第1話 始まり

 なんだ? 声がする?


『ちょっと、起きなさいよ。起きなさいってば、そんなに強くやってないはずよ』


 朝から、うるさいな。勘弁してくれ。最近は忙しくて疲れてるんだ。今日は休みだろう。


『稽古中でしょう。ご領主様が、みっともない。早く起きないとこの斧で頭を勝ち割るわよ』


 英語か? いや、まるで聞いたことがない言葉だな。俺の部屋の壁は薄いが、いつも聞こえてくるのは、若いカップルの痴話げんかだけだ。留学生でも越してきたのだろうか?


「まったく、なんだってんだ」


 俺はゆっくりと目を開く。

 まぶしい。太陽の光? 俺の部屋は日当たりは最悪だぞ。昨日、FUでもやりすぎて寝落ちでもしたんだろう。

 でも、ディスプレイの光にしては、温かみがある。

 だんだんと視界の霞が取れてきた。

 その時、目の前で、金属製の物が、きらりと光った。

 

「って、うおおおお!」

『ちっ、外したか。さすがにやるわね』


 俺は咄嗟に横にローリングする。 

 恐る恐る肩越しに、後ろの光景を見る。

 さっきまで俺が寝ていた場所に、ステレオタイプなバイキングが使うような両刃の斧が、地面をえぐっている。

 木製のようだが、その破壊力は、人一人の命を奪うには十分すぎる。


「まっ待ってくれ、君は? なんで俺を襲うんだ」


 よく見ると巨大な斧を担いでいるのは、若い女の子だ。

 クリーム色の髪に、くりくりとした桃色の目。

 外国人だろうか。見たこともないような美少女だ。


 しかし、俺はごく一般的な日本人。

 美少女とかかわりを持つこともなければ、あまつさえ、その美少女に巨大な斧で襲われる覚えもない。


『なんでって稽古だからに決まっているでしょう。頭がおかしくなったんじゃないの?』

  

 さも、この光景が当然のように、目の前の少女は、不思議そうに小首をかしげる。

 いや、そんな顔をしたいのはこっちだ。

 何を言っているのかわからないが、こっちの話は通じているらしい。

 

『ほら、立ちなさい。あとこの剣も』


 俺は少女に片手でひっぱりあげられて立たされ、剣を渡される。

 すごい力だな。いや、あの重たそうな大きな斧もぶんぶん振り回しているんだから俺ぐらいは持ちあげられるか。

 スタイルはいいが、細身だ。あの体のどこに、あんな怪力が宿っているのだろうか。


『ちょっと、どこ見てんのよ。稽古に集中しなさい』


 少女は再び斧を構える。

 やっぱり、やる気なのか。なら俺もやるしかない。 


「こい!」


 俺は見様見真似で剣を構える。

 ぐっ、鉄製の剣って結構重いんだな。


『なによ。その不格好な構えは。馬鹿にしているつもり?』


 少女は不服そうな顔をしながら、斧を振り上げた。俺は、少女の一撃を防ぐために、でたらめに剣を突き出す。

 

「行くわよ、クルト!」


クルト。確かに今、少女はそう俺のことを呼んだ。 

巨大な斧の重たい一撃が、俺の剣にクリーンヒットする。

よし、防げた!

しかし、喜んだのもつかの間、斧の衝撃が、剣から俺にびりびりと伝わり脳を震わす。


「ぐはっ!」  


 俺はたまらず、その場に崩れ落ちる。

 そうだ。思い出したぞ。俺の名はクルト。

 クルト・フォン・クラウゼだ。

 そのまま、俺は意識を手放した。



 ここは、部屋の中か?

 再び、目を覚ますと見覚えのない天井が目に入る。味のある木造って感じだな。知らない場所だ。いや、この埃臭さには、覚えがある。そうだ。俺の屋敷じゃないか。


「おお、クルト様、お気づきになられましたか」


 長い白髪と髭を蓄えた老人が心配そうな表情を浮かべる。

 彼はホド、みんなからはホド爺と呼ばれている。偉大な魔導士で、医術の心得もある。


「ああ、大丈夫。なんともないよ」

「なんだ。心配して損したじゃない」

  

 俺が体を起こすと、しゃがれた声がする。

 クリーム色の髪に、桃色の瞳。

 服の袖をぐしゃぐしゃにしながら、目をこする。目の周りは赤くはれ、袖はびっしょりと濡れている。

 彼女はシャルロッテ。俺の幼馴染だ。立場的には、家臣ということになる。

  

「ひやひやしましたぜ。坊ちゃん」


 バツが悪そうに頭をかいている中年の男は、ギュンター。

 元傭兵の家臣で、俺とシャルロッテの武の師匠でもある。


「ギュンター様、クルト様は、大事なご当主。何かあったらどうするのです。監督不行き届きですよ」

「まあ、そう怒らないでくれ、ホド爺。俺の不注意だ。今度からは気を付けるよ」

 

 俺は説教を始めたホド爺をなだめる。 

 主君に忠実なのは、良いことだが、こうなるとホド爺は長いからな。 


「クルト様がそうおっしゃるなら。ですが、次からはお気をつけを。クルト様もクラウゼ家のご当主としての自覚を持っていただかないと笑われてしまいますぞ」

「はいはい。わかっているよ。また後でな。ところで俺はどのくらい寝てた?」

「朝に倒れられてもうすぐ、夕食ですから数時間といったところですかな。なにせよ、ご無事でなにより」

「じゃあ、俺はもうひと眠りするよ。夕食になったら起こしてくれ」

「承知しました。では、また後ほど」


 ホド爺とギュンターは一礼して部屋を出ていく。

 が、シャルロッテ一人残ったままだ。

 なにか言いたそうにもじもじしている。 

 数分の沈黙が続く。


「あの」

「どうした? シャルロッテ」

「その、ごめんなさい!」

 

 一言、謝るとシャルロッテは走り去ってしまった。

 なんだ。謝りたかったのか。

 俺は、ベッドに寝転がる。

 ずいぶんと心配してくれたみたいだし、俺のせいでシャルロッテには迷惑をかけたな。 

 素直じゃないところがあるが、シャルロッテはいい子だ。

 

 それに今回の件はシャルロッテのせいじゃない。

 俺のせいだ。

 

 俺はクルトであって、クルトではない。

 どうやら俺は、どこぞのファンタジー世界に飛び込んできてしまったらしい。

 それもクルト・フォン・クラウゼとして。

 最初は混乱していたが、あとでクルト・フォン・クラウゼとの記憶も思い出した。いや、思い出したというよりは刻まれたというべきだろうか。 

 どちらにせよ。そのおかげで、現状を把握することができたし、シャルロッテたちが何を言っているのかも理解することができるようになった。

 そして、クルトの記憶から察するに、この世界はただのファンタジー世界じゃない。

 ここはパンゲア大陸にある神聖エルトリア帝国の北部にある町。

 つまりは、マイ・フェイバリットゲーム、【FantasyUniversalisV】の世界だ。

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