こうさつ。

長月瓦礫

こうさつ。


エイプリルフール。四月愚者。要はどんな嘘をついても許される日。


ユーモアのあるジョークを理由にして有給届を出せば、1日だけ認められるらしい。

そんなことを言い出したのは、うちの事務所の社長だ。


「マジで言ってんの?」みたいな空気は当然流れたし、そのこと自体が嘘のように思えた。しかし、社長その人は本気で言っていた。


その日、俺の事務所が大喜利会場と化したのは言うまでもない。


まあ、そんなことを急に言われても何も思い浮かぶわけがない。

ダメもとで出したところ、その場で却下された。


そりゃそうだろうなあ。としか言いようがない。


「男友達と結婚しますって書いたんですけどね。ベタすぎましたかね?」


「いや、リアリティありすぎて逆に怖い。マジで笑えない。

よく書こうと思ったね」


八坂さんは俺から数センチ離れた。

見事にドン引きを体で表現していた。


「俺は友達がカメラに映らなかったので、一緒に機材探しに行きますって書いた」


アンタも人のこと言えねえじゃねえか。

この前、海に落としたとか何とか言ってなかったっけ?

機材失くしておいて、よく提出しようと思ったな。


その勇気だけは見習いたいものだ。

当の先輩も反省はしているらしいけど、後悔をしている様子はまったくない。

何で後悔してないんだよ、この人。とんでもないことやらかしてんのに。


「楽しい嘘を考えるってのも、難しいもんだよね~。

じゃあさ、何で俺の友達は映らなかったと思う?」


「自分で壊したんじゃなくて?」


「ちなみに、その時使ってたのは一眼レフね」


俺を無視して話を進める。

完全に話を聞く気なかったよ、申し訳ないけど。


一眼レフで友達と写真を撮ったけど、その人が写っていなかった。

その理由を考えろってことか? 


「いいじゃん、今日ぐらいは。

四月愚者なだけに、馬鹿なこと考えてみよーぜ」


「アンタは季節問わずの愚か者でしょうが」


「そんな万年五月病みたいなこと言われてもねえ。

俺、そこまで人生に絶望してるわけじゃないし」


八坂さんは軽く笑い飛ばす。

万年五月病こそ、この人に縁のない言葉か。

これはもう、飽きるまで付き合うしかなさそうだ。


「……友達が見切れたり、半目になってたり、綺麗に撮れなかったっていう、そういう意味での写らなかったですか?」


「そういう言葉遊び的な意味はないかな」


「じゃあ、本当にその方は写っていなかったんですね?」


「そうそう」


条件はかなり限られてくるか。

カメラは壊れていない、写真には写らなかった。

頭の中で何回か繰り返して、答えを模索する。


「シャッター切る瞬間だけ、その場にいなかったとか?」


「いや、そういう派手なこともやってない。

その日の天気とか撮影場所も関係ないかな」


そもそも、写真を撮っていない。この話は八坂さんが考えた嘘だから。

しかし、言葉遊びじゃないってことは、こういうオチではないんだろうな。


あれ、これ思ってた以上に難しいな。

マジで何を考えてるんだ、この人は。


「友達がカメラにイタズラしてたとか?」


「近い。けど、カメラは壊れてなかったんだよ」


近いのか。

すると、その人に何かしらの原因があるってことか。


「実はその友達が自分自身が透明になるような仕掛けをしていた。

だから、カメラに映らなかった」


「ま、それでほぼ正解ってことにしておいてやろう。

そいつは吸血鬼で、中に入ってる鏡に映らなかったってことだな」


「すみません、どういうことですか?」


ちょっと待って。何言ってんの、この人。

予想を裏切るような答えを待ってた俺がバカみたいじゃん。


「要は、友達が人間じゃなかったってことですか?」


ああもう、このプリン頭を思いっきりひっぱたきたい。

スプーンでぐりぐりやりたい。

大体、そんなの思いつくわけねえだろうが。


ちょっと嬉しそうなのが余計に腹立つ。


「吸血鬼って鏡に映らないんだよ。

で、一眼レフは中に入ってる鏡を反射させて、写真を撮る。

あれ使ってるときは、風景を鏡越しに見ているんですな」


八坂さん曰く、カメラの仕組みに問題があったということらしい。


一眼レフは内蔵されている鏡を通して、風景を撮影する。

景色を見ながら撮影できるため、動きのある写真を撮るときに向いているらしい。


逆に言えば、鏡に映らないものはどう頑張っても撮りようがない。


吸血鬼は鏡に映らないという性質を持っている。

目の前に友達はいても、カメラ越しに見えていなかった。

だから、できあがる写真にも友達は写らない。


そんな知識を持ち合わせているわけがない。

まさか、それを分かった上で話を振ったのか?


「すっげえイラつきますね、これ」


「でしょ~? 

誰かに出してみたくて、しょうがなかったんだ」


純粋な子どものような、満面の笑みで答えた。

そんなの動画でやれや。視聴者は喜んで飛びつくと思うぞ。


「生憎ながら、俺のところはそういう方針じゃないからね。

温度差でみんな死んじゃうと思う」


その程度の温度差で死ぬんだったら、死ねばいいと思う。

今世紀最上の四月愚者は、俺を見てへらへら笑っていたのだった。


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こうさつ。 長月瓦礫 @debrisbottle00

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