第2話 異世界

 FU5の舞台はパンゲア大陸と呼ばれる巨大な大陸だ。

 魔法はもちろんのこと空飛ぶ船やドラゴン、一騎当千の力を発揮する英雄の武器、神器となんでもありのファンタジー世界。

 

 復活した古代の軍団、ドラゴンとともに暮らす遊牧民、破竹の勢いの新興宗教と他にも大小様々な勢力が複雑に絡み合って物語が展開される。

 

 そして、そんな物語の中心地、年老いた超大国、神聖エルトリア帝国の北の小さな村に俺はいる。


 帝国歴1655年3月

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 ただ、雀の涙ばかりの休日を利用して大好きなゲームを徹夜でプレイしたかっただけなのに。

 気づけば、その大好きなゲーム『FantasyUniversalisⅤ』の世界に迷い込み、今では名もなき弱小領主だ。

 

 この世界に来てから早二か月。

 状況は芳しくない。

 FUでは基本的にゲームの開始から一年から一年半が経つと物語が大きく動く。その間は来(きた)る戦争に備えての内政タイムだ。

 

 このスタートダッシュに失敗するとゲームを自分の思い通りに進めることができなくなる。

 俺は華麗にスタートダッシュを決めるどころか、完全に頭からずっこけてしまった。


 FUも現実となるとコントローラーを操作するだけのゲームとは違い、日々を生き抜くだけで精いっぱい。ゲームだったら十分とかからないはずの二か月を本当に二か月やっているのだから当然だ。時間をワンクリックで一時停止しながら、内政に注力することなどできはしない。

 

 ここでの生活に慣れながら、現状を把握するだけであっという間に二か月が過ぎてしまった。

 領地改革なんて夢のまた夢といった状態だ。

 

 最初からある程度、力のある主要キャラを選べれば、もっと楽だったのだが、俺はランダム生成されたキャラでランダム生成された領地の領主をやっている。

 

 オリジナルキャラ自体は悪い話ではない。

 与えられたポイントを使って作ることのできるオリジナルキャラは元から設定されている主要キャラとは、また違った楽しみ方ができる。

 

 広くて豊かな領地を当ててもいいし、ステータスを高く設定することもできる。その逆も然りだ。

 プレイヤーのさじ加減でチートレベルのキャラから縛りプレイにしか使わないような弱いキャラも作れる。

 

 だが、問題はそれが今回はランダムに生成されてしまったことだ。

 名前はクルト・フォン・クラウゼ。

 年齢は十五歳。それなりに若返ったが、幸か不幸か容姿はそんなに変わりない。

 

 この二か月間、現代社会とはかけ離れたこの異世界でクルトとして生活してきて苦労することは多々あったが、戸惑うことはなかった。

 クルトの十五歳までの記憶を自分のことのように思い出せるからだ。

 

 実に奇妙な感覚だが、現実世界に戻れない悲しみを乗り越え、この世界にスムーズに適応することができたので、この仕様にはとても感謝している。

 

 俺自身、クルトについてもう少し詳しく話そう。

 FUシリーズではキャラクターの能力値、ステータスを統治、軍事、武勇、智謀、魔法の五つで表す。ステータスは細かな数字で設定されているが、大まかにSABCDとランクで分けることができる。

 

 統治は内政能力を現し、統治が高ければ優れた行政能力を発揮する。

 

 軍事は兵士たちの統率力、作戦立案能力に関わる。このステータスが高いほど大軍を率いることができる。

 

 武勇は軍事とは違い個人の戦闘能力を示している。武勇の値がトップクラスのS以上ならば一騎当千の戦士ということだ。

 

 智謀は、いまいちどういう影響があるのかあいまいである。学者でも商人でも軍師でもこの数値が高い。だからと言って数値が高ければ学者兼商人というわけではなく、個人個人に向き不向きがあるらしい。

 俺の予想では複雑な内部パラメータを大雑把に智謀という値で示しているのだろう。

 これまでのFUの流れから言って、後日のアップデートやダウンロードコンテンツで、ゲーム性を拡張予定する予定だった可能性が高い。FUシリーズは発売から数年経つとアップデートやダウンロードコンテンツによってゲーム性がダイナミックに変わってしまうことは多々ある。もはや今となってはわからないが。 


 魔法は少々複雑でほかのステータスと相互に関係する。例えば武勇と魔法が両方とも高ければ戦闘魔法の使い手だとわかる。魔法と智謀が高い場合は優秀な錬金術師だろう。これも今のところ推測でしかないが。

 

 ステータスは鍛えれば、あげることができるが才能ともいうべき、初期のステータスは非常に重要だ。

 クルトこと俺の初期ステータスはオールSランク。もう一度言おう。オールSランクだ。

 つまり俺は内政能力も高く、万軍を率いることもできるし、商才もある、おまけに優秀な魔法の使い手で一騎当千の戦士だ。

 

 この広い大陸でもまれにみるオールラウンダー。まさにチートを絵に描いたかのようなご都合主義のステータス。ランダム設定が聞いてあきれる。これだけの優秀な人材ならばきっと引く手あまたなのだろう。このチートステータスを武器に無双でもスローライフでもなんでもござれだ。

 

 ここで問題が一つ。

 このステータス、俺自身に関しては全く当てにならない。

 

 Sランクの武勇や魔法に関してはクルトが習得していた剣術や魔法を体が覚えているので多少扱える。しかし、まだ成人したばかりで一度も戦場では戦ったことがないし、これから新たな魔法や技を覚えられそうな気がしない。ましてや劇的に身体能力が向上したようにも思えない。

 

 一方で統治のステータスもSランクだが、クルトにも俺にも領地を統治した経験は少なく、うまくやっていけるようには思えない。体はステータスオールSランクでも中身は平凡な一般人だ。

 

 このステータス、他の人間のことは正しく評価しているように思えるが、俺本人に限っては数値通りの活躍が本当にできるのか怪しいところだ。結局は俺の頑張り次第なのかもしれない。

 つまりは見掛け倒しのオールSランクだ。

 

 ステータスなどと当然のように言っているが、ここはゲームの世界であってゲームではない。

 そんなものが見えるのは俺だけだ。 

 

 目を凝らして念じると俺にしか見えないキャラクターのステータスの数字や地図が現れる。

 地図を手を振って操作すれば、国家や勢力の国力や軍事力まで見ることができる。

 

 例えば時間。画面右横を見ると、今は帝国歴1655年3月2日とわかる。

 詳しく知りたいところをタップすれば、川や山などの地形から天気に至るまでこと細かな情報をのぞき見できる。作戦計画を立て、軍事行動を起こすのにこれほどまでに便利な能力はないだろう。

 

 まさにチートといった感じだが、FUではプレイヤーならだれでも使うことができたので特別な感じはあまりしない。

 ゲームではこの機能をヒストリアイとこじゃれた名前で呼んでいた。 

 

 俺自身の話はこれくらいにしておいて問題はわが領土だ。

 真価を発揮するか怪しいが、非の打ちどころのないステータスに比べて我が領地は悲惨の一言である。

 

 今回のFUの舞台はパンゲア大陸。魔法や龍が存在するという以外は地球と変わらない場所だ。

 さきほどの地図を見れば、俺の住む領地は大陸中央部の大国、神聖エルトリア帝国の北側、色が濃くなった場所に位置しているのがわかる。

 

 神聖エルトリア帝国は大陸一番の超大国で古代に滅んだエルトリア帝国の後継者を名乗っている国だ。

 ただし正統性はなく、その実態は帝国諸侯と呼ばれる貴族たちの連合体に過ぎない。頂点に立つ皇帝の権力は弱く、神聖さは欠片もない。

 

 発売前に見た公式サイトの情報によれば、この帝国はゲームストーリーの中心地となる場所だ。

 中心地ということはイベントが数多く発生するので、ゲームなら最高にハッピーな立地だが、この世界で生きていくうえでは最悪の立地と言える。


 FU5は戦争をシュミレーションするゲーム。すなわち、その中心地ということは戦争の中心地ということになるからだ。

 ランダム生成である以上、この大陸で最も大きな国である神聖エルトリア帝国に配置される確率が高いのは仕方がない。ここは諦めよう。 

 

 だが、許せないのはその国力だ。

 俺の地位は帝国伯爵といって帝国諸侯の一員だ。帝国内ではそれなりの地位にあると言える。

 

 そのはずなのに我が領地は貧しい。動員兵力は百をやっと超える程度だ。ちなみにお隣の大貴族フレイヘルム公爵はなんと五万もの兵を動員できる力を持っている。その差は歴然だ。

 

 ランダム生成にしてもひどすぎる。俺の運というものはすべて役に立たないステータスに偏ってしまったのだろうか。いくらステータスが高くてもこんな寒村では大国に太刀打ちできない。

 

 物語が進めば、主要キャラたちによる覇権をかけた大戦争が起こるというのに、我が領地はなんと貧弱なのだろう。大変嘆かわしい状況だ。

 

 領地でスローライフと行きたいところだが、ここは狂気のFU世界だ。

 こんにちわ! 死ね!とばかりに好戦的な主要キャラたちが乱立する戦乱の世で、弱小貴族がどうなるかは言うまでもない。 

 

 となれば後は自分の持てる力で生き残るしかない。

 現実となったこの世界はゲームと勝手は違うが、戦略自体はゲームの時と変わらない。

 

 弱小には弱小なりの戦い方というものがある。

 FUプレイヤーの意地を見せてやる。

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