第38話 炎雷の舞踏 3

 突然の襲撃者に会場は大混乱に陥る。

 護衛の兵士たちは慌てふためき、貴族たちは阿鼻叫喚でわれ先に逃げ出そうとする。

 

 しかし、冷静なものも多い。ルイーゼやその家臣たちや一部の武闘派の貴族たちは、身に着けていた神器を武器の姿へと変え、構えている。

 当然、俺たちも迎撃態勢をとる。

 ルイーゼたちの様子を見るに、どうやらルイーゼがこの場を襲撃しようとしたのではなく、この襲撃を事前につかんでいたということらしい。

  

 ルイーゼの次に襲撃者として怪しいのは野心家のベルクヴェルグ公爵だが、あれは……違うな。恐怖のあまりひっくり返って頭を抱えて敵に尻を向けている。

 一方、派手に登場した襲撃者たちは先制攻撃を仕掛けてこない。わざわざカイザーブルクに奇襲を仕掛けるのならば、先制攻撃でこちらの戦力を減らすのが常道だが、様子がおかしい。素早く会場を移動し、俺たちを包囲して退路を断ったのみだ。

 ただ統制の取れた動きで迷いがない。緻密な計画に基づいて動いている。

 

 襲撃者の一人がフードを取り、顔を見せる。銀髪に褐色の肌の女。見覚えがある顔だ。


「あいつ……」


 シャルロッテにも見覚えがあるようだ。


「ああ。ティナの手下の魔導機械マギアマキナだ」


 確かリウィアとか言ったな。

 そのリウィアが、剣で地面をつく。


「控えろ。皇帝陛下のお出ましである」


 その隣にいた一人がフードを取る。

 黄金の髪に黄金の目が輝き、この場にいた全員の注目を一身に受ける。


軍団最高司令官インペラトル第一の市民プリケンプス尊厳なる者アウグストゥス国家の母マテル・パトリアエ、我らが正統なる皇帝陛下ティナ・レア・シルウィア様である」


 リウィアは高らかに宣言する。

 やはりティナ。パーティで会おうというのはこういうことだったのか。

 ティナの前でヒストリアイの力を使うことはできないが、わざわざ見なくてもわかる襲撃者たちは全員マギアマキナの兵士だ。それもかなりの精鋭だ。

 みな、あっけにとられて立ち尽くしているとルイーゼが口を開いた。


「ふん。で、その皇帝とやらが何用かな? 招待状は持っていないようだが」

「貴様! ティナ様に無礼な!」


 ティナがリウィアを制止する。


「僕はただ預けていたものを返してもらいに来ただけだよ」


 ティナはマントを脱いでその姿をあらわにする。黄金の鎧に黄金の剣そして黄金のティアラがティナを神々しく彩っている。


「貴様らは、偽りの皇帝に仕える反逆者だ。本来ならば帝国法に基づき、全員の首を跳ね飛ばすことになる。しかし、この場で真の皇帝であるティナ様のもとに戻ることを誓うのならば、ティナ様は寛大な御心をもってお赦しになる。さあ、選択しろ」


 リウィアが俺たちに剣を向けると、一斉に周りのマギアマキナの兵たちも各々の武器を向ける。

 貴族たちも武器を構えるか、縮こまったまま硬直しているだけだ。突然現れたティナに帝都のど真ん中で服従を誓えるわけがない。それに粘っていれば、じきに兵士たちが駆けつけ、形勢は逆転する。


「ふふ、いいよ。僕たちはそこの鏡だけ返してもらったら今日のところ帰るから。抵抗しなければ、戦うようなことはしないよ」


 ティナは俺たちに微笑みかける。帝国諸侯を一網打尽にできるチャンスなのに戦闘の意志はないのか。それほど、あの帝国宝鏡が大事なのか。それとも本当に争いを好まないのか。


「ひるむな! 敵は少数。皇帝陛下の城を踏み荒さんとする賊ども討ち取れ!」

 

 ルイーゼは天井に向かって銃弾を撃ち込み、貴族たちを鼓舞する。


「「おおおおお!」」


 奮い立った貴族たちと銀翼騎士団の騎士たちは、マギアマキナたちに突撃する。


「君はどうしてそんなに血の気が多いの? ルイーゼ。戦わずにすんだかもしれないのに」

「さんざん人の命を吸ってきたお前が何をぬかすか」

「きれいごとだっていうのはわかってる。でも、この理不尽でどうしようもない世界を救うには前に進むしかない」

「理不尽な世界を正すことには同意するが、貴様らのように古臭い国を復興させるのではだめだ。まあ、貴様の錆びついた頭ではわからないだろうがな」

「僕は皇帝失格だな。いまだに君をゆるすことができないよ。話し合えたはずなのに。自分の力もわきまえず、身の丈に合わないことを言う。君みたいな尊大で強欲で愚鈍な奴がいるから、いつも世界はおかしくなってしまう」

 

 ばちばちとティナが電流を帯びる。黄金の鋭い眼光でルイーゼを睨み、歯を食いしばっている。

 敵陣にあってもいつも平然として、敵を殺すこと避けている温厚なティナをあそこまで怒らせるとはさすがはルイーゼだ。


「婿殿。連中は私が抑える。婿殿は敵の脱出経路をつぶせ」


 ルイーゼが言う。


「脱出経路? それは」

「話している余裕はない。リアについていけ」

「クラウゼ伯、こちらです」

 

 リアが俺たちを手招きする。

 ここアレスの間を出て、城の別の場所に向かうようだ。

 

「いくぞ。みんな!」

 

 俺はケースからルイーゼにもらった神器ティルヴィング・マシーネを取り出し、みんなを引き連れてリアについていく。

 体内に魔力を循環させて、身体能力極限まで高める。あまり得意じゃないが、ないよりはましだ。

 

「ひい。ちょっと待ってよ。リアちゃん。私も行くよ。お姉ちゃんを置いていかないでよ」

 

 ラヴィーネも不格好に走りながら俺たちについてくる。

 ティナが目配せすると、会場内に侵入していたマギアマキナたちの一部が俺たちに狙いを定める。


「おっと、貴様の相手は私だ」

 

 笑みを浮かべるルイーゼが、ティナの前に立ちはだかる。

 俺たちは貴族たちや銀翼騎士団が、マギアマキナの兵たちと入り乱れて戦う混戦状態の中、リアに続いて会場内を走り抜ける。

 

「逃がさん」

 

 前方で入り口をふさぐマギアマキナの兵が、手に持っていた短い槍を投げつけてくる。

 

「くそ!」

 

 投槍だと。ハイテクな機械兵のくせに古臭い武器を使ってくるな。

 しかし、槍は人間の膂力からは考えられない速度でまっすぐにこちらに飛んでくる。これじゃ槍というよりもやたら弾のでかい鉄砲と同じだ。

 これじゃあ間に合わない。自分の剣の腕を信じるか。

 俺は走りながら抜刀し、自分に向かって飛んできた槍を斬る。当たった!


「きゃあ、助けて、リアちゃん」

「私に任せて!」

「世話の焼ける人ですね!」


 シャルロッテは巨斧ディオニュソスでリアは軍刀で、飛翔する槍を叩き落す。


「なにっ!」


 その瞬間、槍に刻み込まれた魔法陣が展開し爆裂。俺たちに爆風が襲い掛かる。


「させません! 魔導障壁」

 

 フランツは瞬時に魔法陣を展開し防壁を張る。


「助かった!」


 フランツのおかげで間一髪、爆発からは逃れた。


「このまま、一気に突破します」


 リアは軍刀を一度鞘に納め、敵に向かって駆け出す。

 そして敵の正面で目にもとまらぬ速さで抜刀し、マギアマキナの兵をまとめて三人、両断する。両断されたマギアマキナは切断面から凍りつき次の瞬間にはバラバラに砕け散る。


「やるわね。私も!」


 シャルロッテはディオニュソスを上段に構え、高く飛び上がると、マギアマキナの兵士めがけてディオニュソスを振り下ろす。

 マギアマキナは叩き潰され、両側にいたマギアマキナもシャルロッテが振り回すディオニュソスの餌食になり、機械仕掛けの頭が跳ね飛ばされる。

 これで出入り口をふさぐ敵は一時的にいなくなった。


「抜けたら左です。そのまま走り抜けて!」


 俺たちは先頭を疾走するリアに続いては会場から脱出する。

 広いカイザーブルクの中を右へ左へと駆け回り、階段を上っていく。ずいぶんと走ったところで、一度止まる。


「はあはあ。これで奴らも巻けただろう」

「ぜえ。もう走れません」

「お姉ちゃん。人生で初めてこんなに走ったかも……くたくただよ」


 身体能力強化の魔法を使ったとはいえ、これだけ全力で走ればくたくただ。体力派ではない俺とフランツそしてラヴィーネは息も絶え絶えだ。


「男どもは情けないわね」

「クルト。訓練不足。大丈夫?」


 アリスが床にへたり込む俺に手を差し出してくれる。

 体力バカのシャルロッテや厳しい訓練を積んでいるリアは平然としているが、アリスまでもが余裕そうだ。


「それで俺たちはどこに向かっているんだ」


 確か敵の脱出経路をつぶせと言っていたが、ここはむしろカイザーブルクの中だ。


「この先に有事の際、皇帝がカイザーブルクから脱出するための魔導艦があります」

「魔導艦?」

  

 脱出用の魔導艦があるとは、さすがは馬鹿でかい城だ。なんでもありだな。

 

「クラウゼ伯があの人形連中と接触した日からひそかに奴らを監視していました。そして、最近の奴らの動きからこの舞踏会に襲撃して来ると予想しました」

 

 抜かりないな。ティナは俺たちじゃ手も足も出ない強敵だ。あんな物騒な連中を調べていたなんておっかない話だ。

 だが、そのおかげでこの襲撃を事前に予期できたのか。それでルイーゼは、自分の兵隊になる武闘派の家臣たちを連れてきていたわけだ。


「その場合考えられる逃走手段は、あの魔導艦以外ありません」


 なるほど。ティナたちは舞踏会を襲撃してこの間だけ宝物庫の奥から引っ張り出されて、展示されている帝国宝鏡を奪取し、その緊急用の魔導艦を利用して脱出するつもりだったのか。


「そんなの。聞いてないよ……」


 いまだ起き上がれないラヴィーネがうなだれる。


「はあ? 聞いてない?」


 フレイヘルム家で重要な位置を占めるラヴィーネですら、聞かされていなかったのか。秘密主義にもほどがある。


「いえ、言いました。ラヴィ姉さまが人の話を聞いていないだけです。まったく私たちの足を引っ張って。おとなしく屋敷にいるように言ったではないですか」

「だってだって、自信作だったから自分で渡したかったんだもん」


 ラヴィーネは幼児のように駄々をこねる。

 まったくこんな時に緊張感のない人だ。


「あなたのお姉さん。すごい人ね」

「変人なだけ」


 シャルロッテは少し引き気味で、アリスは冷めた目でラヴィーネを見る。


「お恥ずかしい限りです」


 リアは姉の醜態に顔を赤らめ、うつむく。

 

「お、先客がいるみたいだな」

「え、ここ使うのバレてたの。またべリサリウスに怒られるよ……」


 背後に強烈な気配を感じ振りむくと、そこには一人の青年と一人の少女。

 舞踏会の会場では見なかった顔だ。俺はヒストリアイでその素性を覗き見る。

 こいつはやはりマギアマキナ。しかもかなりの手練れだ。もう追いつかれたのか。

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