で見て感じてもらいたい」
これも事前にエリシオと話し合って決めていた。バートリー商会も常に人手が足りているわけではないらしい。
「研修といっても雑用やちょっとした業務はしてもらいます。給料の代わりとしてお
するとすぐに一人の手が挙がる。セオドールだった。
「僕が行きます」
エリシオが目を見張った。
「いいのかな? 男爵令息だろうと
「エリシオさま、僕はこの領地の次期領主なんです。家族を、みんなを守るためならいくらでも体を張りますよ。それにお姉さまがつなげてくれた希望のその先を僕は見たい」
「見込みある若者は
「わかりました」
ようやく話し合いは終わった。これからはいよいよ行動に移していく。
それからはもう
早々にセオドールと集まった研修生はバートリー商会の各支店へと向かった。約二か月間、商売の知識や
キャンドルホルダーのデザインは研修生に任せている。商会で多くの文化に
フレデリカはサーシャたちと共に、散りはじめた
まずは
プリザーブドフラワーの加工は花の性質によって、かかる時間や色合いが変わってくる。
交代で休みながら夜
そして。
ついにフレデリカは旅立ちの日を迎える。エリシオと共に王都へ向かうのだ。
不安や心配はないわけではないが。財政の回復にむけて、オルブライト家はそれぞれの方向に歩み出した。
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