第41話 炎雷の舞踏 6

 時間は少しさかのぼり、カイザーブルク、アレスの間。


「おっと、貴様の相手は私だ」

 

 ルイーゼはクルトたちを脱出させ、帝国宝鏡奪還を狙う、ティナたちの前に立ちはだかる。

 一張羅の真紅のドレスを魔法で容赦なく焼き払い二丁の長い銃剣付き拳銃を構える。ルイーゼの細腕に似合わない無骨な拳銃は回転式弾倉を備え、一方は紅炎の色に、もう一方は蒼炎の色に塗装され、光沢を放っている。

 ルイーゼはその二丁拳銃を折り、回転式弾倉に弾丸を込める。


「ティナ様。敵に我々の計画が漏れているのでは?」

 

 銀髪の女剣士リウィアが言う。


「フレイヘルムの密偵は優秀だからね。仕方ないよ。僕たちは帝国宝鏡さえ手に入れればいい」

 

 ティナは黄金の宝剣インペラトルを握りしめる。


「さあ、どうする。ティナ・レア・シルウィア。多勢に無勢だな」

 

 ルイーゼは両手を広げ、挑発する。

 ティナの手勢はせいぜい三十名程度。それに対して帝国諸侯たちはその三倍以上。ルイーゼ率いるフレイヘルム家の面々はこの奇襲にあらかじめ備えており、完全武装の状態。さらにカイザーブルクを警備している銀翼騎士団の騎士たちも続々と集まってくるはずだ。


「君たちの相手くらい僕一人で十分だよ」

 

 だが、神器をも上回る力を持つ帝国宝器レガリアを四つも身に着けているティナは単体でもカイザーブルクの戦力に比肩しうる。


「全員構えろ」

 

 ルイーゼの命令で家臣たちが武器を構える。

 メリーは漆黒のドレスを引き裂き、赤い宝石についたチョーカーを大鎌へと変える。


「雷よ。正統なる皇帝の名において、不遜なものどもに鉄槌を!」

 

 黄金の剣インペラトルから雷撃が放たれる。雷撃は一度空中に展開された魔法陣で増幅され、拡散し、アレスの間全体に降り注ぎ、銀翼の騎士たちや武闘派の貴族たちを襲う。

 ルイーゼはとっさに両手の拳銃から弾丸を放つ、宙を滑る弾丸に刻み込まれた魔法陣が展開される。魔法陣から蒼炎の壁が何重にも出現し、雷撃を防ぐもすべての防壁が割られてしまう。


「「ルイーゼ様!」」

 

 生き残ったフレイヘルム家のものが悲痛な声を上げる。

 メリーは主人のもとに駆けつけようとするが、銀髪の魔導機械マギアマキナ、リウィアに阻まれる。


「ティナ様の邪魔をしないでもらおうか」

「ルイーゼ様を傷つけるものは私が排除します」

 

 鋭利な殺意をむき出しにしたメリーが、大鎌の神器タナトスを振るう。


「この神器をもってしてもまだ出力不足か」

 

 ルイーゼは煙を吐く銃口を見つめる。

 この拳銃の名はアルフォズル。フレイヘルム家の総力を挙げて作られた次世代型の神器だ。一丁で通常の神器一個分の性能を発揮し、二丁を同時に運用し、同調させることで通常の神器の数十倍以上の性能を発揮する。その分扱いがむずかしく、フレイヘルム家でも使用できるものはルイーゼしかいない。ゆえにルイーゼ専用の神器となっている。

 しかし、そんな高性能な神器をもってしても、ティナの帝国宝器には力負けしてしまっている。


「もう君にいいようにされる僕じゃないよ。ルイーゼ」

「貴様をあの時仕留めそこなったことを後悔している。ゆえに今ここで、その首、刈り取ってやる。いくぞ」

 

 ルイーゼは右手に持つアルフォズルのトリガーを引き、自らの胸に突きたてる。


「まさか。やめて。ルイーゼ!」

 

 ティナはルイーゼを止めるべく魔法陣を展開し、雷撃を放つ。魔法陣から首を出した龍のごとくのたうち回る雷撃は、床を破壊しながら、ルイーゼに降り注ぐ。


「くくく、ふはははは」

 

 ルイーゼは狂ったように笑う。

 雷撃をまともに受けたはずだが、平然と立っている。

 長い銃剣に紫炎を纏わせ、その赤黒い妖眼からは赤い涙を流している。


「すばらしいだろう。これがベルセルクの力。たぎる。たぎるぞ。体の奥底で力強い炎が燃え盛っている」

 

 ベルセルクの発動によってルイーゼはその力を増幅しながら、強靭な理性によって狂ったように暴れる本能を押さえつけ、その強固な精神力によってルイーゼの判断能力に鈍りはない。


「人には過ぎたる力だよ」

 

 ティナは悲しげな顔をする。

 

「人ならざる物を屠るためなら、人などやめてやる」

「またその力で、大勢の人を殺すの? その涙はきっと君が今まで殺してきた人たちの悲しみだ」

「殺戮人形に人のなんたるかを説かれる筋合いはないな。私をこうさせたのはほかならぬおまえ自身なのだから」

「違う。僕は殺戮人形じゃない。この世界を救うために千年の思いを託された皇帝なんだ」

「貴様ももうわかっているはずだ。その呪われた体に流れる血は赤くない。貴様も貴様の母親もその母親も、半人半機の怪物だ」

 

 古代帝国が作り出した機械の人形、マギアマキナたちの主人であるティナもまた人ではなかった。

 今から千年以上前、古代帝国はその滅びの際に、一体のマギアマキナを作った。建国帝ロムルス・レクスから続く帝室の血統を維持するために、ロムルス・レクスの遺伝子を組み込んだ半分機械、半分人間のマギアマキナ。

 建国帝の母の名前からレア・シルウィア・システムと名付けられた、そのマギアマキナは以降千年、自分の複製を生み育ててきた。


「いいよ。私は、この理不尽で争いに満ちた憎しみの世界を終わらせられるならもう怪物でもいい。君だってそうでしょう」

「とことん気が合うな。ティナ・レア・シルウィア。同じ時代に生まれたことは不幸なことだ。私も、新しき秩序と新世界のためなら神にでもなろう」

 

 ティナはとっくに自分の運命を受け入れて、平和な世界を作ると決めている。ルイーゼも、また理想のためなら、いかなる危険な手段でも使いつぶす覚悟ができている。


「私に力を貸して、みんな」

 

 ティナは帝国宝器に語り掛ける。帝国宝器はそれにこたえるように黄金の輝きを増す。雷を纏ったティナは、迅雷のごとく目にもとまらぬ速さで、瞬間的に移動しルイーゼに斬りかかる。

 狂戦士とかしたルイーゼは強化された知覚能力で、ティナの動きを、その鉄の心臓のリズムに至るまで把握している。

 

 二丁のアルフォズルが、紫炎を吹き出し、その推進力でルイーゼは舞い踊るように回転しながら、ティナを迎え撃つ。炎と雷。莫大なエネルギーを帯びた炎と雷は両者がたがいに激突し、混ざり合い、反発する。大気は震え、地は揺れる。

 

 ルイーゼの猛攻は続く。アルフォズルから弾丸を吐き出しながら、紫炎を纏った銃剣でティナを斬りつける。弾切れになれば、予備の弾丸を放り投げ、体を回転させながら、巧みに弾倉に装てんする。

 ティナも雷撃をほとばしらせ、弾丸を砕き、轟雷を纏うインペラトルで迎え撃つ。

 高威力の魔法の連打戦と剣戟の応酬には終わりが見えない。

 片や、同じく激しい戦闘中だったメリーとリウィアの戦局が動く。


「もらいました」

「しまった!」

 

 一瞬のスキをついて、メリーが大鎌タナトスを斬り上げ、リウィアの足をつけ根から切断する。切り落とされた鋼鉄の足はタナトスの放つ瘴気にあてられて腐敗してしまう。

 軸足を斬り飛ばされたリウィアは地に伏し、その切断面からは黄金の液体が流れ、引き裂かれたパイプが何本もむき出しになる。

 人間をはるかに超えた身体能力を持つマギアマキナの最高位機種、ディーコンセンテスの一角であるリウィアを生身の人間であるメリーは単独で討ち取って見せた。


「リウィア!」

 

 リウィアの敗北にティナの心が揺れ、一瞬の隙が生じる。


「ふん!」

 

 ルイーゼは紫炎を纏わせたその足で、ティナの腹を思い切り蹴り上げる。


「かはっ……」

 

 ティナは踏みとどまり、容易に着地したが、ダメージは受けており、口元から一筋の血が流れる。


「貴様は支配者の業を背負うには、優しすぎるな」

 

 ルイーゼはティナにとどめを刺すべくその首に銃剣を突き立てようと構える。

 床に這いつくばったティナはふと見ると、この場に突入したマギアマキナの兵士たちはほとんどが戦闘不能になっている事に気がつく。次々と現れる援軍を食い止め、一歩も引かずに奮戦したようだが、マギアマキナでも数の劣勢を覆すことはできなかった。

 倒れ伏した名もなきマギアマキナの兵士たちは、ティナに笑いかける。


「やめて!」

 

 ティナは涙を流し泣き叫ぶ。


「「世界を再び照らす光とならん。ティナ様万歳!」」

 

 マギアマキナの兵士たちがそう口々に叫ぶと、魔法陣が起動され、マギアマキナの兵士たちともども爆発する。

 そこら中のマギアマキナたちが爆発し、アレスの間は吹き飛ぶ。


「くっ。自爆か。小癪な真似を。ティナを逃がすな」

 

 あたりを覆う煙をルイーゼは炎で焼き払う。

 しかし、目の前にティナの姿はない。


「もう遅いよ。帝国宝鏡ポンティフェクス・マクシムス」

 

 ティナは爆発で吹き飛んでいた黄金の大鏡に触れる。鏡はまばゆい輝きを放ち、十二の細長い断片に分裂して、ティナの周りを浮遊する。


「帝国宝器は、ロムルス・レクスの継承者によってその真の力を発揮する。これですべての帝国宝器がそろった」

「奴を逃がすな。全員視力の限り撃ち尽くせ」

 

 ルイーゼはそう号令し、アルフォズルに残った弾丸をありったけ撃ちまくる。生き残っていたフレイヘルム家の家臣たちも力の限り、魔法と銃を撃ち尽くす。


「あなたの力を見せてポンティフェクス・マクシムス」


 帝国宝鏡の十二の断片は、ティナの周りに立体的にならび、光の結界を作り出す。

 光の結界に炎を纏ったルイーゼの弾丸も、ほかの魔法攻撃もことごとくはじかれてしまう。


「無敵の防御か。厄介だな」

 

 ルイーゼは手早く弾丸を込めながら悪態をつく。


「リウィア。行こう。エルには連絡しといたから」

「申し訳ありません。ティナ様」

 

 ティナは破損したリウィアに手を差し伸べる。


「どこに逃げるつもりだ。お目当ての魔導艦は、もうないぞ」

「帰りの魔導艦くらい自分で用意しているよ」

 

 ティナはリウィアとともにテラスに向かう。


「なんだ。あれは……」


 ルイーゼは驚愕する。

 上空からカイザーブルクよりも巨大な黄金の魔導艦が下りてきた。

 皇帝であるティナの座上艦にして居城、正統エルトリアの旗艦も務めるこの艦の名はクラッシス・アウレア。


「いつの間にあんなでかぶつが。防空艦隊は何をやっている」

 

 ルイーゼが怒鳴る。かなり目立つ巨大な魔導艦が、帝都上空に侵入しているにもかかわらず帝都防空艦隊はまだ空にすら上がっていない。


「敵の妨害で通信できません」

 

 メリーは通信魔法で防空艦隊や帝都守備隊に連絡を取るが返事はない。


「ルイーゼ。また、会おう」

 

 ティナはリウィアを抱きかかえたまま、浮遊し、巨大魔導艦クラッシス・アウレアの甲板に降り立つ。


「……ご無事ですか。ティナ様」

 

 甲板に立っていた寡黙なマギアマキナがティナに駆け寄る。


「うん。大丈夫。まだ見せたくなかったけど仕方ない。エルとルキウスを助けて帰ろう」

「はっ。収束魔導砲発射準備。標準、敵要塞カイザーブルク」

 

 クラッシス・アウレアに警報のサイレンが鳴り響き、艦首についた巨大な砲に魔法陣が展開され、周囲の魔力が吸収される。


「発射」

 

 ティナが手を振り下ろすと、カイザーブルクに閃光の柱が下りた。

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