第2話
ゴールデンウイークの初日、美佳の結婚式が終わった丸の内ホテルのロビー、まだ人だかりは収まっていない。
俺の隣には着飾って若やいだ智子が座っている。
「やれやれお疲れさんだったな」
「でもよかったわ、本当に美佳綺麗だった」
「最初で最後の新婦の父の役、花道で転ばなくてよかったよ」
「あなた、結構堂々としていたわよ、泣いてしまうかと思っていたけれど見直したわ。でもバージンロードなんてもう全く死語だと思うのだけれど、どうして父親だけが付き添っていけるのかしらね。子育てでの母の役目はとても大きいのに」
「どうしてかね、でもそうと決まっているわけでもないだろうにね。まあ今日はなかなかの大役を仰せつかった感じだったよ。隣からじっくり見ると確かに美佳は綺麗だよ、普段もあれだけの化粧をするとなかなか男から見ると騒ぐよ」
「ねえ あなた もう結婚したのよ」
「別に結婚したからっと言ったって、やはり若くて綺麗な方がいいに決まっているだろうが」
「確かに 女はキレイが命。どうして女は見かけで判断されてしまうのかしら、損よね」
「そうか、結構得もあるじゃないか。 美佳さんお母さん似だからこんなに綺麗なのだって、と司会の安田さんも言っていたではないか」
「そうね、ああいう上面のおべっかを言えるというところが司会者よね」
「それも場を和ませて大事なことだよ、あの言葉で誰も損をしない。いやもしかすると一番損は俺かも、まあ俺は気にしないから構わないけど」
「まあ、でもとにかく今日までご苦労様。これで我が家の一大事は無事過ぎたわけだから、
そういえば忙しくて忘れていたけど、昨日の新聞であなたの会社の株が急騰しているって出ていたけど何かあったの」
「それほど特別のことはないさ、ちょっと出入りの銀行にお願いして、株屋さんの評価を上げてもらっただけだよ。小さなレポート一つで株って本当に上下する。俺は経営者だけれど実際は技術職、今度の新製品の開発ももうすぐ完了でいいタイミングで商品を出せるよ。でも株の上下は正直わからんよ。友達の中西電気の中西などは株の上下だけで会社は儲けが倍にも半分にもなると言って一生懸命だけれど」
「そうなの」
「確かにそれは大きいのだろうけれど、まあわからないことに手を出すと火傷するからな、俺はあくまで技術屋で行くよ、あと五年はやれそうだから、そうしたら引退して鎌倉の別荘でゆっくり盆栽かな」
「そうね、あと五年ね。でね、ちょっとその五年のことだけれど、その五年を私にくださらない。今までの頑張りのご褒美に」
「どういうことかな」
「私だっていままで頑張ってきたわ。あなたの世話と美佳の相手と、でも毎日の家事だけで暮れてしまうのはもうたくさんなの。それはお仕事は大変なのかも知れないけれど、でも要するに好きな研究しているわけでしょ。好きなことに時間を使えるってとても羨ましいわ。私も自分のために一日を使うようにしたいの」
「今までだって昼は自分の時間だったではないかね」
「ううん そういうことではないの。毎日の連続を全部自分のために使うの。他の人の食事の世話とか都合とかから解放されたいのよ」
「別に食事なんか今までだって半分は外食していたよ、まあそりゃいろいろの会議なんかで遅くなることもあったけれど」
「そう、あなたはやろうと思えばなんでも一人でできる人よ、まあそんなことは今の時代の男なら当たり前だけれど」
「はいはい、それや仕方がないからでしょ、作ってくれなければ外食か自分でやるしかないじゃないか、外食も続けば飽きるけどね」
「食事だけのことではないの、要するに他人の世話をする状況に飽きたのよ」
「でどうしたいの」
「そう だからね、私、今日から鎌倉の別荘に行くつもり」
「二―三日か」
「ずーっと」
「では鎌倉から品川に通うということ」
「いいえ 通わないわ。だからあなたは品川、私は鎌倉。まあ気が向いたらたまに横浜あたりでランチでもするのはいいわ」
「それじゃ俺は毎日東京で仕事だけということ、帰ってきても何もない」
「いいじゃない毎日好きなことに打ち込めて。私なんかに気兼ねすることもないし。それに心置き無く接待に通うこともできるわよ」
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