第43話 帝国議会 2

「そう、ルイーゼのお母さん」

「ルイーゼの母親か。ルイーゼの出産と同時に亡くなったと聞いているが、ルテニアの姫君だったのか。となると……」

「フレイヘルム公はルテニア大公位の継承権も持っていることになりますね」

「ルテニア大公国にとって都合の悪い存在なわけか。だが、フレイヘルム家に嫁いできたルテニアの姫はそんなに継承順位が高かったのか」


 もしルイーゼがルテニアを軍事占領できれば、その血筋を利用して、ルテニア大公位につくこともできる。そうなれば、ルテニア大公位は今の大公家から離れて、フレイヘルム家に移ることになる。


 しかし、それは事実上不可能だろう。ルテニア大公国は、神聖エルトリアには及ばないが、北国にもかかわらずその人口は多い。今のフレイヘルム家では到底太刀打ちできる相手ではない。


 けれどもルテニア大公国内にルイーゼを擁立しようとする勢力がいれば話は別だ。ルイーゼの継承順位が高ければ起こりうる事態だ。


「ううん。末っ子だったはず。けど、そのお姫様、民衆からの人気は高かった。いまでもルテニアでは語り継がれているらしい」


 末っ子のお姫様か。民衆からも可愛がられていたのだろう。だが、その人気のお姫様はおそらく、末娘という理由で、敵国のフレイヘルム家に嫁がされてしまった。


「アリス。どこでその話を?」

「フレイガルドのお屋敷にいたころに。ルテニア人がルイーゼとよく内緒話してたから」

「内緒話か」

「クルト様。もしやフレイヘルム公は」

「ああ、先に仕掛けたのはもしかするとルイーゼなのかもな」


 ルテニア人とルイーゼの内緒話。陰謀のにおいがプンプンする。

 この件についてはもっと調べてみる必要がありそうだ。


「ルテニアには領土的野心以外に、フレイヘルム家に攻める理由があったが、なんでスカンザールまで出てくるんだ?」


 スカンザール王国は帝国の北部地域よりも小さな国だ。俺たちの故郷である北部よりも寒い地域にあり、国土の大半を峻険な山岳地帯が占め、土地もやせていて国力も低い。しかも部族連合国家なので神聖エルトリアよりもまとまりに欠く。スカンザールの戦士は強兵と聞くが、その数は近代的な兵制を整備しつつあるフレイヘルムに比べると少ない。


 それについ最近まで王位継承でもめて部族同士で、血で血を洗う大規模な内乱が起こっていたはず。ルテニアもフレイヘルムもお互いにけん制しあって静観したこともあって勢力が拮抗し、長引いていた。

 最近になって内乱は終結こそしたが、軍隊はまだ完全回復には至っていないだろう。それでもう戦争をおっぱじめるのか。


「スカンザールは内乱の影響で、鳴りを潜めていましたが、もともと八年戦争後も越境してきては略奪を繰り返すような野蛮な連中です」

「ルテニアに便乗して略奪というわけか。だが、今の奴らは金回りだけはいいはずだ」


 フレイヘルムの要塞を突破して略奪。どうにも効率が悪い気がする。八年戦争の時の恨みならわからなくもないが、当時スカンザールはそれほど本腰を入れていなかった。

 純粋に略奪を働くならば、ルテニアのほうが、うまみがある気もする。


 だが、略奪の動機は主に貧困だ。土地がやせている地域に住む人々は軍事力を身に着け、豊かな土地で暮らす人から奪うことで経済を成り立たせることがある。だが、金回りが良ければ、そんな危ない橋を渡る必要がない。誰だって人間なら家でぬくぬくと過ごしていたほうがいいと思っているに決まっている。一部、西の遊牧騎龍民族を除いては。

 

 実際、ヒストリアイでみたスカンザールの収支はここ最近、うなぎのぼりだ。

 弱小国家が、金満国家になった理由。考えられる原因はティナだ。ティナが帝国東部のアヴァルケン半島を制圧し、東方の国と戦争をしている影響で東方からの交易品が、さっぱり流れてこなくなった。

 そこで魔導艦など航空技術に長けたスカンザールはルテニア経由で東方から商品を仕入れる交易ルートを確立し、儲けているのだろう。


「そうだ。スカンザールの流星王の話ならミーナから聞いたことがあるわ」


 シャルロッテが手をたたく。


「もともとは小部族の長だったんだけど、斧一本と高い指揮能力で混乱したスカンザールをまとめ上げたって言っていたわ」

「よく覚えていたな」


 指示にはまるで興味がないシャルロッテがそんなことを覚えているなんて衝撃だ。


「失礼しちゃうわ。まあ、同じ斧使いとしては手合わせしてみたいと思って覚えていただけだけど」


 シャルロッテと斧の使い手か。斧はスカンザールのシンボル。その斧を振るうスカンザールの流星王。強力な統治者のもとでまとめあげられた国はルイーゼにもつけいる隙がなさそうだ。内乱で鍛え上げられたスカンザールの強兵相手にルイーゼはどう立ち回る相手なのだろうか。


 スカンザールの流星王。混迷を極めるスカンザールをまとめ上げる卓越した能力をもち、交易の発展を促し国力を蓄える英明な王でもある。そんな王が、今フレイヘルムに危険を冒して攻撃を仕掛ける理由はなんだ? わからない。


「ルテニアにスカンザール。どちらとも情報が少ないな」

「帝都やクルト様に言われた国の調査で手一杯でしたから仕方ありません」


 俺はFUで言うところの主要キャラクターにしか目を向けていなかった。

 FUのシナリオでカギを握る五人。

 

 我らが、北部のパワハラ上司、ルイーゼ・フォン・フレイヘルム。

 

 正統エルトリアのティナ・レア・シルウィア。

 

 遊牧騎龍民族のガーン、ドラガ・ガガルガ。

 

 サルバシオン教の聖女アリシア。

 

 そして隠しキャラのあと一人。

 これはおそらく皇妃ラミリア・フォン・マールシュトロームだろう。

 

 当然、ヒストリアイの力を使えば、敵の国力を詳しく見ることができるが、内部の動きまではわからない。

 クラウゼ家のわずかばかりのリソースを割いて、情報収集に当たればある程度の情報は得ることができるが、その貴重なリソースもすべて、主要キャラの勢力に割いてしまっている。

 

 というのもルテニアとスカンザールには特に興味がなかったからだ。主要キャラのなかで勢力としては現段階でほかのキャラに大差をつけられているルイーゼの当て馬のモブ国家だと思っていた。


 ルイーゼがさくっと侵略して肥やしにするものだと持っていたが、まさか向こうが攻めてくるとは。ルイーゼが負けるわけはないが、英雄の劇的な勝利と栄光の裏には必ず多くの人の犠牲がある。

 俺はその犠牲に名を連ねるのはごめんだ。ここにいるだれも死んで英雄にするわけにはいかない。


「あーもう、どうすりゃいいんだ」


 血糖値が下がってきたせいか。イライラしてきた。つくづく俺の手におえる問題じゃない。

 俺は確実にルイーゼ率いる北部諸侯連合軍の一員として最前線に立つ羽目になる。そのためにルイーゼは俺にティルヴィングなんていう物騒な神器を気前よく渡してきたのだろう。そうしたら俺は生き残れるのか。みんなを守り切れるのか。

 今回の戦いも有利な状況にもかかわらず、ぎりぎりだった。これから先もイチかバチかで修羅場を潜り抜けていたら、アリスの言っていた通り、いずれは限界が来る。


「たとえルテニアだろうとスカンザールだろうと私はクルト様についてきます」


 フランツが優雅に一礼する。


「安心しなさい。クルトのことは私が守ってあげるわ」


 シャルロッテがドンと胸をたたく。


「私もずっとそばにいる」


 アリスが腕に抱きついてくる。


「……ありがとう。みんな」


 目から涙が零れ落ちる。泣くのなんていつぶりだろうか。

 そうだ。俺は一人じゃない。人間一人でできることなんてたかが知れている。個人の能力に頼る英雄どもに俺たちのあがきを見せてやる。

 当主が泣いていちゃ情けない。俺は涙をぬぐう。


「みなさーん。ごはんですよ!」


 ペトラの元気のよい声が聞こえてくる。


「よし。飯にするか」


 俺たちは食堂に会して、主従の分け隔てなく存分にペトラたちの食事を堪能した。素朴な手料理は魑魅魍魎共のつどう舞踏会の脂っこい料理より、断然うまかった。

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