最後に教えてやろうという奴の事を教えてやろう

空閑漆

 高原の戦いは乱戦の様相を呈していた。拮抗した力は長き時間が経てもも収まることを知らず、戦場を広げていく。混乱に乗じ森へと逃げ込む者。それを追う者。どちらが推しているのかわからぬ戦況では、それが更なる混乱を生もうとも己の命を守る事だけが優先された。

 森へ逃げ込んだ敵の一人が踵を返し、男へと剣を振り下ろす。剣で受け鍔迫り合いで牽制しつつ、男たちは弾かれるように距離を取った。警戒するのも一瞬、敵は声をあらげ中段の構えから男へと突っ込んだ。渾身の一撃を躱し懐に飛び込んだ男は勢いのまま敵を押し倒すと、そのまま反撃を許さず首へ切っ先を向けた。

「貴様ほど腕の立つ者が、なぜこのような辺境に……」

 敵からの称賛を含む疑問に、男は口を歪め笑う。

「お前はここで死んでいく身、最後に教えてやろう」

 男は倒れた敵を踏みつけ口を開く。その驚愕の真実に目を見開らいた敵は、諦めの表情を浮かべながら男に貫かれる。

 それを見ていた男と同じ部隊の一人が囁いた。

「あいつ、またやってんのかよ」

 いつもの事だと別の一人が敵をなぎ倒し答える。森に逃げてきた敵はあらかた仕留め、残りは散り散りに逃げている。囁く男は剣を素早く振り血を落とすと、答えた男へ振り向いた。

「あいつが何て言ってるか知っているか」

「さあな」

 答えた男は興味がないといった様に辺りへ目を走らせる。草深い森の中、逃げたと思わせて影に潜んでいるかもしれない。それでも囁く男の口は止まらなかった。

「あいつは敵に思い込ませているのさ。いかに凄い奴と対峙したかをな」

「今から死ぬやつに無駄なことしやがって」

「それが趣味だとしたら無駄だろうと関係ねえよ」

「趣味だと?」

 ここで初めて、答えた男は囁く男へ顔を向けた。

「野営地で何かやってやがるから気になってよ」

「倒した後の言葉でも練習してたか」

「練習じゃなくて創作してたんだよ。あいつは自分の考えた最強の戦士ってやつを何通りも作り、死ぬ間際の敵にお披露目してるのさ」

「それで敵の表情を伺って笑ってやがるのか。趣味が悪い」

「名の知れない奴に殺られるくらいなら、少しでも名の知れた奴にってね」

「それが嘘だろうと最強のやつに殺られたいのかよ」

「嘘かどうかなんて調べようがねえよ」

「それで死の価値が上がるとでも思ってんのか」

 答えた男はそう吐き捨てると、もう話は終わりだとばかりに枝の一つを踏みつぶした。そのまま森の奥へと足を踏み入れていく。

「どういう思いで死んでいくのか気にならねえか」

「気になるんなら、そこらで横たわってる奴らにでも聞くんだな」

 置き去りにされた言葉に、囁く男は横たわる屍を見る。虚ろな目や、半開きの口は何も語りはしない。にじり寄る何かに怯えたのか、小さく身を震わすと囁く男は足早に後を追いかけた。


 やがて静かになった森には死だけがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後に教えてやろうという奴の事を教えてやろう 空閑漆 @urushi1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ