第42話 帝国議会 1
正統エルトリアの皇帝ティナ・レア・シルウィア率いる機械人形(マギアマキナ)に舞踏会が襲撃された上に、帝国宝鏡も奪取され帝都ヴァッサルガルトは大混乱に陥った。
特に帝都中央部の皇帝の居城カイザーブルクの被害は甚大で、ティナの乗る巨大な魔導艦クラッシス・アウレアの主砲による砲撃で半壊してしまった。
千年以上難攻不落を誇ってきた帝都ヴァッサルガルトが、こうも簡単に敵の襲撃を受けたこと。さらには帝都中央に鎮座する白亜の巨城が、見るも無残な姿になってしまったことは帝都の民衆にも大きな衝撃を与えた。
一番の混乱に陥っているのは、その民衆をまとめ保護すべき軍と貴族たちであった。舞踏会が襲われ、直接的な人的被害が出ており、そのダメージは大きい。指導すべき人間が一度に多く失われてしまったのだから。
かくいう俺たちも混乱の中にいた。
ティナの直属で軍団長クラスの敵であるエルやルキウスとの戦闘は体に負担がかかるベルセルクを使用してやっとの状態だった。何とか退けることはできたが、そこら中が痛む。
「すまないな。アリス。おかげで助かったよ」
「これぐらいの痛みなら耐えられそうだわ」
俺とシャルロッテはエルとルキウスを逃がした場所から動けず、アリスの治癒魔法で治療してもらっていた。おかげでだいぶましになったが、それでも今は気合だけで体を動かしているような状態だ。
「よかった。でも、もう無茶はしないで、こんな戦い方じゃ長くは続かない」
アリスの言うとおりだ。ベルセルクはこの大陸でも最上位の実力者と張り合える力を与えてくれる。しかし、使うたびに体は悲鳴を上げるし、精神はそれ以上にすり減らされてしまう。さりとて、この力がなければ生き残れないジレンマ。一番有効な方法は戦い自体をなくし平和な世界にすることだが、それが一番難しい。
「婿殿。ここにいたか。ひどいありさまだ」
「フレイヘルム公」
「よく、生き残ったな。意外に頑丈のようだ」
ルイーゼとメリーたちが現れる。
激戦の末、ティナに打ち勝ったらしいが、さすがに身なりはボロボロで満身創痍なのだろう。ルイーゼはそれでもいつもの余裕たっぷりの態度を崩さない。
「ルイーゼ様。申し訳ありません。敵を取り逃がしてしまいました」
リアが進み出てひざまずく。
「リアよ。それは嫌味で言っているのか。私たちとて敵を取り逃がしたぞ」
「はっ。申し訳ありません」
「よい。あまり頭ばかり下げていると将としての格が落ちる」
ルイーゼは冷ややかな目をリアに向ける。
まったく。いい加減に腹が立つ。俺たちは命を懸けて戦ったっていうのにねぎらいの言葉の一つもなしか。いくら自分も働いたからと言って上司から褒められなきゃ士気も下がる。
そこへ新緑のドレスを埃だらけにしながら現場の指揮を執っていたミーナが現れる。
「クラウゼ伯、みなさん、ご無事のようですわね」
「なんとかな」
「久しいな。ミーナ」
「あらルイーゼもここにいましたの。話が早くて助かりますわ」
「何かあったのか?」
俺が訪ねる。
「ええ、臨時帝国議会が招集されることになりましたの」
帝国議会は、諸侯を帝都に集め、数年に一度開かれる帝国の方針を議論し決定する場だ。戦争などの緊急時には臨時で招集され、防衛策を練ることもある。
「臨時帝国議会か。カイザーブルクがこんな状態でできるのか」
「わたくしもそう思いお父様にご相談したのですけれど、皇妃陛下がどうしてもと」
あの政治に関心を持たず、皇帝と肉欲の日々を過ごすとうわさされ、寝室の皇帝とあだ名された傾国の美女ラミリアが帝国議会を招集しただと。
いいや。ラミリアは裏で魔王崇拝集団を操り、カタコンベで怪しげな儀式を行っていたような奴だ。何か企んでいる違いない。
ティナの襲撃といい、ラミリア発案の帝国議会といい、すでに大戦争の幕は明けてしまっているようだ。
「いいではないか。ちょうど起源祭に向けて貴族が集まっているんだ。もっとも半分は寝込んでいるがな」
ルイーゼは笑う。
「笑い事じゃありませんわ。大損害を被った銀翼騎士団とカイザーブルクの再建でお父様は頭を抱えているんですから。では、私はこれで、詳細はまた後程、使いを出しますわ」
よほど忙しいらしく、おしゃべり好きのミーナが話もほどほどにあわただしく去ってしまった。帝国宰相であるミーナの父、アルベリッヒ公はさぞや大変なことだろう。
「なっ。それは本当ですか。確認は取りましたか」
兵士に耳打ちされ、何かを聞いたメリーは、めずらしく焦った様子だ。
「どうした。なにがあった」
「ルイーゼ様。フレイガルドから緊急の通信が入ったようです」
メリーはフレイヘルム家の兵士から紙を受け取ると読みあげる。
「スカンザール王国とルテニア大公国の連名で宣戦布告の使者が来たと」
宣戦布告。この場にいた全員に衝撃が走る。
よりにもよって最悪なタイミングだ。
スカンザール王国やルテニア大公国は、フレイヘルム公爵領の北にある国だ。さすがにティナによる帝都の襲撃の情報はあまり具体的には、伝わっていないはず。
ということはこの両国による宣戦布告と帝国への侵攻は前もって計画されていたこと。おそらくは、起源祭で、ルイーゼが領地からはなるタイミングを狙ったのだろう。最悪のタイミングだ。
破滅への歯車は急速に回り始めている。
「そうか、ならば帝国議会で北部諸侯を糾合したのち、北部に戻るぞ。それまでは要塞を維持するように各城将に伝えておけ」
「はっ」
「行くぞ。メリー」
ルイーゼはメリーやリアたち家臣を引き連れて、屋敷に帰ってしまった。
「よし。話はあとだ。俺たちも帰ろう。みんな心配しているだろう」
俺たちもカイザーブルクを後にして自分たちの屋敷に戻った。
屋敷に戻るとペトラたちが出迎えてくれる。
「クルト様。皆様。ご無事でよかった」
俺たちの姿を見たペトラは泣き崩れてしまう。よほど心配だったのだろう。カイザーブルクが半壊したのだから当然だ。
「お城には兵隊さんがいっぱいで追い返されてしまって……」
「いいんだ。ペトラ。みんなもよくこの屋敷を守ってくれた」
俺はペトラを慰める。
そんな感動の再開の場でぐぅと情けない音が鳴る。
「ごめんなさい。戦いつかれておなかすいちゃった」
シャルロッテが顔を赤らめる。
まったくのんきなんだか、策士なんだかタイミングのいいやつだ。
「はい。では、すぐにお食事の準備をしますね。みんな。行くよ」
ペトラは握りしめていたせいでくしゃくしゃになった袖でごしごしと涙をぬぐうと、従者たちを引き連れて食事の準備へと駆けて行ってしまった。
俺たちは食事を待つ間。体を休めることもなく。部屋に集まり緊急の会議を開いた。
「ギュンターや村のみんなが心配だ。連絡は取れないのか」
「難しいです。フレイヘルム公からの情報を待つしかありません。フレイヘルム家の軍隊はそう簡単には破られはしません。北部の国境にはいくつもの要塞もあります。しばらくは心配しなくても大丈夫でしょう」
「それはそうなんだが……」
フランツの言う通り、俺の領地がすぐさま戦火に見舞われることはないだろう。しかし、そうそうあんなものがあるとも思えないが、防空艦隊に悟られることなく帝都に侵入し、一撃でカイザーブルクを破壊したクラッシス・アウレアのような兵器がないとも言えない。
「でも、どうして? 三十年も前に、ルイーゼのお父さん、北の英雄ハインリヒ・フォン・フレイヘルムが、スカンザールとルテニアを破って、和平の盟約を結んだでしょ」
シャルロッテが首をかしげる。
確かに三十年前の八年戦争で、神聖エルトリア帝国を窮地に追い詰めたスカンザールとルテニアはルイーゼの父ハインリヒの活躍で敗北し、それ以降は平和を保ってきた。
「ルイーゼのお父さんはもういない。それにルテニアは恨みを忘れない」
アリスが言う。
ハインリヒは五年前に、はやり病で死に、ルイーゼが跡目を継いだ。英雄が死に小娘が領主になったと知れば、敵は絶好の機会だと思うだろう。
だが、恨みの部分が引っかかる。
「戦争に負けたことはそりゃ恨みもするだろうが」
「ルテニアの恨みはもっと深い。ハインリヒとルイーゼに向けられている」
「どういうことだ?」
「ハインリヒはルテニアを打ち破ったとき、ルテニアの姫を奪ったの」
「ルテニアの姫。確かそれって」
ルテニアはもともと、神聖エルトリア帝国の従属国だった。そのルテニアが隣国のスカンザール王国、帝国を挟んで南側のネウストリア王国と手を結んで、帝国の支配から脱しようとしたのが、八年戦争だ。
帝国は一時、帝都ヴァッサルガルトを包囲されるまで追い詰められたが、北ではルイーゼの父ハインリヒの、南では今のベルクヴェルグ公爵の活躍で持ち直し、大逆転の末、勝利を得た。
「そうだ。思い出したぞ。ヴォル爺が言っていた」
俺はヴォル爺の昔話を思い出す。
「ルテニアは帝国の宗主権から独立する代わりに公女を独身だったフレイヘルム公ハインリヒに嫁がせた」
ルイーゼの父、ハインリヒの妻。つまりは……。
「そう、ルイーゼのお母さん」
事態はよりややこしくなり始めた。
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