カレーの匂いと、それからなにか妙な匂い
ふと、足下に五円玉が落ちていることに気が付いてかがみ込んだ、その瞬間。
――ヒュン。
と、頭上で風切り音。反射的に振り返る。
夜。静閑な住宅街、街灯が点在する一車線の細道。
残業を終えたいつもの帰り道。駅で降りて、家まであと十分程度の。
無人、自転車も自動車もさっきからずっと通っていない。
一軒家の庭先に植えてある細い木の枝が揺れる音、テレビの音がどこからか。
冷たい風が吹いた。カレーの匂いと、それからなにか妙な匂い。
匂い? 臭い?
目隠しされた状態で包丁を鼻先に突き付けられているような。
ハッキリと言えるようなものでないけれど、なにかが嗅覚を刺激している。
一歩、後退る。
目の前にはだれもいない。なにもいない。
街灯に照らされ、細道は向こうまでずっと見える。だれも、なにもいない。
それが怖い。
だれも、なにもいないのに。
なぜだか分かる、そこに、なにかが――
それに背中を向けて、たまらず駆け出した。逃げないと。
――ヒュン。
と、再び風切り音。
見えないなにかが腕を掠めた。
高速で動いているから見えないんじゃあない。
太い鞭のような重量感のあるものが掠めた、という感触。
当たったら、どうなる?
打とうとしている? それとも、捕らえようと?
――ヒュン。
――ヒュン。
――ヒュン。
連続で飛来する、それの狙いはどんどん正確になって。
分かる、それが背中を狙っていることが。
来る、当たる、目を瞑る、今。
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