第7話 上手く戦えないよ
「……おい、カレン。ボーッとするな! しっかりしろ!」
「……えっ? ご、ごめん……」
既に戦闘態勢を整えているマティアスに対し、カレンは未だに剣すら握っていなかった。
明らかに心ここにあらずといった態度のカレンに、マティアスは忠告する。
「……相手はA級のモンスターだぞ? いくらお前が強くても油断して倒せる相手じゃねぇからな?」
「わ、分かってるよ……うん、大丈夫」
「……ホントに分かってるならいいんだがな。ほら来るぞ、いつ出てきてもいいように構えろ」
ディグランは地中に潜ってその姿を隠すが、マティアスは敢えて動かずにその場にとどまる。
地中に住むために視覚が退化しているディグランは僅かな音を頼りに獲物の場所を把握して襲いかかる習性を持っているので、マティアスはその習性を利用することにしたのだ。
(……余分に収穫しといて良かったぜ。ロックフルーツ! その名の通り岩みたいに硬い表皮なら……)
マティアスは手のひらサイズのロックフルーツを2つ手に取り、自分達の少し前方に向かって勢いよく投げつける。
そうして地面にぶつかったロックフルーツは、ゴツンという音を2度響かせた。
(所詮は習性に従って動くことしかできない獣だ。これで、上手いこと出てくる場所を誘導して……地上に顔を出した瞬間の隙をついて攻撃する!)
「……カレン、いつでもいけるな?」
「……うん」
(……いや、ダメだよ。いつまでたっても心が静まらない。……すぐ隣にマティアスがいるってだけで、余計なことばっかり考えちゃう……)
カレンは、必死に呼吸を整える。もう残された時間はほとんどない。剣を抜いて戦わなければいけなくなるその時までに、何とかして戦える態勢を整えようとする。
……しかし、時間は悠長に待ってはくれなかった。
地響きと共に、2人の前方の地面からは巨体が飛び出してくる。
そして、ディグランが地上に顔を出した直後の無防備なタイミングを逃すことなくマティアスは攻撃を仕掛ける。
「今だぁっ!!!」
マティアスの振るった刃は、ディグランの右前足に深い傷を与える。その一撃でとどまることなく、マティアスは更に体を一回転させ、勢いそのままにもう一撃を加えた。
「だあぁっ!!!」
立て続けの二連撃をくらったディグランの右前足は切断される。
が、もう片方の前足はマティアスに向けられていた。
(二発は欲張ったか……! だが、カレン!)
カレンも、マティアスからワンテンポ遅れてディグランに斬りかかろうとする。
彼女は仮にもS級冒険者である。モンスターを目の前にしていつまでもボーッとしているわけではない。
……が、やはり心の乱れを隠しきれているわけではなかった。
(……ああ、ダメだ。どうしてもズレてしまう。呼吸が、テンポが、どうしても私の理想からズレる)
「はああぁっ!!!」
カレンはディグランの左前足に一撃を入れて怯ませることで、マティアスを救うことに成功する。
しかし与えた傷は浅いようで、ディグランはすぐに体勢を立て直してカレンに攻撃を仕掛ける。
「……しまっ」
「お前の相手はこっちだ!!! デカブツゥッ!!!」
しかしその攻撃がカレンに届く直前に、マティアスが背後からディグランに斬りつける。
「グガアァ……!」
マティアスの一撃は、ディグランの巨体を揺るがす大ダメージを与える。ディグランがうめき声を上げながら体勢を崩すと、マティアスがとどめの一撃を入れるべくもう一度剣を構える。
「『火の剣……爆炎刃』!!!」
己の魂の如き灼熱の刃が、ディグランの頭部を切り裂いた。
致命傷を負ったディグランは、しばらくの間もがき苦しんだ後、静かにその呼吸を止めたのであった。
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