第4話 生き残るための戦略
「フレイヘルム公は皇帝陛下を傀儡に。もしくは謀反を起こすつもりでしょう」
「滅多なことを言うものではありませんぞ」
沈黙を破ったフランツに穏やかなヴォル爺が珍しく声を荒げる。
「皇帝陛下を畏れ多くも亡きものにしようとすれば、どのようなことになるか。それはわしが若いころ三代前のマクシミリアン帝の即位の時と同じ惨劇を起こすことになる」
五十年以上前の帝位継承の内乱を経験したヴォル爺は皇帝の下で安定した平和な帝国を強く望んでいる。彼にとって反乱を起こすということは口に出すのもはばかられるほどの度し難い行為だ。
「もし帝国が内乱に陥り、他国の跳梁を許すようなことになれば、この北の地は再び惨禍に見舞われることでしょう。そうなればクラウゼ家は今度こそ終わりですぞ」
ヴォル爺の言うことはもっともだ。
今から四十年以上前に起こった八年戦争。帝位継承の内乱で疲弊した神聖エルトリア帝国は周辺諸国から一斉に攻撃を受け、崩壊寸前まで追いつめられた。
中でも激戦区だったのはここ帝国の北部で、それなりの権勢を誇っていたクラウゼ家は大変な被害を被って弱体化してしまったらしい。それでも生き残っただけ運がよかったと言える。
それからは平和が長く続き、大規模な戦争を経験したものが、この場にはヴォル爺と南方の国で傭兵をしていたギュンターだけだ。ゆえにその言葉には重みを感じる。
だが、これから戦争が必ず勃発することを知っている以上、俺もはい、そうですか。物騒な話はやめましょうと引き下がるわけにはいかない。
「わかっている。内乱はなるべく回避すべきだ。それでもほんの少しでも戦争になる可能性があるなら、クラウゼ家のため、領民のために何か策を考えなくちゃならない」
俺の決断にヴォル爺は目を閉じて、沈黙をもって肯定し、皆も頷いた。
弱小貴族が、この弱肉強食の時代にどう生き抜くか。俺はここに来てからずっと考えていた。
ここがゲームの世界ならば、危険な賭けに出て、領地を無理やり拡大し、天下を取ることもできただろう。
失敗すればセーブ&ロードでやり直せばいい。しかし、ここが現実である以上、失敗は許されない。
もし俺が、かじ取りを誤れば、ここに居るみんなが死ぬだろう。戦乱の時代において決断力に欠ける弱小領主が辿る運命は滅亡だけだ。
俺の目的が生き延びることだけならば、領主なんてやめて一人でどこかに旅をすればいいとも思ったが、みんなのおかげで、この異世界で俺は何とか生きていくことができた。
領民たちの財産のすべては畑であり、世界のすべては村だ。全員連れて旅に出るわけにもいかない。
みんなを見捨てるなんてことは絶対にできない。
「俺たちのような弱小勢力が生き残る術は一つしかない。勝ち馬に乗ることだ」
勝ち馬に乗る。
いわば最終的な勝利者である覇者の味方となって生き残ろうという考えだ。
戦略シミュレーションなら大国を利用して生き残り、勢力を拡大するのは常套手段。
それにFU世界ならだれが覇者になるかの選択肢はそう多くない。
いわゆる主要キャラに絞ることができる。
FU5は新作でまだ一度もプレイしたことがないので公式サイトの情報頼りだが、候補となる主要キャラは全部で五人。
そのうち二人の情報は明かされていなかったために詳細は不明。
公開されていた三人の主要キャラは純軍事的に見れば、全員、覇者になりうる可能性が大いにある。
まず一人目はルイーゼ・フォン・フレイヘルム。
神聖エルトリア帝国の大貴族で、統治、軍事ともに天才的。
家臣たちもチートぞろいで公式サイトでも最強と太鼓判を押されていた。
問題は合理主義かつ能力主義者で、極端に貴族を嫌っていること。
基本的には善政を敷き、理不尽な粛清などはないものの新世界を築こうとしているルイーゼは旧体制の象徴である貴族の絶滅を目指している。
味方についたとしても貴族である俺たちは結果を出し続けなければ殺されてしまうリスクがある。
二人目はティナ・レア・シルウィア。
エルトリア帝国の正当な後継者を名乗る少女だ。
元は弱小貴族だったが、今や神聖エルトリア帝国に反旗を翻して皇帝直轄領アヴァルケン半島地域を制圧し、勢力下に収めている。
彼女の軍隊は古代エルトリアの遺産、
ティナについては噂を聞く限り暴君ではなさそうだが、謎も多いので近寄りがたい。もっと調査が必要だ。
ただ古代エルトリアの復興に執着しているために神聖エルトリアの貴族である俺はいい目に合わないという可能性もある。
三人目はドラガ・ガガルガ。
ドラゴンとともに暮らす遊牧騎龍民族の部族の長。
長い歴史の中で失われていたドラゴンたちの翼を秘術によって取り戻し、瞬く間に周辺部族を統一。天空の王、大ガーンの称号を得た。
飛竜の群れを配下に置くドラガは軍事的には強力な存在だが、話が通じそうにない。
遊牧騎龍民族といえば、戦いを好み、敵は容赦なく惨殺し、すべてを略奪するという戦闘民族でほかの農耕民族からしてみれば災害のような存在だ。
無論、手を組むなど論外である。
以上、主要キャラ三人を挙げたが、実は俺に選択肢など最初から存在しない。
「……有事の際、クラウゼ家としてはフレイヘルム公に協力、いや下につこうと思う」
より明確に意思を示すため貴族らしい婉曲した表現は避ける。
フランツとヴォル爺も納得しているようだ。
シャルロッテは神妙な顔しているが、よくわかっていなさそうなのであとで丁寧に説明しておこう。
「勝ち馬に乗ると言っても本当にフレイヘルム公は勝てるんですかい。いくらフレイヘルム公が英雄だと言っても今は帝国の一貴族に過ぎない。それに反乱を起こすとも限りませんぜ」
ギュンターが率直な疑問をぶつける。
粗野な男であるが、時に鋭い。
その質問にフランツが答える。
「確かにフレイヘルム公が勝つという確証はありませんし、フレイヘルム家の軍勢が帝都に攻めの上る際、弱小のクラウゼ領は素通りしてくれるでしょう。しかし、いずれにせよフレイヘルム家が事を起こせば、クラウゼ家の孤立は必死、そうなれば従わざるを得ません。一方で内乱を起こさないというならそれが最良です。平和が続くだけですからね」
的確な説明だ。
俺は味方につくべき候補を三人挙げたが、現状ではあれやこれやと考える間もなくルイーゼひとりに絞られる。地政学上、ルイーゼに味方しなければ、彼女の軍隊に蹂躙されることは明白だからだ。
ルイーゼに味方して覇権を握らせること。これが生き残りへの最短コースだ。
「クルト様。あくまでも今回は友好を深めるだけにとどめますよう何卒お願い申し上げます。皇帝陛下の権力が凋落すれば、民は困窮するかもしれません。しかし、戦よりはずっとまし。どうかこの老骨の最後の頼み。聞き入れてくだされ」
ヴォル爺は立ち上がると曲がった腰をさらに折り曲げて頭を下げた。
「わかっている。最大限努力しよう」
俺もゲーム以外の戦争はまっぴらだ。戦争を止められるのならば全力で尽くそう。
しかし、弱小領主に過ぎない俺に一体何ができるのだろう。
ヴォル爺には努力すると言ったが、戦争を止める方法は思いつきそうにない。
「フランツ。フレイヘルム公への返信を頼めるか」
「承知しました。出席すると返信しておきましょう」
「それとギュンター。兵を鍛えなおしておいてくれ。できるだけ連れていくぞ」
「フレイヘルム家に負けないくらいの立派な兵にしておきますぜ」
ギュンターはびしっと直立して敬礼した後、にやりと笑った。
「では、今日は解散だ。各々仕事を始めてくれ。それとシャルロッテ。渡したいものがあるから残ってくれ」
「え? 私?」
会議に飽きていたのか半分寝ていたシャルロッテを残して皆、仕事に向かった。
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