第二十四章 赤い絆
1
犯人である、と糾弾された男はぎゅっと両方の拳を握りしめたまま顔を伏せ、床に目を落としている。彼の隣に立っていたすずはさっと飛び退くようにして彼から離れた。
「あなただけがこの犯人の条件に当てはまる。あなたは体調が悪い、と嘘をつき、自分の部屋に戻るふりをしてこの朱李さんの部屋に忍び込んだ。そして谷山さんが朱李さんを殺すの息を潜めて待ち、彼女の殺人が成功したと同時に姿を現し、彼女からナイフを受け取って素早く彼女を殺した」
猫子は淡々と告げた。たしかに、朱李と佐夜子が自室に戻るより先に二階へ上がったのは、新山だけである。
「あんたがやったの?」
知世は目を見開きながら新山を見る。その目には驚きと同時にかすかな恐怖が入り混じっていた。場の注目を一身に浴びていた新山はやがてふっと鼻で笑い、挑戦的な目を猫子に向けた。
「僕があの二人を殺したと? ふん、冗談はやめてください」
「冗談ではないよ。それが事実なの」
「事実だって? あなたの話は谷山様が悲鳴を上げなかった、という仮定のみに基づく論拠の薄い妄想でしかない。谷山様があまりの恐怖ですくみ上って声すら上げられない状態だったとしたらどうです? 今の仮説はこの一言で砕け散ってしまうのですよ。芽衣子お嬢様が朱李様の部屋を訪れ、二人を殺害した。そしてそれを悔いて今日、自殺を図った。これが目に見える全てです」
「そうね。あくまであたしの話は一つの可能性にすぎない。でもこの仮説こそ、全ての謎が一つの線上にある唯一のものなのよ」
「何を言ってるんですか? だったらあの日記はどうなるのです。お嬢様は朱李様に恋をしてい――」
「そこなんだよ。犯人は根本的なところを間違えているの」
「はぁ?」
新山はもちろんのこと、その場にいた者たちは総じてきょとんとせずにはいられなかった。真相を知る私以外は。
「犯人がこの犯行を思いついたのは、あの日記を見て、芽衣子さんが朱李さんに恋をしていた、とそう勘違いしてしまったからなの。もうそこからして間違えてる」
「何を言ってるのですか」
「あなたなのよ」
猫子は険しい表情のまま、新山を指さして言った。
「は?」
「だから、あなたなのよ、新山さん。芽衣子さんが恋をしていたのは朱李さんではなく、もう一人の血の繫がった兄、紅月まゆが前の夫との間に産んだ子、新山緋呂のことだったのよ」
*
紅月芽衣子が新山緋呂についての身辺調査の依頼を猫子にしたのは今からおよそ二か月ほど前、六月の初め頃のことだった。
かねてより、芽衣子は使用人の一人である新山緋呂に恋心を寄せていた。彼が自分と種違いの兄であるとは知らないまま、無垢な想いだけが育っていた。しかし、そんな彼女の恋はとある一枚の写真によって一変することとなった。
新山が休暇を取り、外出した時のこと。
芽衣子はこっそり彼の部屋に忍び込んだというのだ。
その行為自体は褒められたものではないし、彼女自身も多少なりとも罪悪感というものがあった。しかし、それが初恋であるがゆえに彼女は自身の暴走を抑えきれなかった。
結局、新山の留守をいいことに彼の部屋に無断で入ってしまった。こうなってしまっては、もう彼女の理性は正常に機能しない。ここで文字にするのは芽衣子の名誉のために控えるが、それなりのことをやってのけたという。
そんな中で、芽衣子はある写真を見つけてしまう。それを目にした時の彼女の衝撃は、まさに月まで吹っ飛ぶほどだったろう。その写真とは、他界した自分の母、紅月まゆが若かりし頃の写真だった。
なぜ新山がこの写真を持っているのか。そんな疑問がすぐに湧いたが、さらに驚くべきは彼女の隣に写っていた少年である。まだ子供であるが、その顔の造りに新山の面影があった。
母、紅月まゆが空次郎の前に旦那を持っていたという話は聞いたことがあった。しかし、母はそのことについて深く話そうとしなかったし、芽衣子も込み入った話をあえて聞こうとは思わなかった。しかし、そのことが自身の恋路に関わってくるのなら話は別である。
そうして芽衣子は、新山が紅月まゆの息子だったのではないか、という疑惑を抱き、猫子にその調査を依頼したのだった。
「調査の結果、あなたが新山
猫子の言葉が途切れたところで、私は口を開いた。
「覚えていますか? 私がこの家で初めてあなたと出会った時のことを。私がお手洗いを借りようとした時、あなたの名前を聞く前に『新山さん』と声をかけているんですよ」
「……ああ」
「芽衣子さんの依頼であなたの素性を調べるために、あたしときーちゃんはこの家の人間関係を秘密裏に調べ上げていたんです」
新山はその場でよろめき、崩れ落ちるように膝をついた。その反応はもはや、罪を認めたも同然だった。そんな彼の惨めな姿に追い打ちをかけるように猫子は吐き捨てた。
「そしてあなたは、自分の妹に罪をなすりつけるためにあの子を刺した」
矢立警部はすぐに部屋を飛び出し、外にいた捜査員たちに声を投げた。
「すぐに本部へ連絡をしろ」
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