第6話

 痒い。頭のてっぺんからつま先までむず痒い。もう何年も同じ体勢なのは抗いようがないから仕方ないけど、これだけはどうにも慣れない。身体の中心でなにかが蠢いている。あたしの中に得体の知れないものが棲みついている。


 薄暗い部屋の中、眼前のくすみきった鏡に映る自分は何者だ。人間界の適正温度なんて知ったこっちゃないが、人ひとりいなくなった世界に、どうして素っ裸のみすぼらしい姿で存在し続けなきゃいけないのだろうか。全身が白くなりつつあるのは日に焼けたせいか、それともソフトボアでつくられた皮膚が埃まみれになったせいか。


 あ、まただ。昔破れたときのお尻にあてられたキルト生地の継ぎはぎから、なにか入りこんできた。そのなにかは綿だらけのあたしの中に断りなく侵入しては住処にする。こんな惨めな思いをするくらいだったら、あたしのモデルになったといわれているクマになりたかった。まあそのクマも、この世にはもう一頭として存在していないらしいけど。


(テディベアの日々)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る