第4話
想像以上に寒い。話には聞いていたけど春と秋がなくなったって本当のことだったんだな。眉唾ものなんて思ってた。地球の寿命が正味あと百年らしいけど、私のと比べたら刹那的だろうな。そんなことよりここからは時間との勝負だ。身体の調子はいいみたいだけど、天気がよろしくない。せめて先一週間、長引いても十日くらいはもってほしい。
とりあえずここの校庭で二番目に高いであろうあのアラカシまで向かってみる。こんなにも風が吹きつけていて私の邪魔をしているのに、空に浮かぶ雲は泰然としていて微動だにしない。近づくにつれボリュームを捻るように、囁く程度にしか聴こえなかった声が喧々として飛び交っている。子孫を残す本能が露わになっていて、生物としての奥深さを小さな身体で体感する。
早い者勝ち――というよりも早く脱皮した者勝ち?――なのか、いい場所はすでに先客がいてなかなか着地できなかった。アラカシのまわりをぐるぐると三週ほど旋回したと思う。空いているスペースに着くや否や、幹を纏う樹皮さえ剥がれんばかりの声が真上から落ちてきた。どうやら私を呼んでいるようだ。幸先いいな。とりあえずこの巡りあわせによって私の存在意義は少なくとも証明された。そう思った矢先だった。
風の通り抜ける音とは違う、嫌に高い音が私を包んだ。雲のように白く柔らかいものが私の動きを制した。無尽蔵に鳴り響いていたまわりの声は、求愛というよりも逃げ叫ぶものに近しかった。視界も方向感覚も麻痺するくらいに地面に打ちつけられた。
本当は命が果てるくらいに泣き叫びたかったが、鳴いて求愛するのはオスの役目かと思うと不思議と諦めがついた。眼前にいた求愛者に虜にでもなっていたのかな。恋は盲目ってやつかもしれないな。目は五つ持ちあわせているけど。
そんな妄想を巡らせながら人間の手に持つ、透明の大きな窓がある緑色の牢獄の中で、羽音さえたてぬようにただじっとしていた。
(蝉の日々)
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