第40話 炎雷の舞踏 5

  アリスが、魔法陣を起動する。複雑な多重の魔法陣が、無数に展開され、アリスの体から莫大な量の魔力が吸い取られる。

  神器の力を使わずにこれほどの魔力を扱うとはやはりアリスは天才だ。

  魔力を吸収した魔法陣は激しく回転し、光り輝く。


「人を超えた魔力。同類か。しかし、俺たちディーコンセンテスは古代エルトリアの最高傑作。まがい物には負けはしない」


  ルキウスは長剣マルスを構える。


「全弾発射!」


  アリスが手を挙げ振り下ろすと、魔法陣に蓄えられた莫大な量の魔力が、圧縮されて収束し、熱線となってルキウスめがけて床や柱、天井を溶かしながら放たれる。


「マルスのしもべよ。迎撃せよ」


  ルキウスが床をマルスで突く。すると魔法陣が展開され、炎の狼たちが召喚される。狼たちはルキウスを守るべく、熱線に飛び込んで相殺する。


「はああああ!」


  それでも御しきれなかった熱線をルキウスはマルスではじく。熱線は離散し、周りを焼く。


「あとはお願い」


  魔力を放出しきったアリスは倒れてしまう。


「任せなさい。ディオニュソス、私に力を貸して」


  シャルロッテが両手で巨斧ディオニュソスを握りしめて強く念じると、毒々しい黒い魔力があふれ出し、シャルロッテの体を飲み込もうとへばりついていく。


「神装顕現」


  魔法陣は足元に展開され、黒いヘドロのような魔力は漆黒の鎧へと変わる。鎧はシャルロッテの豊満な肢体をきつく縛り付ける。目は赤く充血し、口から牙のように尖った歯がむき出しになり、体からは熱い蒸気が立ち上る。


「あれが本物のベルセルク。すばらしいよ。まさに理性を失い本能に従う暴力の化身!」


  ラヴィーネは大興奮だ。


「失礼ね。ちょっと頭がくらくらするだけよ!」


  どうやら理性を失ってはいないようだ。シャルロッテは黒く染まったディオニュソス振り上げて、地面を蹴り、ルキウスに斬りかかる。衝撃波がこちらにまで伝わってくる。


「何度やっても同じだ!」


  ルキウスは超人的な反射神経で、高速で飛翔するシャルロッテをとらえ、炎剣マルスで受け止める。だが、さっきまでのシャルロッテとは、スピードも威力も段違いに強い。ルキウスはその紅蓮の剣で、黒い巨斧を受け止めたが、衝突の瞬間、衝撃波で床がクレーターのように砕け散る。そのままルキウスはシャルロッテに押し込まれ、さっきのように簡単には押し返せない。


「この力、ベルセルクか。フレイヘルムの外道め!」

「そんなの知らないわ。これは私とディオニュソスの力よ」

「貴様は危険だ。やはりわが剣を持てこの場で排除する。マルスよ!」


  ルキウスの長剣マルスから爆炎があふれ、推進力となって無理やりシャルロッテをはじき返す。

  狂戦士と化したシャルロッテと軍神の力を宿すルキウスが、息つく暇もない攻防が続く。

  俺はこの間に投げ捨ててしまったティルヴィングへと近づく。


「鉄鎖よ、敵を拘束せよ! 魔法陣展開。最大出力」


  フランツは五つの魔法陣を展開する。それぞれの魔法陣から螺旋状に鎖が飛び出し、エルに向けて宙を変則的に舞いながら飛翔する。


「おとなしくしてればいいのに」


 エルはコインをばらまき、翼と蛇の杖メルクリウスを振るう。


「させないよ。神器アタノール」


 ラヴィーネは眼鏡をはずすとその眼鏡は小さな炉のついた杖へと姿を変える。

 神器アタノール。錬金術に特化したラヴィーネの神器だ。


「大丈夫。落ち着いて。私は天才よ。錬金術は世界を知ること。相手を解析すれば……」


 ラヴィーネはアタノールを構え、錬金術師たちの魔法陣とも呼ぶべき、錬成陣を展開する。

 錬金術は魔法と同じように魔力をエネルギー源とするが、やることは全く違う。物質をアルケーと呼ばれる元素に分解し、再構成することで別のものに作り替える。それが本来の錬金術だ。戦闘用に使うものではない。


 だが、エルはその錬金術を攻撃の手段として使用している。

 金属はアルケーが整然と並び、安定している状態だ。それを少しでも崩せば、安定したアルケーはアルケー同士を結びつけていたエネルギーを開放しながら飛散する。その暴発を攻撃の手段にしている。


 エネルギーの暴発を無力化するには、その逆をやればいい。つまり、

 飛散しようとするアルケーを再構成し、安定な状態である金属に戻せばいい。

 しかし、この再構成は暴発させるよりも至難の業だ。複雑な錬成陣を展開し、敵よりも早く運用し続ける必要がある。


「ぐむむむむ。耐えてアタノールちゃん」


 ラヴィーネの錬成陣が激しく回転し、杖アタノールの、先端についた強烈な負荷に耐えかねて炉が煙を吐き出す。そして、エルのスピードを上回る速度で、液体金属となったコインを元に戻していく。


「逆錬成! 人間が私の錬金術を上回るなんて」


 ノーマークだったラヴィーネによる逆錬成に驚き、少し手を緩めてしまう。


「解析完了!」


 液体金属となっていたコインが元戻り、床に転がる。


「インドア派にはきついよ。でも、さすがは私、これでその錬成陣はもう使えないよ」


 汗みどろになり、息も絶え絶えのラヴィーネは杖を片手に立つのもやっとだ。

 だが、ラヴィーネなら、一度解析してしまえば同じ錬成陣にはすぐに対応できる。

 フランツの放った鎖は液体金属に邪魔されることなく、エルのか細い足と腕に狙いを定める。


「もしかして私なめられてる? 面倒だけどちょっと本気出すよ!」


 エルの半開きの目が最上位のマギアマキナにふさわしい気迫を帯びて、鋭い眼光へと変わる。今度は、金の弾丸を取り出し、空中に放る。そしてメリクリウスをかざし錬成陣を発動する。金の弾丸は鎖を迎撃し、俺たちを貫くために飛翔する。


「まずいかも」


 敵の弾丸は金でできている。金は錬金術の中でも扱いが、もっとも難しい特別な物質で、エネルギーを解放した時の破壊力も段違いだ。

 エルはそれをいとも簡単にやってのけている。ラヴィーネは天才といえどもそれは研究者としての話だ。すでにラヴィーネでもエルの錬成陣を解析し、逆錬成を行っていては間に合わない。

 ラヴィーネは目をぎゅっとつぶり、死を覚悟する。


 俺はこの隙に地面に転がっていた軍刀、ティルヴィングを手に取り、魔力を込める。


「ベルセルク!」


 心臓が一度、ドクンと跳ね上がり、全身の血が沸騰するように熱くなる。ティルヴィングからシャルロッテのディオニュソスから出る魔力にも似た黒い液体があふれ出し、俺の体を飲み込む。そしてどす黒く重い魔力は俺の体にへばりつき、全身に激痛が走ったかと思うと硬化して鎧へと変わる。

 感覚が研ぎ澄まされ、時間の流れる速さが遅くなる。体の芯から魔力と力があふれてくる。


 目の前を飛翔し、ラヴィーネを打ち抜こうとする黄金の弾丸は、あの液体金属と同じように色を変えながら輝く。とっさに俺はティルヴィングを抜刀し、金の弾丸を斬りつける。金の弾丸とティルヴィングの刃がすれて火花が散り、金の弾丸は真っ二つになって速度を失う。

 だが、斬り落とせたのは、一つこれではラヴィーネに届いてしまう。俺は魔力とティルヴィングの力を使って、全身の筋肉と関節を無理やり動かし、黄金の弾丸に体当たりする。


「黄金爆破」


 エルが唱えると、黄金の弾丸は、俺の体に着弾した瞬間には爆ぜて大爆発を引き起こす。


 カッと光ったかと思うと耳をつんざく爆音とともに、黄金の弾丸が爆ぜて、あたりを吹き飛ばす。

 リアの作り出した氷壁がせりあがってラヴィーネは爆発から辛うじて守られた。ラヴィーネは必死に氷壁を叩いて呼びかける。


「クラウゼ伯!」


 クルトは爆心地にいた。あの爆発に巻き込まれていてはほぼ助からない。一片の肉も残らないだろう。


「クルト!」

「よそ見をするな!」


 シャルロッテはルキウスと交戦中にもかかわらず、叫ぶ。


「しまった。やっちゃったよ。生け捕りにするんだった。今度は怒られるだけじゃ済まないかも」


 煙と塵が舞い上がり、あたりを覆う。エルは目を凝らして、クルトの安否を確認する。

 煙が晴れて漆黒の猛獣が姿を現す。


「ぐるるるっるう」


 クルトは生きていた。四足歩行の獣のように地面に立ち、うなっている。

 頭頂部から足元に至るまで全身を漆黒の鎧で覆われ、鎧の間からは鮮血があふれ出し、ティルヴィングの刀身には血が滴っている。


「嘘。あの爆発で無事。……あいつもベルセルクか、って、う」


 エルは驚くと同時に自分の首筋をなでる刃の凍気に気がつく。


「下手に動けば、首を掻ききります」


 リアの冷たい瑠璃色の眼光が、エルをのぞき込む。


「はいはい。わかった。降参だよ」


 エルが持っていた神器メルクリウスが光の粒子となって消える。

 それと同時に足元は凍り付き、手はフランツの鎖で縛られ、完全に身動きが取れなくなる。


「厳重なことで。うー冷たい。あっちは面白いことになってるけどいいの」


 使用者を狂戦士へと変えるティルヴィングの力に飲み込まれ、クルトは猛獣と化していた。


「ぐああああああ!」


 理性を失い、腕と同化したティルヴィングでラヴィーネを守る氷壁をがりがりと破壊しようとしていた。


「こ、これがベルセルクの力……」

「ラヴィーネさん。早く逃げてください」


 フランツが叫ぶ。フランツはエルを縛る鎖の維持に手いっぱいで助けに行けない。


「無理だよ。私の作った神器は、ベルセルクは完ぺきだ」


 ラヴィーネは目の前に迫る破壊と殺戮の権化の恐怖におびえ、震えていた力が抜けて後ずさることすらできない。


「クラウゼ伯。狂気にのまれましたか」


 リアは冷静に状況を観察すると、魔法陣を展開しクルトめがけて氷弾を撃ち込む。

 氷弾はクルトの頭に当たり、クルトの注意がリアのほうに向く。


「ちょちょ、何してくれてんの」


 エルとリアのほうへ、クルトは走ってきている。


「あなたにはエサになってもらいます」


 リアは拘束されたエルをその場において、回り込みラヴィーネの元へ向かう。


「く。はずれない」


 エルの体がきしむ。強固な鎖と氷に阻まれ逃げることができない。


「ぐるわあああ!」


 クルトは飛び上がり、ティルヴィングをエルに突き立てる。

 そこにルキウスが滑り込んできて、炎でエルの氷を溶かし、マルスでエルを縛る鎖を切断。ティルヴィングを受け止める。


「助かったよ」

「気を抜くな。来るぞ」


 ルキウスを追ってシャルロッテが飛んでくる。

 間に合わないか。ルキウスの両手は埋まっている。わき腹ががら空きだ。シャルロッテはディオニュソスを渾身の力を込めてディオニュソスを振るう。

 ディオニュソスはクルトの頭に直撃し、クルトは吹き飛ばされる。


「馬鹿な。血迷ったか!」

「いいえ。これで私たちの勝ちよ」


 シャルロッテは笑う。

 倒れたクルトがむくりと起き上がり、顔を覆っていた兜がどろりと解けるように落ち消える。


「ああ、正気に戻ったぜ」


 俺はシャルロッテの手加減なしの一撃に目が覚める。

 そして、足を踏み込んで駆け出し、ティルヴィングでルキウスの斬りかかる。同時にシャルロッテもディオニュソスを手に回転する。

 ルキウスも強い。全身に炎を纏いながら剣を振るい俺たちの猛攻を一人で受け止めている。

 だが、シャルロッテは重い一撃で俺は手数で徐々にルキウスを追い詰める。一瞬の隙をついて俺はルキウスの腹を斬りつける。


「くっ!」

「もらったわ!」


 シャルロッテはディオニュソスを振り下ろす。さすがにルキウスも動作が遅れる。そのままディオニュソスはルキウスの左腕を吹き飛ばした。


 左腕を斬り落とされたルキウスの肩から、金色の液体が漏れ出し、コードや鉄の骨がむき出しになる。だが、機械人形のマギアマキナは痛みを感じない。自分の左腕など気にも留めず、エルとともに後退する。

 俺たちはベルセルクを使用したことで体の各部が悲鳴を上げている。最後の一撃が、決められない。


「クラウゼ伯、シャルロッテ、リア、みなさん無事ですか」


 ミーナの声が聞こえる。援軍だ。


「新手か」

「ルキウス。撤退命令」


 エルは耳に手を当てている。通信魔法も仕込まれているのか。


「ということはティナ様も。これまでか」


 ルキウスはマルスを光の粒子へと変える。


「観念なさい」


 援軍に来たミーナやエイル、ヘルベルトや兵士たちが、ルキウスとエルを取り囲む。

 あと一歩のところまで追いつめたところで、カイザーブルクが激しく揺れる。


「なんだ。この魔力は?」


 想像を絶すると途方もない魔力の波動が、城全体を包み込む。震源地は外だ。


「また相まみえよう。クルト・フォン・クラウゼとシャルロッテ・フォン・ミルセ」

「私は勘弁だけどね」


 次の瞬間、まるで太陽が落ちてきたかのように外が光り、衝撃波で窓が砕け散り、巨柱は折れ、床が割れ、カイザーブルクが崩落を始める。

 俺が崩れ去った外壁から見たのは帝都の空に浮かぶ巨大な黄金の魔導艦だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る