第5話 神器

 クラウゼ家一の豪傑シャルロッテ。

 彼女には彼女にしかできない仕事がある。

 

「クルト。わ、私に渡したいものって何ですか?」 

 

 シャルロッテはいつになく不自然な口調で顔もほんのり赤い。

 

「まあ、落ち着け。まずは渡してから説明しよう。驚くなよ」

 

 俺はポケットから木箱を取り出す。手のひらサイズで上下開閉式の黒い箱。金の細かな装飾が施されている。クラウゼ家の鹿の紋章の金細工に指を押し当て、魔力を流し込むと箱はゆっくりと開く。

 

 中には太陽のごとく輝きを放ち、透明感のあるシトリンのような黄色の宝石がついた指輪が入っている。外箱とは違いシンプルなデザインだが、魔力を放ち、一目見ただけで、それが外箱の何倍も価値のある代物だとわかる。

 

「それって……でも、そんないきなり……」 

 

  頬をさらに朱色に染めたシャルロッテが、目を輝かせてその指輪を見入る。 

 

「ああ、まさしくこれが、クラウゼ家の家宝。神器ディオニュソスだ」

 

 俺がその名を呼び、小さな指輪に魔力を流し込んで放り投げると魔力と輝きを放ち、形を大きく変化させた。

 目の前に現れたのは身の丈ほどもある巨大な白銀の剣。

 剣となった指輪は、シャルロッテの目の前に落下し、床に突き刺さった。

 

 決まった。我ながら最高にスタイリッシュなサプライズだ。

 

「え?」

 

 シャルロッテはよほど驚いたのか言葉失いその巨斧を呆然と眺めている。

 

 神器ディオニュソス。

 クラウゼ家がどんなに困窮しようとも決して手放さなかった家宝。

 

 錬金術師や鍛冶師、魔道具技師。高い技術力を有する職人たちが、長い時間と莫大な資材をつぎ込んで作り上げる強力な魔法の武器。それが神器だ。魔剣や聖剣と言った方がわかりやすかもしれない。

 歴史上で英雄と呼ばれた人物たちは否応なく神器の使い手だった。

 

 神器は貴重な品だ。普通の貴族でも、一つか二つあればいいほうだ。

 神器は作成に大変な労力と資源を必要とするが、激しい戦闘でも起きない限りは、壊れることなど滅多にない。ゆえに貴族の家には古くから伝わる神器というのが必ずある。クラウゼ家のような弱小にもいい時代はあった。その時に作ったのがこのディオニュソスだろう。 

 

 岩をも滑らかに切り裂く切れ味と長い時を経ても決して朽ちることのない頑強さを兼ね備え、さらには使用者に絶大な魔力を与える。

 神器は不定形の存在で、使用者の意志によってその姿かたちを自由に変える。普段は指輪の形をとっているが、俺が剣をイメージしたら剣へと形を変えた。

 

 さらに神器は使用者に合わせて特殊な力を持つ。ディオニュソスという酒の神の名前がついているが、その真の力がどのようなものになるかはシャルロッテ次第だ。

 

「……女の子へのプレゼントとしては物騒ね」

 

 シャルロッテは少し俯いて大きくため息をついた後に至極、不機嫌そうな表情で言った。

 

「いや、プレゼントではないぞ。なにせ我が家の家宝だからな。貸すだけだ」 

「私でもそれぐらいわかっているわよ」

 

 シャルロッテはもう一度深くため息をつく。

 根っからの戦士タイプであるシャルロッテならばもっと喜ぶと思ったのだが、当てが外れた。

 感謝されるのではなくむしろ、あきれられている気がする。

 

「でもそんなに大事なものをなんで私に?」

「神器は強力な武器だ。一騎当千の力を発揮する。だが、俺には強力な神器を使いこなすことはできない。それじゃあ、宝の持ち腐れだ」

 

 神器使いには雑兵では歯が立たず、神器を一つでも持っていないと神器持ちの軍隊を相手にするのは難しい。

 ゆえに絶対に腐らせてはならない。神器の使い手がいるかいないかで軍事力は大違いだ。空飛ぶ軍艦も、戦車じみた鋼鉄の大鎧もないクラウゼ家にとってはなおさらだ。

 家宝だからと言って大事に蔵にしまっておくわけにはいかない。

 

 俺も武勇と魔法のステータスがSランクなのでもしかしたら使えるのではと夜な夜なこのディオニュソスを振ってみたが、まるでダメだった。神器は強力な武器ではあるが、その扱いは難しく、使用者を選ぶ。

 

 やはり、見掛け倒しのステータスではうまく扱えなかったのだろう。

 扱えるものに信じて託すこれが賢い使い方というものだ。

 

「確かに私以外には振り上げることもできないでしょうね」


 シャルロッテはその細腕でディオニュソスを軽々と持ち上げる。すると再び光を帯びて今度は白銀の巨斧へと姿を変えた。これがシャルロッテの神器に対するイメージなのだろう。

シャルロッテはディオニュソスを勢いよく振り回し、俺の前髪をきれいに切りそろえた。 

 

「さ、さすがだ。うまく扱えてるじゃないか」

 

 思わず背筋が凍り付いた。

 少し怒っているような気がするのは気のせいだろうか。 

 

「で、これで、どうしろと? フレイヘルム公の首でも落とす?」 

 

 シャルロッテはディオニュソスを山賊のように肩に担ぐ。

 口調はいらだっているが、やはり自分の力に見合う大きな得物を手にして気分がいいのだろう。顔はほころんでいる。

 

「物騒なことを言うもんじゃない。誰かに聞かれたらどうする。まあ、でもフレイヘルム公のパーティには持って行ってくれ」

「なるほどね。護衛ってわけ」

「ああ、これから物騒な世の中になる。俺もいつ襲われるかわからないからな。頼まれてくれないか。お前しか頼れるやつがいないんだ」

 

 俺は頭を下げて頼む。

 情けない話だが、俺はこの修羅の世界で自分の身を自分で守れる自信がない。

 だが、武勇に秀でたシャルロッテが護衛についてくれれば安心だ。

 

「別に当主なんだから命令すればいいのに。でもわかったわ。この神器ディオニュソスに誓って、あなたを、そして領民たちみんなを守ってみせるわ」

 

 シャルロッテはディオニュソスを突き立てて、誓いを立てると小さな指輪に戻して左手の薬指にはめた。

 

 これで準備は整った。あとは俺がルイーゼと直接交渉するだけだ。

 戦乱がいつ巻き起こるかも正確に掴む必要がある。従来のFUシリーズと同じならばそう遠くはないはず。どんなに遅くとも二年以内には起こるだろう。

 考えようによってはすでに大戦争は始まっているかもしれない。

 ティナやドラガはすでに軍事行動を起こして久しい。帝国のさらに北、ルテニア大公国やスカンザール王国の様子も気になる。もっと情報収集が必要だ。

 

 俺たちは各々の仕事に打ち込んだ。

 そして一週間が経ち、俺はみんなと共にフレイヘルム公爵領で一番大きな都市フレイガルドへと向かって旅立った。

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