第3話 頼れる家臣たち

 貧相な我が屋敷の廊下は非常に寒い。室内のはずなのに冷たく乾燥した風が吹き込んできて肌がひりひりする。二の腕をさすりながら早足で家臣たちの集まる部屋へと向かう。

 今日も今日とて領地とその周辺地域を取り巻く問題に対処するための会議だ。

 

 理想としては会議なんて、いらねえ、異世界の貴族に転生したからには、内政チートで国力を増強して無双しようと洒落込むところだが、現実は残酷だった。

 

 農業だろうが、軍隊だろうが、経済だろうが、改革するためには、金、金、金だ。

 兎にも角にも元手となる莫大な資金がいる。

 

 翻ってわがクラウゼ家の財政をのぞいてみよう、すっからかんどころか大赤字だ。

 小さな村が三つしかない我が領地には村中の蔵をひっくり返しても金がない。出てくるのは埃と凍え死んだ哀れなネズミだけだ。こうなるとどうしようもない。

 

 色々と考えてはみたが、金を稼ぐ手段はなかなか見つからなかった。

 確かに専門的な知識をまるで有していないために内政チートと無縁な俺にも問題はある。

 

 だが、農業改革しようにも、クラウゼ伯領は帝国の北の北。寒冷な地域で、そもそも農業に向いていない。

 作物は地球の物とよく似てはいるが、同じとは限らない。ノーフォーク農法だか、フランドル農法だかを試す余地もない。

 そもそもこの世界ではコロンブスの手を借りずともイモや小麦やコメが広く栽培されているようなので、農業生産力はなかなかに高い。

 

 では、商売ならどうだろう。現代の知識を使えば金が稼げるのではないか。当然、はかない夢に終わった。

 ここはゲームがもとになったファンタジー世界。

 ゲームでの見栄え通りに、料理はうまいし、どうやって建設したのかまるで見当もつかない巨大建造物はあるし、貴族たちの服は複雑かつきらびやかだ。村人に至るまでなかなか仕立てがいい。

 

 オセロは既に存在している。石鹸の作り方も俺はしらない。というか普及していないだけである。特権を持った百戦錬磨の大商人を相手取って俺が商売で勝てるのだろうか。いいや、不可能だろう。

 

 軍備を拡張しようにも、動員兵力はたったの百人。そしてこの世界にはすでに魔導式のライフル銃も空飛ぶ軍艦も果てにはパワードスーツじみた巨大な鎧まである。

 

 時代は近世と言ったところだろうが、高度な魔導技術が発展しており、にわか仕込みの現代人が立ち入る隙はない。

 悠長に黒色火薬なんぞこさえていたら馬鹿みたいな火力の魔法にドカンドカンとやられてしまう。

 

 ならば、チーズを売ろう。クラウゼ伯領唯一にして自慢の特産品だ。あれはうまい。しかし、生産量が極めて少ない。住民たちのなけなしの食糧を売れば、冬が越せない。

 

 そして、最も大切な時間が俺にはない。FUというゲームの性質上、物語の開始、つまり現在から一年半ほど経つと、一気にパンゲア大陸全土が戦争の嵐に見舞われることになるはずだ。

 ちんたらスローライフなどと呆けていれば、戦争機械とかした主要キャラたちにひき殺されるだろう。 

 

 そんな、ないない尽くしのクラウゼ家にも誇れるものが一つある。

 優秀な家臣たちだ。

 

 主要キャラやその家臣たちといったチート級のキャラと比較すれば、見劣りするが、弱小貴族としては頭一つ抜けている。

 彼ら彼女らがいるからこそ、俺は絶望的な状況の中でも希望を見出せる。

 

 部屋に入るとすでに集まっていた四人の家臣が、わざわざ席から立ち、出迎えてくれる。

 

 「おはようございます。クルト様。すでに皆集まっていますよ」

 

 恭しく頭を下げる男の名はフランツ・フォン・ヴァイル。

 クラウゼ家に古くから仕えるヴァイル男爵家の若き当主だ。

 

 長身で黒髪の美形だが、出不精で肌は青白い。

 統治と智謀に優れた有能な内政家タイプで自分の村の管理もあるというのにクラウゼ伯領全体の細かな事務処理もやってくれている。

 

 それに加えて、見た目に反して戦闘能力も高い。腕っぷしはないが、魔法のステータスはAランク。もうフランツがこの家の領主をやった方がいいくらいだ。もっとも本人にはその意思はないようだが。

 俺すなわちクルトにとっては幼いころから兄のような存在で、家族とも呼ぶべき人だ。

 

 「みんな、とっくに集まっていたのに。遅いわよ。クルト」

 

 腕を組み、仁王立ちして俺に悪態をつくのはミルセ男爵家の娘シャルロッテ。

 クリーム色の短髪にくりっとした淡い桃色の瞳が特徴的な小柄で愛らしい少女だ。

 

 クルトとともに兄妹のように育った幼馴染で年齢も同じ十五歳。フランツ同様家族のような存在だ。

 ミルセ男爵家はヴァイル家と同じくクラウゼ家の家臣で、当主はシャルロッテの兄ハンス。

 前当主であるオットーは妻とともに健在だが、俺の父の死と同時に隠居してしまった。

 

 俺同様、当主になったばかりで忙しいハンスに代わり、妹のシャルロットがクラウゼ家に奉公してくれている。

 

 愛らしい見た目と異なり、ステータスは武勇がSランクに魔法はAランクと戦闘系に特化しており、統治や智謀のステータスはからっきし、まさに脳筋娘といった感じだ。

 

 まがい物の俺とは違いシャルロッテは本物のSランク。戦闘のセンスも抜群で俺と模擬戦をやればシャルロッテの百戦百勝だ。

 

 「坊ちゃんのことだ。また何か考え事でもしていたのでしょうな」

 

 壮年の男が高笑いをする。

 この男はギュンター。育ちが悪く出自は謎。当主である俺のことを坊ちゃん呼ばわりするが、父の代から仕え、忠義に厚くまた優れた指揮官でもある。

 ちなみに剣や銃の扱い方をクルトとシャルロッテに教えてくれたのは彼である。

 

 「ギュンター様。クルト様はいまやクラウゼ家の当主。坊ちゃんという呼び方はいかがなものかと。シャルロッテ様も同様ですぞ。それに……」

 

 ローブに身を包み、長く白いひげを蓄えた老人がシャルロッテとギュンターにくどくどと説教をし始めた。

 この老人はヴォルフラム。祖父の代から仕える老魔導士で低い身分の出身ではあるが、領内の誰からも尊敬され、ヴォル爺の愛称で親しまれている。

 歴史などの教養にも長け、ヒストリアイではわからないような情報も良く知っている生き字引だ。 

 

 以上、四名。クラウゼ家が誇る優秀な家臣たちだ。みんな、俺に足りないものを大いに補ってくれる。みんながいなければ、俺はとっくに首をくくっていた。 

 

 「話しが長いぞ。ヴォル爺。早く本題に入ろう。座ってくれ」 

 「これは申し訳ありません。わしとしたことが熱くなってしまいました」 

 

 一度スイッチが入るとここから数時間は戻ってきそうになかったので無理やり連れ戻した。

 俺に助けられたシャルロッテとギュンターはあからさまに嬉しそうにする。

 

 まったく、ヴォル爺の言っていたこと自体は至極真っ当なので、二人には改心してほしいが、期待するだけ無駄だろう。

 

 もし外交の場で、家臣に呼び捨てにされていたら、どれほど馬鹿にされるかわかったものじゃない。外交は俺が生き残るための唯一の手段。二人には後でよく言っておこう。 

 

 「まあ、いい。フランツ。あれを見せてくれ」

 

 気を取り直してここからが本番だ。  

 

 「はい。こちらはフレイヘルム公ルイーゼ様からの書状です」 

 

 フランツが一枚の手紙を取り出す。

 

 「フ、フレイヘルム公ってあの鉄血令嬢って呼ばれている?」 

 

 シャルロッテが驚きのあまりむせた。

 

 「そうだ。神聖エルトリア帝国の四大公爵にして北に大領を持つフレイヘルム公だ」

 

 ルイーゼ・フォン・フレイヘルム。

 パンゲア大陸に住むものなら誰でもその名を知っているだろう。

 その名を聞いただけで並外れた武勇を持つシャルロッテも怯む今一番話題の人物だ。

 神聖エルトリア帝国四大貴族の一角で爵位は女公爵。

 

 北の英雄と呼ばれた父の死後、内乱に勝利してフレイヘルム家の当主となったステータスオールSランク越えの傑物だ。

 鬼神のごとき戦いぶりと反逆者への容赦のない処刑を行ったことで鉄血令嬢の異名で恐れられるようになった。

 

 フレイヘルム家は近年、ルイーゼの指導の下で急速にその勢力を拡大している。

 

 「そんな大貴族様がどうして坊ちゃんなんかに……」

 

 ギュンターはヴォル爺に睨まれて頭をかく。

 悔しいが彼の言う通り、本来ならばルイーゼほどの人物が帝国伯爵とはいえ小領主の俺に自ら書状を書いて送るなどありえないことだろう。 

 

 「成人を祝うからぜひ来てほしいと、クルト様を含め、北の諸侯ほぼ全員を招待しているようです」

 「なるほど成人ね――――ってことはまだ十五歳! 私やクルトと同い年じゃない!」

 「同じ十五歳の領主でもえらい違いだよな」 

 

 我ながらそう思うと途方に暮れる。

 ルイーゼは俺やシャルロッテと同い年の十五歳だ。彼女が反乱を起こした叔父を倒してフレイヘルム家を継いだのは、五年前、たった十歳の時だ。

 かのアレクサンドロス大王でも王位に就いたのは二十歳になってからだった。 

 ゲームの中の存在だったとはいえ、やりすぎな設定だ。 

 そんな天才ルイーゼが、現実となった。一度は会ってみたいものだ。

 

 「成人ですか。されば裏を勘繰らずとも招待されて違和感はありませんな」

 

 ヴォル爺は目を細めて、長いひげをなでた。

 神聖エルトリア帝国では成人すると男女を問わず、とりわけ大貴族は自らの影響力を示すために周辺の諸侯を招待して盛大に祝うことが多い。

 

 成人パーティーは貴族たちが情報交換を行ったり、結婚相手を探したりする外交の場でもある。

 もちろん弱小貴族であるクラウゼ家にはそんな大金はなく、俺とシャルロッテの成人の際は、慎ましやかにわずかな家臣たちや領民たちとともに祝われた。 

 

 「フレイヘルム公は味方を増やそうとしているのだろう」

 「味方を増やす? また戦でもおっぱじめようっていうんですかい」

 「それも途方もなく大きなやつだろう」

 

 皆、俺の考えを聞くと押し黙ってしまう。

 つい一、二年前までならば、何をご冗談を、と笑い飛ばせていたが、昨今の事情を鑑みるとあながち間違いではないとわかるのだろう。

 

 もっとも破滅的な軍靴の音が枕元にまで差し迫っていると本当に認識しているのはFUというゲームを知っている俺だけかもしれないが……。

 

 今年の初め頃、ちょうど俺がクルトとしてこの世界に来た頃、神聖エルトリア帝国の皇帝が代わった。

 前の皇帝はアンバランスなこの国をよく治めており、他国からの侵略を防ぎ、帝国諸侯たちはぎくしゃくしながらも一丸となって平穏を保ってきた。

 

 しかし、戦争によって疲弊し、有能な皇帝も死に、第一皇子だったヘルマンが帝位についたことで状況は一変した。

 ヘルマンは精神薄弱とのうわさが立つほどの無能な男。ゆえに第二皇子のルークを次の皇帝に押す声が多かったのだが、あのルイーゼが、裏で暗躍しヘルマンを皇帝につけた。

 

 ルイーゼが噂通り聡明で野心家ならば、第一皇子だからという正統性を主張したのではなく皇帝権力の弱体化を狙っているとしか考えられない。

 少なくともここがFUの世界であるならば、破局的な戦争に向かうきっかけが必ずあるはずだ。

 そして第一皇子ヘルマンの即位は間違いなくそのきっかけの一つになりうるだろう。

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