第4話 ちょっと本気出すから
夕方、マティアスは依頼人のいる王国東の街、イストへと到着し、依頼人との顔合わせを行っていた。
「どうも。ギルドから依頼を受けさせて頂きました、マティアス・クロフォードと申します」
自己紹介したマティアスに、依頼人である小太りの商人が人好きする笑顔を向けてくる。
「どうもどうも、今回はよろしくお願い致します。いやー、しかしただの採集依頼に、あなたのようなA
「これも、立派な依頼ですからね。貴重な収入源ですし、ありがたく受けさせて頂きますよ」
冒険者としての名声を一気に高め、ランクの上昇にも大きな影響を及ぼすのはモンスターを相手にする討伐依頼である。
そのため冒険者は皆、自分のランクを高めるために積極的に討伐依頼を受ける一方、特定の品物の納品を要求される採集依頼は地味なものとされ、デビューしたての新人のための依頼扱いされている。
そのため、新人が受けられない高難度の採集依頼は中々受け手が出てこず、放置されがちなのがちょっとした問題にもなっているのだ。
(ロックフルーツは乾燥地帯にのみ生息が確認される果実……ただでさえ生息数が多くないのに、あの辺は危険なモンスターが目立つからなあ……“難易度B”も頷ける)
「いやぁ、本当に助かりましたよ。ロックフルーツはこの街の貴重な特産品だったんですが、厄介なモンスターが現れたせいで生息域まで辿り着けずに困っていたのです」
「厄介なモンスター? そいつは大丈夫なんですか?」
「ええ。そちらの方は、街全体の名義で別の依頼としてギルドに提出させて頂いたようですよ。乾燥地帯にクイーンアントが現れたのですが、どうやら腕利きの方が依頼を受けて下さったようで……」
「……ん? クイーンアントって、確か……」
そのモンスターの名前は、明らかに聞き覚えのある名前だった。それも、つい数時間前に聞いたばかりの……
「……やれやれ、とんだ偶然だな……」
翌日、マティアスは朝からロックフルーツの収穫のために、街の近辺にある乾燥地帯へと出向いていた。
(……ロックフルーツは、岩陰の辺りに実っているんだっけか。岩の保護色になってて見つけ辛いらしいから、目を凝らしとかないと……)
その時、遠くの方から轟音が響いた。まるで何かが崩れ落ちるかのような音がしばらくの間鳴り響いており、マティアスは思わず音の鳴った方向へと振り向いた。
「……あれは、クイーンアント……!」
数百メートルは離れているであろうこの距離からも、その巨体を確認することが出来るA
その体躯は実に20メートル近くあり、地上最大の昆虫型モンスターとも呼ばれている。
(そうか、今の音は蟻塚が壊れた音か! でも、女王蟻と同じ大きさを誇る蟻塚を壊せるヤツなんて……まあ、1人しかいないわな)
マティアスはしばらく、クイーンアントと戦闘している一団の戦いを遠くから観察していた。
遠目で見ていても、彼らの動きのキレや、質の高い連携は見てとれる。
マティアスは一通り彼らの戦いを観戦した後で、結末を見る前にその場を去った。
(……いや、俺は今のあいつらとは関係ないな。別のパーティーの戦いに首を突っ込むこともない)
「……頑張れよ。カレン」
ーーーーーーーー
「マティアス、待って!!!」
カレンが常に視界の端に捉え続けていた小さな影が、どんどん遠ざかっていく。手を伸ばしたところで、腕も、声も、彼には届くはずもない。
(……待ってよ、行かないで。そんなに遠くにいるなら、私の胸の鼓動は抑えられるから!)
「カレン、何やってんの!? よそ見しないで!」
リーネの叱責する声が、カレンを現実へと引き戻す。
いつの間にかカレンの目前には蟻の脚が迫っていたが、彼女はジャンプしてそれを回避した。
「何してたのよ、ようやく色ボケが治ったと思ったのにさあ」
「あそこに、さっきまでマティアスがいたの! それなのに、急にどこかに行っちゃって……」
カレンはマティアスがいた場所を指差しながらリーネにそう説明するが、それを聞いていた彼女の顔は冷ややかなものだった。
「はあ? あんな遠くの場所の人の顔が見えるわけないでしょう……こりゃ末期症状か。帰ったら精神科に見せなきゃな……」
「私なら分かる! あのくらいの距離なら、影だけでもマティアスだって分かる!」
「ホントかよ……それはそれで恐ろしいわ……」
「2人とも! そっち来てるぞ!」
ジェシーの声に反応して、カレンとリーネはクイーンアントの攻撃を回避する。
戦況は一進一退、相手の攻撃は当たらないが、こちらの攻撃も決定打に欠ける状況が続いていた。
「クソッ、図体のデかさに見合わず素早いな!」
「甲殻も硬くて、中々攻撃が通らないよ……」
(……思ったよりも苦戦してるな……やっぱり、マティアスが抜けた影響は小さくない……いや、それ以前に、カレンがまだ本気を出せていない……)
マティアスがいないのであれば、心を乱されることなくカレンは真の実力を発揮できるはず。
それなのに、カレンはまだ実力を出しきれていないことを疑問に持ったリーネがカレンの顔を見ると、彼女の顔は今までとは全く違う殺気立ったものになっていた。
「……邪魔だよ……」
「……カレン?」
リーネを怯ませるほどの殺気を放つカレンは、剣を抜いてクイーンアントの前に躍り出る。ジェシーとチコは彼女を止める声を出すが、彼女は言葉でなく、穏やかな笑みを返すだけである。
(2人とも、大丈夫だよ。今の私はマティアスのせいでドキドキしてるわけじゃないから)
カレンは2人の制止を無視してどんどん前に出ていく。他を寄せ付けない彼女の異様な雰囲気は、仲間との連携を拒絶していた。
「リーネ、止めなくていいのか!? いくらカレンさんと言えども、単独で立ち向かうのは……」
「こ、こうなったらリーダーに合わせて援護を……」
「……いや、多分もうあの子1人で大丈夫だと思うよ」
「……なんだと?」
次の瞬間、何かがドシンと落ちる音が響いた。
ジェシーが音の鳴った方向に向かって振り向くと、そこには真っ二つになったクイーンアントの死体が転がっていた。
「……な!?」
「……久しぶりに見たなあ、この子の本気……やっぱり、どこまでも規格外なヤツだわ」
一瞬でA
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