第二章 花冷えのその先は_一
次の日。フレデリカの手紙を
「聞いてリーシュ。エリシオさまったら宿場にこもったまま全然外に出てきてくれないの」
「ああ、確かバートリー領って王都に近いところにあるから、オルブライト領の寒さが身に
「それにわたしが考えた
フレデリカはため息をつきながらテーブルに
「でもオルブライト家のみんなが希望を捨てていなくてよかったわ。フレデリカもこんなにしっかり者になって。相当
「リ、リーシュ」
フレデリカはうっすらと
リーシュは王都で財を成した
「爵位
「失礼な話だわ。王国の
「今回の陛下たちの考えはまったく読めないわね」
そういってリーシュはお
「で、画期的なアイデアは生まれそう?」
「うーん……なかなか難しくて。昨日は山で採れる土を使って
「要はお金ねえ。私の家から援助しようか? きっとお父さまたちもいまごろ同じ話をしていると思うわよ」
「レーベル家にはお世話になりっぱなしだから。これ以上は返せなくなるわ」
フレデリカはやんわりと断った。リーシュは
「だからといって、フレデリカの苦しむ姿を見たくないのに」
「気持ちだけで十分よ。今日もこれからエリシオさまのところに行ってみるつもりだから」
「え、そうなの?」
リーシュは目を見開いた。フレデリカはビスコッティを口に運ぶのをやめ、あきれ顔になる。
「ハロルドさまのことはいいの?」
耳を
「まあハロルドのことはいつでも見られるから。たまには目の保養も大事でしょう?」
「もう……どうせ日中にエリシオさまに会いに行っても毛布にくるまっているだけよ?」
「えっ
「ミノムシのどこが可愛いの……」
フレデリカとリーシュはつくづく異性の
「エリシオさまに人気があるのはわかったけれど。あの
「それがわかっているからこそ、私たちは
「……ふうん」
興味なげに
「もしかしてリオハルト王子のほうが好みだったりする?」
思ってもみなかった変化球にフレデリカの全身の
「ない、ないわ。だってわたしの家を
「最悪からのスタートだって期待できるわ。最近読んだロマンス小説にあったもの」
「それは作り物だから
フレデリカは小さく悲鳴をあげた。リーシュは口元を押さえながら笑ったあと、なにかを思い出したように
「どうしたの? リーシュ」
「あのね。私、ついに
さらりと告げられた
「おめでとう!」
「……ありがとう。フレデリカには最初に伝えたかったのに。こんな時期になってごめんなさい」
「気にしないで。それで
「しないわ。私たちは貴族ではないもの」
「……そう」
イフレイン王国において結婚は、教会に婚姻届と呼ばれる
一方で貴族や富豪にいたっては教会にお金を寄付して婚姻の儀式を
フレデリカが前世でよく知っていた結婚式と比べると、全体的に
レーベル家は十分富豪だ。婚姻の儀式を挙げてもおかしくはないのに。
(まさか、わたしたちに気を
フレデリカの心情をよそに、リーシュは庭から見えるオルブライト領の景色を
「私ね、婚姻届を提出するならオルブライト領がよかったの。だってこの土地は、レーベル家の故郷だから」
でも、とフレデリカが口を開こうとすると、リーシュによって
「好きな人と好きな土地で結婚を認めてもらう。それだけで十分よ」
彼女はほほえんでいたが、あきらめたような
どうかそんな顔をしないで、とフレデリカは
「リーシュ、やっぱり婚姻の儀式はやるべきよ」
「いやいや。私のことよりも、まずはオルブライト領をどうにかしないと」
「儀式ができる
フレデリカは自分の切実な思いが伝わるようにまっすぐにリーシュの瞳を
「それは、わかっているけど」
「領地のことも大切だけど、リーシュのことも大切なの。お願い、祝わせて」
「……いや、でも」
「
「……わかったわ」
「任せて。最高の婚姻の儀式になるよう
「え、フレデリカが? なにをするの?」
「親友の晴れ
リーシュは期待を込めた表情になるが、すぐに
「とっても
「わたしだけの力ではできないけど、みんなの力を借りればきっとできるわ」
フレデリカは自信たっぷりに
(朝は五時に起きて畑を手伝ったら午前中はエリシオさまへの
フレデリカの知る結婚式は、参加してくれた全員と幸せを分かち合うことができる素敵な儀式だ。リーシュとハロルドを祝うことはもちろん、
だからこそ婚姻の儀式は、エリシオと約束した期限の最終日に行う。
にこにこするフレデリカに対し、リーシュは「期待しておく」と苦笑した。
(とは言ってみたものの……)
前世でブライダルプランナーをしていても、そう簡単に生かしどころが見つからない。
フレデリカは自室の机の前で
(この世界で前世の結婚式のやり方が通用するわけではないもの)
前世で行っていた結婚式は教会や神社だけではなく、形式に
さらに日本では
(リーシュの婚姻の儀式を取り仕切るからには、前世の結婚式の知識を取り入れたいけど。結婚式の文化が
うーんと
考えるのも大切だが、まずは教会の協力が必要だった。
「神父さま、いらっしゃいますか?」
中は
フレデリカは婚姻の儀式の想像をふくらませながら身廊を歩き、正面の祭壇の前で両指をからめて
しばらくすると一人の男性が現れる。
「おや、
彼はマルコといい、
「
「はい。それと神父さまにお願いがあって来ました」
「ほう、なんでしょう」
フレデリカはおそるおそる口を開く。
「実は親友の婚姻の儀式のために、この教会を花などで飾りつけてみたいと思っていまして」
マルコは困ったようにほほえんだ。
「とても素敵な発想ですが……
やんわりと断られてしまったが、想定内だ。フレデリカもここで引くわけにはいかない。
「本当にそうでしょうか?」
フレデリカは視線で祭壇を
イフレイン王国が信じる『ミティア教』は多神教で、十人の神を
「フリージアさまのお言葉の中に『しかるべき場所ほど
マルコのたるんだ瞼が少しだけ持ちあがる。
「
「はい。お
「なるほどルネさまのでしたか」
彼は何度か深く頷くと、ため息をつく。
「よく勉強なされている。聖職者としてこの上もなく
マルコ神父はゴホンと
「いまの王族は創造の神ハルミヤさまに選ばれた人です。その王族が神々を敬っていたからこそ信仰も深いものだった。しかし五十年前に終戦した戦争で
フレデリカも王都にいるときに家庭教師から教わったことがある。
(それぞれの国が『自分たちの
ミティア教を信仰していた国々はにらみ合ったり力説したり主張が
そんな中で、のちにイフレイン王国の国王となる王子が自ら
『神々や来世を信じる前に、私たちはいまを見るべきなんだ。みな、私について来い!』
この一言によって多くの兵士が
一方で終戦を境にミティア教の神々は十人まとめて
「時代が変われば神々へのかかわり方が変わることもあります。私はそれがとても
むかしはこの教会にも助祭がいてにぎわっていたようだが、いまはマルコだけだ。彼は家族がいないようで領民たちとの交流が心の支えとなっているとルーベンから聞いたことがある。
マルコはフレデリカに向き合う。
「フレデリカさまは教会を飾ることで信仰が
「そうです。どうかお許しください」
「……困りましたね。男爵
要は大聖堂に君臨する大司教の許可がないとできないということか。
フレデリカはぎゅっと
「そこをなんとかお願いします……!」
フレデリカは深々と頭をさげる。マルコは
「ひとつ条件を出しましょう。
「もちろんです。やらせていただきます」
「……本当にできますか? すみずみまで
「ご心配ありがとうございます。ですが、きっと間に合わせてみせますわ」
「そうですか。いい心がけです」
マルコはフレデリカに背を向けて、祭壇を見つめる。
「それにしても、フレデリカさまはどんな方法で
フレデリカは目を見開いた。
「まあ仕上がりの中に少しぐらい華やかさがあっても、掃除を
マルコは
「もちろん掃除は強制ではありません。あなた方オルブライト家は
「はい……! ありがとうございます」
マルコなりの
この数日間のフレデリカの予定は分刻みで
リーシュの婚姻の儀式はいよいよ明日だ。エリシオにもそのことを伝えているが、返事は保留となっていて、彼が参加してくれるかはまだわからない。
(今日は花の準備ね)
(ほかの花だってまだ咲かないもの。家庭用の
フレデリカの
フレデリカは畑を手伝いながら
領民たちの家を
フレデリカはセオドールにも協力を頼み、二人して両手いっぱいの荷物を教会へ運びこむ。
婚姻の儀式の準備は一人でできるものではない。この数日間で改めて実感した。
昨日は、エリシオとの一件で落ちこんでいた領民たちが教会の掃除を手伝ってくれた。さらに
フレデリカはさらに教会を彩れるよう、セオドールと共に集めた
(やっぱり満開に近い
リーシュの結婚式の次の日には花弁が傷んで茶色になるだろう。この世界ではまだポリエステルを原料とした造花をつくる技術もなかった。
(
花を
(とろみがあって
考えられる可能性は
(材料があったところで時間が足りないけどね……)
「お姉さま。午後は北側の家を回ってみませんか? 僕、もう少し花があってもいいと思うんですよね」
「そうね。そうしましょうか」
フレデリカとセオドールは昼食を済ましたあと、馬に乗って北側に向かう。準備は着々と進んでいくが、同時にエリシオと約束した期限も明日となっていた。
(知り合いの貴族に送った手紙の返事はちらほらきたけれど)
エリシオとリーシュたち以外にオルブライト領に来たものはいなかった。それが現実だった。
ちょうどエリシオが
「待って、セオ。今日の
するとセオドールは馬を止め、まっすぐな視線でフレデリカの瞳を
「お姉さま、最初から僕たちはエリシオさまに従う道しか残っていませんでした。エリシオさま以上のアイデアなんて僕たちには思いつかない。だからお父さまたちは僕たちに
「……そう」
なんとなくそんな気はしていた。ルーベンやサーシャを筆頭に、大人たちは
「お姉さまがエリシオさまを引きとめてくれたおかげで、みんな冷静になれたんです。これ以上お姉さまが
フレデリカは言葉を詰まらせる。その優しさが胸を
「婚姻の儀式なんてそうそう見る機会がないですから。僕たち、とっても楽しみにしているんですよ」
セオドールは姉を心配させまいと声を張るが、少し
「なるほど。企画を持ってくるのが
声がしたほうを振り向くと、エリシオが側近を連れて宿場に戻るところだった。
「いましがたレーベル家からも話を聞いたけど。
エリシオはあきれ顔をしながらこちらに近づく。フレデリカも表情を引き
「レーベル家とも商談ですか?」
「それしかやることがなくてね」
彼は
「これが今日の分です」
エリシオは受け取ると
「ふうん……どんどんつまらなくなってきたね。
フレデリカは心の中で
「この様子だと明日にはお別れだね」
エリシオは企画書をフレデリカに
「ここに残ったおかげでレーベル家とつながりができた点だけは感謝するよ。ではまた明日、フレデリカ
彼はフレデリカたちに目もくれずに
フレデリカは黙ってその後ろ姿を見送ることしかできなかった。すると、彼は足を止める。
「そうだ。リーシュ嬢の婚姻の儀式には参加するよ。レーベル家に
その言葉に、フレデリカの胸には
(……ええ。しっかりと目に焼きつけてください。わたしと、オルブライト領のみんなの力を)
だからこそ
「
「そうだね。口先だけにならないことを
フレデリカとエリシオの視線が交差する。意外にも、先に顔をそらしたのはエリシオのほうだった。
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