第5話 会いたくて会いたくて

 A級冒険者とS級冒険者の間には、努力では越えられない分厚い壁があると言われている。ピンからキリまでいるA級と比べれば、S級は例外なく規格外の化け物揃いである。


「……いつもの姿からは想像できないけど、この子もその化け物の1人なんだよね……」


 リーネは改めて、S級冒険者であるカレンの圧倒的な実力を再確認する。

 彼女が本気さえ出せば、大抵のモンスターなど敵ではないのだ。


「……よし、終わったね……!」


 クイーンアントの絶命を確認したカレンは、剣を鞘に納めてから一直線にリーネの近くに寄ってきた。


「リーネ! もうこれで依頼は完了したよね!?」


「え、ああ。巣である蟻塚もブッ壊したし、後は街に討伐報告をするだけだよ」


「……なら、みんなが報告に向かってる間さ……私、マティアスに会ってきてもいい?」


「……はあ? なんでマティアスがここに……」


 その時、リーネは思い出す。先程までの戦闘の中で、カレンがマティアスの姿を見たと言っていたことを。


(……確か、マティアスがいなくなったって言ってたよね……そんで、その後突然カレンの雰囲気が変わって……ってことは、マティアスがいなくなったから本気を出せたってこと!?)


 カレンの最大の弱点は、マティアスの近くにいるだけで呼吸が乱れ、平常心を失ってしまうこと。

 そのためマティアスの前では本気が出せず、それを克服するために1度マティアスと別々の行動をすることにしたのだ。


 つまり、マティアスが見ていないところであれば、カレンはいつでも本気を出せるということでもあり、彼女が本気を出したのはマティアスがいなくなったからだという結論を導き出せる。


(つまりこの子は本当に、あんな数百メートル先の場所にいるマティアスの顔を識別できたってわけ!?

……いやあ、規格外すぎて流石に引くわ……)


 リーネは、カレンがマティアスがいると言っていた場所をじっくりと見つめる。

 やはり彼女のような常人ではとても人間の顔など判別できなさそうな距離であり、カレンの視力の異常さ(相手がマティアスだからというのもあるだろうが)を再確認した。


「リーネ、お願い! マティアスに会わせて!」


「……分かったよ。後はあんたなしでもなんとかなるから。2人も、それでいい?」


「カレンさんのことならば、俺はリーネの判断に従おう」


「私も、リーダーのことを邪魔するつもりはないよ~」


「……みんな、ありがとう。それじゃ、後は任せるね!」


 カレンは、電光石火の速さでこの場を離れてマティアスの方へと向かって行く。

 いくら戦いで本気を出すためとはいえ、やはりマティアスと離れることは彼女にとっては苦渋の判断だったのだ。


(戦場で一緒に戦えないなら、せめてそれ以外の時は一緒にいたいよ……本当は、早くマティアスの前でも本気で戦えるようになればいいんだけど)


 マティアスの顔を思い浮かべるだけで、心臓の鼓動が乱れる。この心の乱れがあるうちは、彼女はマティアスとともに戦うことは不可能だろう。


(……誰か、教えてよ。どうすればこの病気は治るの? マティアスとずっと一緒にいたいのに、その気持ちのせいでマティアスと一緒に戦えないなんて……)


 いつまで経っても、カレンの心の乱れは治まらない。このまま一生、この病は治らないのではないかという不安が、彼女を包みこもうとしていた。



ーーーーーーーー



 その頃、マティアスはロックフルーツの収穫をようやく終えて、納品のために街への帰路についていた。


(……採れるだけ採ったのはいいけど、流石に疲れたな。モンスターと戦うのとは別の疲れだ。……でも、この感じは新人時代を思い出すな。採集のためにあっちこっち行かされて……冒険者の冒険ってのは、お使いのために冒険させられるからだと思ってたっけ……)


 今のマティアスには、これまでとは違う達成感があった。

 最近は滅多にやらなくなった採集依頼をこなしたからというのもあるが、やはりはじめて自分1人で依頼をこなしたという自信を得られたのが大きい。


(……ま、危険地帯での依頼の割には凶暴なモンスターと出会わなかった幸運もなるけどな。カレン達が暴れていてからかもしれないが、俺1人でどこまでモンスター相手に戦えるかを試し……)


 その時、マティアスは自分に向けられる殺気を感じとった。

 周囲に目を配りながら剣を抜き、殺気を放つ相手の居場所を探る。


(……どこだ? 周りに身を隠せそうな場所はない。

地上にも、空にもいないなら……)


「地中か!!!」


 足下にまで迫っていた殺気から逃れるために体を動かしたその時、ついさっきまでマティアスがいた地面から何かが飛び出してきた。


「……やれやれ、まさかB級の依頼で、A級モンスターを相手取るとはな……」


 土煙に紛れてその姿を現したのは、巨大モグラとも呼ばれるA級モンスター、ディグラン。

 地中から頭と両前足だけを突き出してマティアスの方を見つめており、その前足の先には数多の獲物を屠ってきたであろう巨大な爪が見える。


「……まあいいや、ポジティブに考えよう。俺1人で、A級相手にどこまでやれるかを確かめるいい機会だぜ」


 戦いの決意を固めたマティアスは剣を握る力を強め、思いっきり歯を食い縛る。

 目の前の巨大モグラ相手に、己の全身全霊をぶつけようとした、その時……


「はああぁっ!!!」


 突然横から割って入ってきた影によって、ディグランは一撃で葬られたのである。


「………………え?」


「……ふう、ちょっと呼吸が乱れちゃったな。まあ一撃で倒せたなら……」


 マティアスは、その影の正体がすぐに分かった。

 不意討ちとはいえ、A級モンスターを一撃で倒せるような人間なんて数えるほどしか心当たりがない。


「……カレン? 何でここにいるんだ!?」


「……ふぇっ? ま、マティアス!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る