あの虫の手足をもいでみよう
ふと木の枝になにか止まっているのが目に付いた。
鳥か? いや、虫のような羽だ、トンボのような。
だが、トンボにしては大きい、大き過ぎる。もっと白く、肉感的な――目を凝らす。あれは――人の形をしている。葉っぱを千切ってくり抜いたりして簡易な加工を施した服のようなものを身に纏っている、あれは小さな人だ。
――妖精。
ファンタジーの世界から抜け出してきたような妖精が木の枝に腰掛けている。暇そうに足をぶらぶらさせながら、眼下を行き交う人や車を流れている。
なにかを見付けたらしく、じっと一点を凝視した後、妖精は木の枝から飛び立ち、ツバメのようにほとんど落下に近い感覚で滑空した。
地表すれすれまで近付いてそのなにかを拾い上げるとふわっと羽ばたいて上昇、電柱程度の高さでホバリングする、それこそトンボのように。
妖精が拾った物は硝子の破片だった。
上空から、今度は道路をじっと注視している。
車が絶えた瞬間、妖精は再び地表に赴き、拾った硝子の破片を道路に置いた。そして素早く上空に退避。硝子の破片が落ちている所に、すぐさま車がやってくる。
軽自動車だ。
まさか、と思う間もなく――軽自動車は硝子の破片を踏んでタイヤをパンクさせられた。タイヤを大きく切り裂かれたらしく、車体が右に逸れる。
腹に響く音を立てて、軽自動車が電柱に衝突した。
周囲が騒ぎになる。それを見て妖精は笑っている。
……わざと?
妖精が? あれは妖精なのか? 幻ではなく? 本当にあれのせいで?
呆然と人集りを見ていると、妖精が他にもいることに気が付いた。人集りの間を擦り抜けて飛び交っている。ある者はだれかの鍵を持っている。ある者はなにかカードを抱えている。両手で指輪を掲げてゲラゲラ笑っている者もいる。
妖精は悪戯好きという逸話を思い出した。
悪戯? そんな可愛いものじゃない、あれには――悪意がある。
一匹の妖精がこちらを見た。目が合う。
その妖精は他の妖精達に身振り手振りで合図した。
妖精達が一斉にこっちを見た。無数の小さな視線。空から、木の上から、ありとあらゆる隙間から――まだ気付いていないだけで、あちこちにかれらはいる。
妖精達が口角を吊り上げた。新しい玩具を見付けた子供のように――あの虫の手足をもいでみようと無邪気に提案できるような残酷な――そして今。
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