第二十章  決着?

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 ファミレスで昼食を取り、事務所へ帰った。

 シャワーで汗を流し、猫子と二人で事件の検討を始める。


「まずはそう、情報を整理しなくっちゃね」


 私たちは記憶を手繰りながらあの日の情景を頭に思い浮かべた。自分が訪れたその時から、翌日、事件が発覚したあの瞬間までの出来事を憶えている限り簡潔に書いてみることにした。

 猫子がボールペンを走らせる。


 七月十六日。


 午後二時半頃。猫子、きーちゃん、芽衣子、三木松、紅月邸に着く。


 時刻不明。三木松、早退。子供が熱を出したため。


 午後五時前。朱李、ドライブがてら佐夜子を迎えに行く。


 午後五時過ぎ。庭でバーベキュー。


 午後六時頃。雨が降ったため、バーベキューは中止。新山が一人片づけをする。


 午後六時十五分頃。雨で体が冷えたのか、新山が体調不良を訴え、二階の自室へ引き揚げた。


 午後六時四十五分頃。朱李が佐夜子を連れて紅月邸に戻る。それと入れ替わるように芽衣子が風呂へ(佐夜子が来たから?)


 午後九時過ぎ。朱李、佐夜子、二階の朱李の部屋へ引き揚げる。少し経って殺虫剤を取りに朱李が一階へ。佐夜子の悲鳴が聞こえた。どうやら部屋に虫が出たらしい。(佐夜子は虫が苦手?)その後知世と空次郎も二階に引き揚げる。


 午後十時頃。猫子、きーちゃん、芽衣子、二階へ。芽衣子と猫子は自室に引き揚げる。きーちゃんは途中、知世と会い、ラウンジで飲むことに。これは十一時頃まで続いた。その間、朱李の部屋に出入りした者はいない。


 午後十一時頃。知世、自室へ引き揚げる。それと入れ替わるように中林、すずが一階から上がってくる。すずにその場の片づけをまかせ、中林の相手をする。


 午後十一時二十五分頃。中林、自室へ引き揚げる。


 午後十一時三十分頃。きーちゃん、自室へ引き揚げる。


 午後十一時三十五分頃。すず、自室へ引き揚げる。


 午後十一時三十五分~翌日の深夜零時。何者かが朱李の部屋に侵入し、二人を殺害したと思われる。(朱李、四十三分までは生存)また、紅月邸にいた人物で、この間のアリバイを証明できる者はいない。


 七月十七日。


 午前六時頃。すずが朱李を起こすため彼の部屋に。事件発覚。


「こんな感じだったかな」

「そうですね」


 だいたいこのような流れだったと思う。

 ペンを置き、猫子は目線の高さまで手帳を掲げてまじまじと見つめる。この中で注目すべきところはあるだろうか。

 事件が起きてから猫子が幾度となく口にした不定形のまま残っている違和感のヒントがここに残されているかもしれない。


「ひとまず押さえておくべきポイントは事件が起こったとされる約二十分間の間で、アリバイを証明できる者がいないことですね」


「つまり、誰が犯人でもおかしくない。例外となるのはあたしと三木松さんだけ。自分が犯人でないということはあたし自身がよく知っているし、事件当時、三木松さんは紅月邸にいなかった。さらに彼には確固たるアリバイがある」


「ちょちょちょっと、私だって犯人じゃありませんからね」


「判ってるって。アリバイのない被疑者たち。ゆえに警察は動機の有無を重要視し、結果、中林がその槍玉に挙げられたわけだけど……」


 猫子は目を閉じる。


「雨が、降っていた」

「はい」


 六時頃に降り出した雨は、その後、夜明けまで止むことはなかった。夏の始まりにふさわしい、穏やかな夜だった。梅雨の残り香を感じつつ、これから到来する夏に期待を膨らませる。……静かな夜だった。


 猫子が目を開けたのとほぼ同時に、固定電話がけたたましく鳴り響いた。


   *


「ああ、ねこか。今どこだ?」


 電話の相手は矢立警部のようだった。猫子は拡声ボタンを押す。その声はひどく怯えているようにも聞こえた。普段の彼らしくない。ただならぬ不安を感じた。


「事務所だよ。どうかしたの?」


「どうかしたの、じゃねーよ。とんでもないことが起きた。すぐこっちに来れるか?」


「何なのよ。まずは何があったのかを言ってよ。報告の基本よ」

「たった今、事件の犯人が自殺を図った」


「……はあ?」


 矢立警部の言葉を、私たち言語として認識できなかった。今、彼は何と言ったのだろうか。


「もう一回言って。何? 何なの?」

「いいか、犯人が自殺を図った、とそう言ったんだ」


 私の耳がたしかなら、矢立警部は犯人が自殺をした、と言ったのか。


「自殺をしたのではなく、自殺を図ったんだ。現在犯人は市内の総合病院に搬送されている。意識不明の重体――」


 電話の声が遠くなる。全身の力がどっと抜けていく感覚に私は陥った。


(こんな結末って)


 その後、放心状態の私が何とか聞き取った情報によると、病院に搬送された犯人と目されている人物は、紅月芽衣子だということだった。

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