第十三章 バレた!?
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あの後、個々の事情聴取を受ける運びとなり、一人ずつ別室へと呼ばれた。その間、事件の関係者となってしまった一同は、示し合わせたわけでもなく、リビングに集合していた。
午前十一半時。
リビングには居心地の悪い沈黙が蔓延っていた
殺人事件という異常事態を前に無駄口を叩く者など当然おらず、かといって冷静に状況を検討しようとする者もいない。
時計の針のチクタク音と捜査員たちの足音だけがこの静かな別荘地に響いていく。それを破ったのは紅月邸の主人、空次郎だった。握った拳をテーブルに打ちつけ、
「誰が、誰が朱李を殺したんだっ」
彼の怒声は文字通り大気を震わせた。そのあまりの声の大きさに驚いたのか、二階から捜査員が恐る恐る顔を覗かせていた。
「誰がって、おじさん、そんなこと俺たちに判るわけがないだろ。そもそもどうして俺たちが朱李や佐夜子ちゃんが殺したって前提なんだ? おかしいじゃないか。そうだろ? きっと強盗が忍び込んで、それで――」
中林はひきつった顔のまま、同意を求めるように場を見回した。今まで押さえ付けられていたものを吐き出すような調子だ。
「いや、そうでもないわよ」
知世が横やりを入れる。
「あなた、昨日から今日までの間で不審者がこの家にいたのを見たのかしら? 普通に考えれば、ある家で殺人事件が起こったら、当時その家にいた人間が疑われるのは当然でしょう」
「あんただって疑われることになるんだぜ」
「それは仕方ないわね。でも断言してもいいわ。あたしは犯人じゃない。だからいくら疑われようとも知ったことじゃないわ。それにここにはほら、優秀な探偵さんがいるじゃない」
言って知世は猫子を指さした。
「探偵?」
一同の目が猫子に突き刺さる。私は困惑していた。バレて困るようなものでもないが、猫子の正体は芽衣子のためにできる限り秘密にしておきたかった。
「さぁ、いったいなんのことやら」
猫子はあくまでしらを切るつもりのようだ。しかし、知世は追撃する。
「さっき芽衣子ちゃんがあなたのことを先生と呼んでいるのを聞いたわ。同級生なのに先生っておかしいじゃない。そう思ってちょっとあなたの部屋を探してみたら――」
知世は懐から一枚の紙を取り出す。「百合川探偵事務所」と書かれたそれは、猫子の名刺だった。
これにはさすがの猫子も観念したようだ。
「あ、あんた、いったい何の目的で!」
空次郎が立ち上がるのを芽衣子が制する。
「お父様、私が頼んだんです。でも、悪いことなんて何にもしていませんわ」
「で、あなたは何者なの? 芽衣子ちゃんからどんな依頼を受けていたのかしら」
私は理解した。知世は芽衣子の弱みを握ろうとしているのだ。なんて性悪女だろう。
「……たしかにあたしは探偵です。きーちゃんはあたしの助手。JKなんぞではございません。芽衣子さんからとある依頼を受けていました。が、それに関して一切話すつもりはございません。守秘義務がありますので」
呆然とする場。「え? 成人済み?」という中林の空気の読めないぼやきが漏れた。
「猫子ちゃんと桔梗ちゃんだけまだ呼ばれてないわよね」
「ええ」
私たち以外の者はすでに事情聴取を終えていた。
「まあ、それはそれとして、あたしはそろそろ上に戻るわ。いつまでもこんな格好じゃいられないでしょ」
すずを除いて、一同はまだ寝間着姿だった。知世が席を立ったのを皮切りに、一人、また一人と二階の自室へと引き揚げていく。リビングには空次郎、芽衣子、私と猫子の四人だけが残った。
「……お父様」
泣き腫らした目を父に向けながら、芽衣子は切ない声を上げた。それを受け、空次郎はまなじりに溢れる涙を拭った。
「百合川さん、万野原さん」
ようやく呼ばれた。矢立警部がらせん階段の中ほどに立ち、ぎこちなく空咳をしている。他の者たちの聴取は一階の別室で行われたが、今回の場合は異なるようだ。一課の警部直々の徴集である。
「今行くわよ」
猫子はそっと席を立ち、階段に足をかけた。
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