第十四章  単純な何か

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 二階のラウンジは大勢の捜査員たちがひしめき合っていた。


「こんなところで会うなんてなぁ。お前、何か悪さしてねぇだろうな」

「何よ、失礼だね。そんなことはいいからさっさと進めてちょうだい」


「捜査に参加するってことでいいんだな?」

「早く!」


「なんでそんなにカリカリしてんだよ」

「まあ、いろいろありまして」と私。


 猫子は現場となった部屋に目をやったが、ここからでは位置が悪いため部屋の内部がよく見えない。


「おおよその経緯なんかは当事者であるお前らの方が詳しいだろうが今一度、昨夜の関係者の行動を整理する」


 矢立警部は一呼吸置いて続ける。


「まず、昨日――七月十六日、この家に集まったのは十一人。まず紅月空次郎、娘の芽衣子、愛人の五十嵐知世、使用人の金田すず、新山緋呂、三木松太蔵、息子の朱李と彼の婚約者、谷山佐夜子、彼の友人である中林英雄、そして――」


「あたしたちね。ちなみに三木松さんは夕食の前に用事が入ったとかで早引けしたそうだよ。彼にはもう連絡は取ったの?」

「ああ、つい先ほどその報告が上がった。何でも早退した理由は幼い息子が急な熱を出したそうだ」


「あらま」

「昨日は外でバーベキューをした。しかし、雨が降ってきたため断念。その後、紅月朱李と谷山佐夜子が合流した。そのさらに後、体調不良で使用人の新山が二階の部屋に戻って休み――」


「雨の中、片づけをしていたものね」

「そして午後九時過ぎ、紅月朱李と谷山が自室――犯行現場に戻った。その後、五十嵐と酩酊した空次郎氏が二階へ引き揚げ、しばらくしてからお前らと紅月芽衣子が二階へ。中林と金田が上がったのが午後十一時過ぎ」


 また、朱李がドライブに出たのが、午後五時前。百合を迎えに行ったのは、直接彼女から「会いたい」という旨のメールがあったからだという。


「おおまかにまとめるとこんなとこか」

「そうね。あ、一度朱李さんが一階に降りてきたよ。ゴキブリが出たとかで、殺虫剤を取りに」


「はあ、そんなことが」


 そんなことはどうでもいいといった顔をしながらも、矢立警部はそれもしっかり書き留める。そして、


「ではさっそくこちらが掴んだ情報を提供しよう。まず、被害者の死因から。二人とも出血性のショック死。紅月朱李は首を、谷山は胸を、それぞれサバイバルナイフで刺されたようだ。どっちも即死に近かった模様。その他に目立った傷はなく、どちらも性的行為の跡もなし。動かしたような形跡もなければ、抵抗したような跡もなし。また薬物の服用も認められなかった」


「凶器は谷山さんの胸に残っていたあれね。一本だけかしら?」


 顎を手で押さえながら私は数時間前に目撃した惨状を思い出す。佐夜子の遺体にはたしかにナイフが刺さっており、その柄が見えた。その時確認できたのはその一本だけであった。

 犯人は凶器を現場に遺していったわけだが、それはいったいどういうことだろう。


「そのようだ。どちらの遺体も切創の切り口が一致した。ただ、残念ながら握りの部分から指紋は検出できず」


 指紋は拭き取られた形跡があったという。指紋さえ拭ってしまえば、凶器を現場に遺そうが問題はない、と犯人は判断したということか。


「ちなみにこのナイフは紅月朱李の私物だ。アウトドアが趣味で、この他にも数本のナイフが部屋の棚にしまってあったが、いずれも犯行に使われた形跡はなし」


「となると……凶器が谷山さんの胸に残っていたから、……この順番で合っているかしら?」


「ああ。どっちの遺体にも傷は一か所だけしかないし、刺しなおしたような痕跡もない」


 殺害された順番は朱李→佐夜子である。まず一つの結論が導き出された。


「ちなみに二人の死はかなり接近している」

「死亡推定時刻は?」


「昨夜の午後十一時から午前零時までの一時間だ」


 これにはさすがの私も面食らった。昨夜私は十一時半ごろまでこのラウンジにいたのだ。知世が辞したのが十一時ちょうど。そしてその後は中林の相手をしながら三十分ばかりここに残っていた。


「ええ!」

「ちょっと、それ本当かしら?」


「ああ」

「本当の本当のホント?」


「ああ」


 猫子の剣幕に矢立警部は押され気味だった。


「だってきーちゃんは昨日の夜ずっとここにいたんだよ」

「それは五十嵐さんからすでに聞いてる。たしか午後十時頃から午後十一時まで、ここで二人だけで飲んでいたとか」


「あ、私はお酒飲んでないです。未成年ですから」


 それから金田すずと中林が一階から上がってきて、それから三十分くらいまでここにいたことも話す。


「午後十時から午後十一時半ごろまでここにいた、ということでいいかい?」


「はい。その間、あの部屋に入る人なんて見てないし、出て行く人も見てません」


「ちなみに使用人の金田が自室に戻ったのが、十一時三十五分過ぎ。。十一時三十五分から零時までの二十五分の間に犯人は侵入したわけだ。ちなみに万野原さんは十一時三十五分から零時まで何を?」


「む、きーちゃんを疑ってるの?」

「いや、形式的な質問だ?」


 矢立警部は広い肩をすくめてみせた。


「一人で自分の部屋にいました。あんまり寝付けなくて、長い時間ベッドの上でごろごろしていつの間にか眠ってて、気づいたら朝だったって感じです」

「猫子、お前は?」


「あたしはきーちゃんと別れてすぐ寝た。ところで、もう警察は被疑者をこの家の者だけに絞っているのかしら」


 問われて、矢立警部は気難しそうな顔をした。判り切ったことを訊くな、と言いたそうに頭を掻きながら、


「それはもう確定事項だろう。この家の周囲には別荘しかないし、まだサマーシーズンには早い。わざわざここまで足を運んで忍び込んだ、とも考えにくい。この家の監視カメラを確認させてもらったが、それらしい不審者は見つからなかった」


「そう」


 この家の中に犯人がいる。


(いったい誰が?)


 紅月朱李の人となりについて、私たちはあまり深いところを知らない。彼が婚約中だということも昨夜知ったのだ。谷山佐夜子の存在は言わずもがなである。


「何かが引っかかる」


 猫子がぼやく。


「何か、ですか?」


「喉の奥に骨が刺さったような、そんなしっくりこない何かだよ。この事件の背景に恐ろしい陰謀が渦巻いているとか、隠された人間関係だとか、そういうことじゃないんだ。すでに判り切っている、が」


「……」

「何かがおかしいような気がする」


 猫子の思考を邪魔するその何かとはいったい何なのか。私にはさっぱり判らない。

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