生きていても死んでいてもつらいことばかり
ふと空を見上げると夜明けが近付いていた。空の端が紫色に染まり始めている。やがて日が昇る。その前に安全な場所を探さないといけない、急がなくては。
夜明け前、無人の住宅街を早足で歩く。
右の家にも左の家にも生活感があって、やつらが潜んでいる気配がする。やつらが起き出てくる前に安全な場所を見付けないといけないが、ここぞという荒れた家を見付けても大概先住者がいて窓の向こうからじっとこちらを睨んでいる。
人口は増える一方。俺のような独り身はどんどん肩身が狭くなる。仲間がいればちったぁやりやすくなるかもしれないが、そうすると分配の問題が出てくるし、最悪仲間だと思っていたやつに襲われる羽目になる。
俺は一人でいい、一人がいい。こうして夜明け前に彷徨うことになろうとも。
ニャーオ。
背後から不吉な鳴き声がして、振り返る。
街灯の下、黒猫がこっちを見ていた。
オイオイオイ、マジかよ、勘弁してくれ。こっちに来るな、来るなよ。
目を逸らしたいが、目を逸らした瞬間襲われそうでおっかない。
すり足でゆっくり後退するが、黒猫はゆっくり無音で歩いて詰めてくる。
やめろ、やめてくれ。頼む。いい子だから、な? 回れ右してくれ、な?
俺の祈りがどこかしらに届いたのか、黒猫は突然横の家の生け垣に飛び込んだ。
――助かった。
安堵した瞬間、背後から猛烈な速度で走り抜けてきたやつが右手を掠めた。右腕の肘から先が千切れて、大気に溶けるように消えてなくなる。
「があああッ」
堪らず、悲鳴を上げる。
黒猫に気を取られてエンジンの音に気付かなかった。なんて間抜けな。
新聞を満載した原付に乗って俺を轢いたやつは一旦減速して首を傾げるも、再び加速して次の家を目指して走り去っていった。
俺を轢いたことに気付いていない。丈夫な肉の体と比べて俺達はふわふわの霊体、霞のようなものだ。俺達はやつらに触れられるだけで、その部位が掻き消える。
やつらが活動を始める前にねぐらを見付けないと。通勤ラッシュにでも巻き込まれてみろ、ミンチになってこの世から即消えることになる。
俺は激痛に耐えながら、再び歩き始める。どこか、どこか早く隠れないと。ついでにどっかで食えねーかなちくしょう。なんて日だ。生きていても死んでいてもつらいことばかりだ。
消えたらあの世に行けるのか? 天国はあるのか?
分からない。だからなるべく廃屋に隠れてやつらから逃げ惑って、みっともなくこの世に留まり続けている。死んでからずっと、そうしている。それが今。
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