第三章 流星王と北の花嫁
第45話 要塞の攻防 1
帝国歴1656年5月
神聖エルトリア帝国、帝都ヴァッサルガルトの中央部の城カイザーブルクで帝国諸侯たちによる帝国起源祭の前夜祭である舞踏会が開かれた。
同日、正統エルトリアの皇帝を名乗るティナ・レア・シルウィア率いる
さらに同日、スカンザール王国とルテニア大公国は軍事同盟を締結。フレイヘルム公爵家に宣戦布告の使者が到着。
三日後、皇妃ラミリアの提案によって、各種の問題に対処すべく、臨時帝国議会が開かれた。
この議会においてスカンザール・ルテニア連合は、神聖エルトリア帝国には宣戦布告をしていないと判断され、フレイヘルム女公爵ルイーゼ率いる北部諸侯が単独で対処することになった。
さらにラミリアは、皇帝の弟であるルークを帝国元帥に任命、二十万の兵を与え、マールシュトローム公爵率いる東部諸侯連合軍十五万の軍勢とともに、正統エルトリアが支配するアヴァルケン半島の開放を命じた。
ベルクヴェルグ公爵率いる南部諸侯はサルバシオン教への、アルベリッヒ公爵率いる東部諸侯は龍の民への防備を整えるため、それぞれの領地に留まることになった。
帝国起源祭は中止となったが、これは帝国の血塗られた歴史においては、珍しいことではない。
帝国歴1656年6月。
寒冷な北部でも暖かくなってきたこの頃、帝都から戻ってきていたルイーゼや北部諸侯たちは、ようやく軍を整えつつあった。
北部の弱小領主クルト・フォン・クラウゼ帝国伯爵もほかの北部諸侯の多くと同じように、わずかばかりの軍の準備を整え、出発しようとしていた。
「いよいよ今日、ここを発つ。その前に最終確認といこう」
狭い部屋。壁に貼った大きな地図を前に立つ。
出発の準備を整えた指揮官たちが、ぎっしりと座り、地図を睨みつけている。
シャルロッテやアリス、フランツも今日はフレイヘルム製の軍服をきっちりと着こなしている。
たった百人ぽっちの軍勢だが、小隊長まで含めた指揮官の数は二十名以上とそれなりに多い。
大規模な軍隊が作れない以上、少数精鋭で何とかするしかない。村人からの徴兵がメインだった我が領でも手練れの傭兵であるギュンターと協力して職業軍人を育成。近代的な軍隊への過渡期である大貴族や皇帝の軍隊以上の軍隊に育て上げた。
「わが軍は強兵ぞろいだ。ほかの北部諸侯の素人軍隊とは違う。俺たちなら十倍以上の敵にだって勝てるはずだ」
「借金地獄にまでなってやった軍備拡張も今となっては、クルト様のご慧眼のたまものです」
「その通りだ。俺たちはいつも借金地獄だ。特にフレイヘルム公には、途方もない借金がある。いっそ、この戦に負ければ、借金が消えてなくなってしまうかもな」
指揮官たちから笑いが起こる。
「それもいいが、負けては借金どころか、家族も家も畑もみんな無くなってしまう。だからみんな、全力で戦おう」
「「おお!」」
みな自分を叱咤するように声を上げると、部屋は熱気に包まれる。
「それでこの戦、北部と我らが北部の皇帝陛下には勝算はあるんですかい」
一人の熟練兵が冷静に問う。連日のように行われた会議でこの男は必ず、同じ質問をする。
そのたびに言う俺の答えは決まっている。
「いい質問だ。ギュンター。俺の答えは一つ。勝つことはできない」
この戦いは俺たちの圧倒的不利。
「現在の帝国の状況を改めて説明してくれ。フランツ」
「はい。現在、我らが神聖エルトリア帝国は、四方を敵に囲まれています」
フランツは指揮棒で地図をさしていく。
「まずは先日、カイザーブルクを奇襲したティナとマギアマキナたちの支配する正統
エルトリア。これには帝国元帥率いる二十万とマールシュトローム公率いる十五万、あわせて三十五万の兵で対処します」
カイザーブルク襲撃以来、ティナは動きを見せていない。東方の国との戦争に忙しいのか、帝国宝鏡を手に入れて満足したのか理由はわからない。
だが、触らぬ神に祟りなしだというのに、ラミリアはティナに奪われたアヴァルケン半島を取り返そうとしている。
「あの皇帝の弟に勝算はあるの?」
シャルロッテが言う。
三十五万は大軍勢だ。これほどの規模の軍隊はかつてのこの世界の戦争では考えられないほどに多い。長く続いた平和と農業革命によって人口は激増し、さらには近代的な兵制が整備されたことも、軍隊の動員数が増えた理由だ。
そしてこの規模の軍隊を動かすのは、帝国にとっては初めての試みのはず。
「あのルークが天才的な軍略家でもない限り、負ける。それも完膚なきまでな。帝都の連中はティナの、マギアマキナの恐ろしさをわかっちゃいないんだ。連中はまだ盗賊かなにかと勘違いしているようだが、アヴァルケン半島が盗賊ごときに奪われるはずがない。もうティナは正統エルトリア帝国の立派な皇帝だ。敵は人口の多い東方地域から大兵力を動員できる兵制を整備した強国なんだ。こっちが二十五万の兵を送り込んだら、連中はその倍は投入できる。しかもあの機械人形の兵士付きでな」
正統エルトリアはすでに立派な帝国になっている。しかも、神聖エルトリアよりもよほど立派だ。皇帝であるティナを中心に、絶対的な忠誠を誓うマギアマキナたちによって作られた中央集権国家だ。
ここ数年で新しくできた国家だというのに制度面の整備も進んでいて統治能力も高いと聞く。それにマギアマキナたちには人間にはない硬い結束力がある。
奴らに、調略といった搦め手は効かない。正攻法で撃破するしかないが、ルークとマールシュトローム公の軍隊は予想される敵の半分しかいない。確実に敗北し、逆に帝国の東部地域を敵に完全に明け渡すことになるかもしれない。そうなれば、帝都は丸裸だ。
フランツは説明を続ける。
「次に、龍の民とサルバシオン教。これにはアルベリッヒ公爵とベルクヴェルグ公爵がそれぞれ対処することになっていますが、動きはないでしょう」
ティナと同様、近年、急速に勢力を拡大する龍の民とサルバシオン教。両者ともにすでに国家として成立しつつあり、それぞれガルドラーク帝国、サルバシオン聖神国と名乗っている。
「だが、両者ともまるで話が通じない異世界の住人のような奴らだ。背中は見せられない」
略奪と教化という両者の拡大方針は、話し合いによって解決をみることがない。彼らとの戦いは勝つか死ぬかのどちらかだけだ。
ただ、ガルドラーク帝国は険しい山脈が阻み、サルバシオンはほかの敵との戦いで忙しい。こちらに構ってくる可能性は低い。
「そして最後にスカンザールとルテニア大公国。予想動員兵数ですが、スカンザールは八万、ルテニアは五十万といったところでしょうか。対する北部はフレイヘルム家が十万、諸侯連合が十万で計二十万です」
何度も聞いてきたことが、いつもみんな一様に暗い顔になってしまう。いくら覚悟を決めようが兵力の差が二倍というのは絶望的な数字だ。
「俺たちはやつらには勝つことは不可能だ」
たとえ、かのルイーゼ大将軍であったとしても、勝つことは難しい。戦争において兵力の差は絶対だ。
「だが、負けはしない。国境には鉄壁の要塞群がある。北部のなけなしの金を出し合って、三十年も前から強化を続けてきた」
国境地帯の要所は全部で二十以上の要塞で守られている。この強固な要塞線にどでかい穴をあけなければ、ルテニアやスカンザールは北部に大軍を送ることは難しい。
あとは厳しい冬が来るまで耐えれば、敵は引いていくだろう。こちらも敵の後を追うことができず、得るものは何もないが、負けて領土を失うことはない。
「問題はいくつかあるが、敵がどこを集中して攻略してくるかがわからないことが一番の問題だ」
俺の後にフランツが続ける。
「その問題に対処するためにフレイヘルム公は、二十の要塞にそれぞれ最低限の兵を配置し、敵が現れた場所に主力を差し向けるという機動的な作戦を選択しました」
「敵が大軍にものを言わせて、一転突破を図ってきたらどうします? ちびっ公の主力をぶつけても勝てない。もしくはその逆、二十の要塞を同時多発的に攻撃されたら? 城が敵の手に渡れば、後方に控えるフレイガルドは丸裸だ。そこまで到達されたら一発でどかんですぜ」
ギュンターは敵のあらゆる可能性を指摘する。どれももっともな意見だ。当然何度も検討されてきた。
「フレイヘルムには数の優位がないけど質の優位がある。ルテニアは数が多いけど古臭い農民主体の軍隊。でも、フレイヘルムは高度に魔導化された本物。敵が三倍でも一方的に負けたりしない。それに補給の問題から敵が分散して進撃してくることは確実」
アリスがギュンターの疑問に正確に答える。
フレイヘルムの精兵はルテニアの数の暴力にも何とか対応できる。それに大軍を動かすにはかなりの量の食料がいる。敵がまともな頭の持ち主なら、五十万の兵を一挙に行軍させるようなことはしないだろうし、もし、しても自滅の道を歩むだけだ。
分散進撃の場合、通信魔法が本格的に導入されていない旧式の軍隊では、足並みをそろえるのが難しい。どうしてもタイムラグが生まれてしまう。そこを要塞で足止めしつつ、機動力と諜報能力に優れるフレイヘルム軍が各個撃破すればいい。
「問題はスカンザールだな」
「はい。ルテニアの弱兵ぶりは有名ですが、スカンザールはその逆」
もともと強兵で有名なスカンザール兵が、内乱で鍛えられた上に強力な指揮官である流星王グスタフを得ている。数は総勢八万とフレイヘルムの主力にも届かないが、彼らの動きがこの戦争のカギだ。
「前線の動きは聞いたか」
「戦闘はもう始まっていると思われますが、私たちのほうにはまだ何も」
フランツが首を振る。
「俺たちの旅先に現れないことを祈るばかりだな」
「まったくです」
俺たちは顔を突き合わせて笑う。
「大丈夫。スカンザールの流星王だか何だか知らにないけどパンゲア大陸一の斧使いは私だってことを証明してやるわ」
シャルロッテはディオニュソスを天に向かって突き上げる。
「クルトは私が守る。シャルロッテは流星王と遊んでいるといい」
「なっ。それは私の仕事よ」
「ん。妻の役目」
顔を赤くしたシャルロッテといたずらな笑みを浮かべたアリスがいがみ合う。
「うらやましいですな、クルト様は」
ギュンターがほくそ笑む。
「なら、代わってくれるか」
「それだけはご勘弁を。傭兵時代から酒に女に金と自由に生きてきた。所帯持ちは性に合ってねえ。クラウゼ領には、ちと遊びが足りませんがね。おい、お前ら、戦帰りには御屋形様が、フレイガルドで酒と女をおごってくれるそうだ」
ギュンターが言うと男たちは歓声を上げ、シャルロッテとアリスはにらみを利かせた。
「まあ、いいさ。とにかく俺が求めるのは生き残ることだ。だれも死なないとは思っちゃいない。だが、それでも必ずみんなで無事に帰ろう。そう願っている」
俺はテーブルの上のジョッキを手に持つ。
「皇帝陛下と祖国のために」
「「愛すべき家族と我らがクラウゼ伯のために」」
俺たちは立ち上がり、ジョッキの葡萄酒を一気に飲み干す。
俺たちは兵を率い、北の要塞の一つシュテルンシルト城へと出発した。
FantasyUniversalis~転生弱小領主は勝ち馬に乗って生き残る~ 文屋 源太郎 @jyunryou
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