第39話 炎雷の舞踏 4

「おとなしく通してくれないか。うちの皇帝陛下は、荒事は嫌いなんだ」

 

 古めかしい朱と金色の鮮やかな軍装に身を包んではいるが、武器も持っていない青年のマギアマキナが言う。


「そっちのほうがお互いに楽でしょ」


 青髪のマギアマキナの少女は見覚えがある。市場の店で店員をやっていたあの少女だ。

 こいつらの狙いはこの先に係留してある緊急脱出用の魔導艦。予想通り脱出経路の確保に来た別動隊だろう。

 ヒストリアイで見たが、ステータスは尋常ではなく高い。ここにいる全員でかかって互角かどうか。たった二人で来ていることからも自信のほどがうかがえる。

 

 ここは無駄に広いが、重たい天井を支える巨大な柱が何本もたっていて戦いづらい。だが、遅滞戦闘に持ち込んで戦いを長引かせれば、いずれ援軍が来て俺たちの圧倒的優位になる。奴らがいくら強くてもずっと敵地のど真ん中では戦っていられないはずだ。


「ここを通すわけにはいきません」


 リアは軍刀を抜き放つと、ドレスのスカートを斬り捨てる。そして再び、納刀し、手を据えて構える。リアは正面から戦うつもりだ。


「ルキウスにエル。聞き覚えは?」

「あります。たしかティナ直属の軍団長だったはずです」


 フランツが答える。

 皇帝ティナに仕えるマギアマキナの中でも、ディーコンセンテスと呼ばれる最高位の十二体。それぞれが軍団の指揮を執る将でありながら、一騎当千の力を持つ。ルキウスとエル、詳細は不明だが、そのうちの二体ということだ。


「気をつけろ。あの二人は体に神器を宿している」

「言われなくても、ビンビン感じているわよ」


 シャルロッテも動きやすいようにドレスを引き裂き、間合いを取ってディオニュソスを構える。


「ティナ様のおっしゃったとおりだ。お前には余計なものが見えているらしい。そう、俺は第五軍団長ルキウスだ」

「私はエル。第九軍団長」


 軍団の指揮を執るべき人材をこの作戦に投入するとは、やはり連中は正真正銘の精鋭部隊だ。


「時間もない。無理やりにでも通らせてもらおう。マルス!」


 ルキウスの体を光が包んだかと思うと、紅蓮の鎧を纏い、炎を模した長剣が現れる。

 あれがルキウスの神器か。しかも神装まで。


「メルクリウス……」


 エルがぼそりとつぶやくと、神器がその姿を現す。とぐろを巻いた蛇が二匹巻き付いた羽根つきのステッキだ。

 あの神器、ぱっと見は戦闘用には見えない。魔法攻撃を主体とした武器なのか。それとも支援系の武器か?


「しっぃ!」


 一閃。リアはすさまじい速度で抜刀し、刃はルキウスを捕らえる。


「おっと」


 ルキウスはリアの一刀をマルスで難なく受け止める。

 だが、リアの攻撃は終わらない。そのままじりじりと剣を交えていると、軍刀から冷気があふれ出し、ルキウスを襲う。


「そんな温さでは、俺は止められない」


 ルキウスの持つ長剣から紅蓮の炎が巻き起こり、ティナを飲み込む。


「リア!」

「ルイーゼ様の炎に比べればこんなもの」


 ティナはとっさに後ろに飛びのく。蒼白のドレスは焼け、前髪も少し黒焦げている。


「次は私が、とりゃああああ!」


 シャルロッテは飛び上がり、大上段から巨斧ディオニュソスをルキウスにたたきつける。


「人間の力では、俺たちマギアマキナには到底及ばない」


 力自慢のシャルロッテの重撃が、片手で受け止められてしまう。

 シャルロッテでもダメか。

 だが、一人目がだめなら二人目、二人目もだめなら三人目だ。


「フランツ! アリス!」


 俺は叫びながら、神器ティルヴィングを抜刀し、シャルロッテを跳ね返したルキウスに突撃する。


「お任せを」

「任せて」


 それぞれ別のでかい柱の裏に隠れていたフランツとアリスが飛び出し、手を前に掲げ、魔法陣を展開する。フランツの魔法陣からは黒い鎖が、飛び出し、ルキウスの手足を縛りつける。

 さらにアリスの魔法陣からは放たれた魔法の弾丸が、ルキウスに向かって真っすぐに飛んでいく。しかし、それはルキウスの周り展開された炎の壁に阻まれて溶かされてしまう。


「だが、これで!」


 俺はティルヴィングで斬りかかる。ここまでくれば魔法の発動は間に合わないし、手足も鎖で縛られていてルキウスは身動きが取れない。


「残念だ」


 ルキウスは難なくフランツの鎖を力づくで破壊し、炎を纏った剣マルスで俺を斬りつける。


「ぐわあああ」


 俺はなんとかティルヴィングで受けきるが、炎に体を焼かれながら吹き飛ばされる。

 そのまま無様に地面に転がる。

 神器使い三人がかりでも倒せないのか。化け物め。


「クルト!」


 アリスが俺に駆け寄り、治癒の魔法をかけ体を癒してくれる。

 

「特別な力を持っていると聞いていたが、その程度か。おとなしくティナ様の軍門に下れ」

「ふふ。そいつは魅力的な提案だ。お前らの皇帝様が、うちの大将を倒せたらな」

 

 俺はゆっくりと立ち上がり答える。この隙にリアやシャルロッテたちも体勢を立て直す。

 

「貴様。だが、その忠誠心だけは見認めてやろう」


 ルキウスは怒っている。自分の主人をけなされたことがよほど癇に障ったのだろう。まさか、魔力で動いている機械人形にここまで感情があったとは驚きだ。

 しかし、怒りで冷静さを失い隙ができるのを狙ったが、そこまではうまくいかない。隙をつけたとしても倒し切れるかどうか。


「殺すなというのが、ティナ様のご命令だ。無理やりにでも連れて帰る。おい、エル。いつまでさぼっている。少しは仕事をしろ」

「私の仕事は道案内まででしょ」

「殺さずにとらえるのはお前のほうがうまいだろう。俺は加減が苦手だ」

「はあ。わかったよ」


 エルはポケットから何枚かのコインを取り出し、ステッキを振るう。するとコインは液状に溶け、水滴のようになってこちらに飛翔する。

 俺は液体金属のしずくをティルヴィングで斬る。液体金属はそのままティルヴィングの剣身にへばりつく。

 なんだ、これは? ただのハッタリか?

 すると瞬く間に液体金属が緑から黄、そして赤へと色を変え発光するする。


「錬金術! 危ない!」


 巨大な柱の裏に隠れていたラヴィーネが叫ぶ。

 俺は危険を感じ、咄嗟にティルヴィングを投げ捨てる。その瞬間、液体金属は爆発し、俺とアリスは後方に吹き飛ばされる。


「まだまだ大丈夫そう。次はもっとでかいの行くよ」


 エルは再びポケットからコインを取り出す。


「シャルロッテ、クラウゼ伯を。私はアリス様を」


 俺はシャルロッテの肩を借り、アリスはリアに抱きかかえられて、ラヴィーネのいる巨大な柱の裏に飛び込む。


「ご無事ですか。クルト様」

「ああ、なんとかな」


 フランツも無事なようだ。


「ちょっと、さすがに定員オーバーじゃない?」

「ラヴィ姉さまは少し黙っていて、氷壁よ!」


 リアはありったけの魔力を込めた巨大な魔法陣をいくつも展開し、氷の壁で柱の間をふさぐ。


「これで多少は時間稼ぎになるでしょう」

「リア。どうする?」

「私たちにできることはここを守り抜き、ルイーゼ様たちを待つしかありません。それまでは何としてでも食い止めます」

「あいつだって無敵じゃないわ。首を吹っ飛ばせば、死ぬはず。なんとか一撃だけでも入れられればいいんだけど」


 相手はマギアマキナとはいえ、シャルロッテの一撃を受け止めきれるほど頑丈ではないはず。


「ラヴィーネさん。あのエルの攻撃は?」

「あれは金属が持つエネルギーを無理やり解き放つ錬金術。あの子は手練れの錬金術師よ。しかも戦闘に特化したタイプの。ただの金属製の武器じゃ歯が立たないかも」


 金属を操るってわけか。幸い神器には通用しないみたいだが、ただの剣や銃弾じゃ溶かされるか爆発してしむ。チートにもほどがある。


「クラウゼ伯。今こそ、あれを試すべき時じゃない?」


 ラヴィーネが投げ捨てられたティルヴィング。マシーネを指さす。


「ベルセルクか。確かにあの力なら」


 ベルセルクを使えば俺の本来の戦闘能力が引き出され、格上の相手とも互角以上に戦える。


「ダメだよ。クルト。あんな危険な力を使っちゃダメ。使うっていうなら代わりに私が……」


 俺は苦しそうな悲しそうな表情を浮かべるアリスの頭をなでる。

 きっとアリスはその身に俺のヒストリアイでは見ることのできない途方もない力を隠しているのだろう。しかし、それを使うことをアリスは恐れている。アリスがアリスでいられなくなってしまうような代物なら使わないほうがいい。

 それならこの体が傷つこうともベルセルクを使ったほうがいい。あれにもいい加減慣れてきたしな。


「私もディオニュソスの力を開放するわ。二人がかりでならあいつにも勝算はある。でも、暴走したら連携はできない」

「大丈夫だ。俺ならあの力を使いこなせる」


 そうだ。今の俺なら、いやステータスオールSの本来の俺ならベルセルクに捕らわれずに、力を使いこなせるはずだ。


「問題はティルヴィングが俺の手元にないことだな」

「ならば、まずは私とアリス様で敵に攻撃を加えます。その間にクルト様はティルヴィングを」


 フランツが提案する。


「……わかった。私も全力でクルトを援護する」

「ありがとう。アリス」


 そうだ。アリスはそのままでも十分強い。


「しかし、敵はもう一人います。あの厄介な錬金術師」


 フランツとアリスの魔法攻撃でルキウスの目をくらましても、エルに遠距離から攻撃されては意味がない。


「ラヴィーネさんは錬金術師だよな?」

「そうだけど……」

「何か手段はないのか」

「あるにはあるよ。私も錬成陣を使えば、敵の錬成陣を相殺できる」

「なら、行けるな」

「はい。あの厄介な錬金術さえ封じることができれば、あとは私で対処可能です」

「ちょっと待ってよ。技術屋でいつもは研究所に引きこもりだよ。荒事は専門外だって。絶対に無理無理無理!」

 

 ラヴィーネは涙目になりながら懇願する。


「ラヴィ姉さまはフレイヘルム家きっての天才錬金術師です」

「へ?」


 リアの言葉にラヴィーネの顔色が変わる。


「そ、そうだ。天下に比類なき大錬金術師のラヴィーネ様が、まさかあんな小娘に負けるわけがないよな」


 可愛そうだが、ここは無理だろうがなんだろうが、やってもらうしかない。


「ふふふ、全く、この天才錬金術師である私が負けるわけないでしょう! お姉ちゃんにドーンと任せなさい!」


 顔をにやつかせたラヴィーネが胸をたたく。

 おだてに弱いタイプだとは、リアは姉の生態をよく熟知している。おかげで助かった。


「軍神マルスの炎よ! 出てこい臆病者ども遊びは終わりだ」


 爆炎が巻き上がり、分厚い氷壁が破壊される。

 時間だ。


「よし。いくぞ。あとは手はず通りに」


 みんながうなずく。

 俺はティルヴィングめがけて走り出した。

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