最後に教えてやろうという奴の事を教えてやろう
空閑漆
1
高原の戦いは乱戦の様相を呈していた。拮抗した力は長き時間が経てもも収まることを知らず、戦場を広げていく。混乱に乗じ森へと逃げ込む者。それを追う者。どちらが推しているのかわからぬ戦況では、それが更なる混乱を生もうとも己の命を守る事だけが優先された。
森へ逃げ込んだ敵の一人が踵を返し、男へと剣を振り下ろす。剣で受け鍔迫り合いで牽制しつつ、男たちは弾かれるように距離を取った。警戒するのも一瞬、敵は声をあらげ中段の構えから男へと突っ込んだ。渾身の一撃を躱し懐に飛び込んだ男は勢いのまま敵を押し倒すと、そのまま反撃を許さず首へ切っ先を向けた。
「貴様ほど腕の立つ者が、なぜこのような辺境に……」
敵からの称賛を含む疑問に、男は口を歪め笑う。
「お前はここで死んでいく身、最後に教えてやろう」
男は倒れた敵を踏みつけ口を開く。その驚愕の真実に目を見開らいた敵は、諦めの表情を浮かべながら男に貫かれる。
それを見ていた男と同じ部隊の一人が囁いた。
「あいつ、またやってんのかよ」
いつもの事だと別の一人が敵をなぎ倒し答える。森に逃げてきた敵はあらかた仕留め、残りは散り散りに逃げている。囁く男は剣を素早く振り血を落とすと、答えた男へ振り向いた。
「あいつが何て言ってるか知っているか」
「さあな」
答えた男は興味がないといった様に辺りへ目を走らせる。草深い森の中、逃げたと思わせて影に潜んでいるかもしれない。それでも囁く男の口は止まらなかった。
「あいつは敵に思い込ませているのさ。いかに凄い奴と対峙したかをな」
「今から死ぬやつに無駄なことしやがって」
「それが趣味だとしたら無駄だろうと関係ねえよ」
「趣味だと?」
ここで初めて、答えた男は囁く男へ顔を向けた。
「野営地で何かやってやがるから気になってよ」
「倒した後の言葉でも練習してたか」
「練習じゃなくて創作してたんだよ。あいつは自分の考えた最強の戦士ってやつを何通りも作り、死ぬ間際の敵にお披露目してるのさ」
「それで敵の表情を伺って笑ってやがるのか。趣味が悪い」
「名の知れない奴に殺られるくらいなら、少しでも名の知れた奴にってね」
「それが嘘だろうと最強のやつに殺られたいのかよ」
「嘘かどうかなんて調べようがねえよ」
「それで死の価値が上がるとでも思ってんのか」
答えた男はそう吐き捨てると、もう話は終わりだとばかりに枝の一つを踏みつぶした。そのまま森の奥へと足を踏み入れていく。
「どういう思いで死んでいくのか気にならねえか」
「気になるんなら、そこらで横たわってる奴らにでも聞くんだな」
置き去りにされた言葉に、囁く男は横たわる屍を見る。虚ろな目や、半開きの口は何も語りはしない。にじり寄る何かに怯えたのか、小さく身を震わすと囁く男は足早に後を追いかけた。
やがて静かになった森には死だけがあった。
最後に教えてやろうという奴の事を教えてやろう 空閑漆 @urushi1
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