第37話 炎雷の舞踏 2

 ルイーゼの登場に貴族たちがざわめく。

 個性の強い四大公爵の中でもルイーゼは特に異彩を放つ。ほかの公爵家は、壮年の男性ばかり。一方ルイーゼはまだ成人したての十六歳の娘。小柄なことも相まって一見するとかわいらしい令嬢にしか見えない。しかも未婚とあって、貴族たちは自分の子息をルイーゼの婿にしようと躍起になっている。

 

 しかし、その態度はあの四大公爵の中でも飛びぬけて偉そうだ。赤黒い妖眼ですべてを見下している。

 並大抵の男でなければ、ルイーゼの夫は務まらないだろう。もし俺ならば、三日以内に精神が崩壊して裸で逃げ出すと断言できる。義母というだkでもつらいのに。

  

 ただ、さすがのフレイヘルム家の人間も今日はちゃんと礼服できているようだ。いつも軍服姿のルイーゼは真紅のドレスに身を包んでいる。同じくリアは深い藍色のドレス、メイド服姿のメリーも珍しく漆黒のドレスに身を包んでいる。


「随分と大所帯だな」


 ルイーゼは他にも多くの家臣たちを引き連れている。

 家臣たちはフランツと同じように帝国諸侯である領地を分け与えられた貴族だ。帝国諸侯の家臣である貴族たちは今回のパーティへの出席義務はなく、シャルロッテの兄のように領地にとどまるものも多いが、四大公爵ともなるとかなりの数を連れてきている。

 どの顔もフレイガルドで見かけたことがあるが、武闘派ばかりだな。


「総出といった感じですね」


 フランツが言う。


「いつもぴりついているけど、まるで戦争でもしに来たみたい」


 シャルロッテの言う通り、物々しい雰囲気だ。


「何か仕掛けるつもりかも」

「冗談言うなよ。アリス。でもまさか」


 いや、ルイーゼならばありえなくはない話だ。戦争の開始はそう遠くはないはず、帝国起源祭を前にして起こってもおかしくはない。

 むしろ貴族が一堂に会す、この前夜祭ならセンセーショナルな始まりになる。FUというゲームのストーリ的には最高の盛り上がりだろう。だが、そうだとしても俺は何も伝えられていない。俺は生き残るためにルイーゼに協力すると約束し、厳しい要求にも耐えてきた。まだ信用されていないのだろうか。


「げ。目が合っちまった」


 様子をうかがっているとルイーゼがこちらに気づく。

 向こうからこちらに来ることはないだろうが、俺が行かないわけにはいかない。


「しょうがない。行ってくるよ」

「私たちもお供します」

「せっかくの料理がまずくなりそう」


 シャルロッテはおもむろにブドウの実を一つ手に取ると口に放り込んだ。

 貴族の群れをかき分けて、俺たちはルイーゼのもとに向かう。


「フレイヘルム公。ご無沙汰しております」

「久しいな。婿殿」


 まずは常套句で無難に攻めるとしよう。


「その真紅のドレス、よくお似合いです」


 中身は唯我独尊の独裁者といった感じだが、外見は文句なしの絶世の美少女。大人びたメリーに比べると女性的な魅力はまだ未熟だが、真紅のドレスがよく映える。


「ふん。当たり前のことを言っても世辞にはならんぞ」


 ルイーゼはにこりとも笑わない。

 ……全く話が続かない。リアやメリーあたりが助け舟を出してくれてもよさそうなものだが、黙ったまま。どうしたものか。


「も、もうすぐ開始時刻ですが、皇帝陛下はまだお見えになりませんね」

「皇帝は来ない」

「来ない? それはいったいどういう」

 

 皇帝が来ないどういうことだ。この舞踏会に主催者であり主役でもある皇帝が来ないなどということはありえない。まさかもうルイーゼは事を起こしているというのか。

 

「リア」

「はっ。クラウゼ伯。こちらをお受け取りください」


 俺はリアから木製のアタッシュケースのようなもの受け取る。


「開けてみろ」


 俺はルイーゼに言われるがまま、ケースを開ける。


「これは……」


 中に入っていたのは軍刀だ。形状自体は見覚えがある。フレイヘルム家の屋敷でティナと戦った時、リアから借りたあの神器と同じだ。よく見ると少し違う気もするが。


「量産型神器ティルヴィング・マシーネ。狂戦士の剣だ」


 ルイーゼが言う。

 狂戦士か。神器の開発に熱心なのは知っていたが、ずいぶん物騒だな。それに会場に堂々と武器を持ち込むなんて大胆すぎる。

 貴族たちが、シャルロッテのように装身具に形を変えて神器を身に着けることは黙認されている。神器が戦争で兵器として活躍していたのは過去の話だし、神器を持つことは貴族の特権として認められているからだ。

 だが、あからさまに持ち込むのはまずい。


「はいはーい。私が解説しますよっと」


 後ろから一人が手を挙げて躍り出る。この淡い青色の髪。ところどころペンキがかかったようにピンクや緑に変色しているが、間違いない。


「あなたは確か、リア殿の姉の」

「そうだよ。私はラヴィーネ。フレイヘルム開発局の副局長で、リアちゃんのお姉ちゃん」


 ラヴィーネはリアに抱き着く。抱きつかれたほうは至極いやそうな顔をしている。

 やはりシュネー家の天才錬金術師ラヴィーネだ。


「この神器はあなたが」

「よくわかったね。いや、わかっちゃうよね。やっぱり私のあふれ出る天才性は隠し切れないか。そうだよ。ティルヴィングは私の作品」


 妙にハイテンションでやりにくい。顔は妹のリアによく似ているが、性格はまるで違うな。


「それはベルセルクを自動的に発動させる優れものさ」

「ベルセルク?」

「おや、ちんぷんかんぷんという顔をしているね。でもクラウゼ伯は見ているし、何度か試作品を使って体験しているはず。ベルセルクを」

「私とディオニュソス」


 シャルロッテは指輪となっているディオニュソスを見つめる。


「ビンゴ! あの時、ディオニュソスから黒い魔力があふれ出てシャルロッテちゃんを飲み込んだ。私も見ていたよ。最高に感動した。ぞくぞくしちゃった。ようやく本物を見つけたってね。おかげで行き詰っていた研究が飛躍的に進んだよ」

「キュル姉さま。時間がない」


 げっそりした表情のリアが姉をつつく。


「ごめん。ごめん。闘争本能のむき出しで、鬼神のごとき力を発揮するあの現象。あれを私たちはベルセルクと呼んでいるんだ。そしてその神器はその現象を無理やり引き出すことができる。誰でもね」


 闘技場で戦った時とカタコンベで戦った時。俺は二回、あの状態、そのベルセルクとかいうやつを経験している。

 理性が吹き飛び、己の限界を超えて、ただ闘争本能だけで戦う。確かにベルセルクは強力だ。俺でもシャルロッテと互角に渡り合い、強敵を粉砕できた。だが、大きな代償を伴う。体への負担が大きいうえに戦闘中は自我を失いかける。


「誰でもあの力を使えるようになるのか」

「そういうこと。でも、残念だけどティルヴィング・マシーネは生産性を優先した粗悪品でね。軍刀以外の姿に変えることはできないし、神器としての性能もいまいち。でも、ベルセルクを発動させれば、途端にほかの神器使いを圧倒できる」

「簡単に使われちゃうのは悔しいけど、あの力が使い放題なら百人力ね」


 シャルロッテが言う。シャルロッテはディオニュソスによって一度暴走したが修練を積み重ねてその力をコントロールすることに成功した。

 俺もシャルロッテと同じ力が使えれば、クラウゼ家の軍事力はほとんど倍になる。

 

「あの力をそんな簡単に引き出せるなんて、そんな簡単な話なのか」

「この神器は失われた技術であるベルセルクを無理やり再現しているに過ぎない。何度も使えば、体がばらばらになっちゃうかも」

 

 ラヴィーネはおどける。


「だったらそんなもの、いらない」


 アリスが俺から箱ごとティルヴィングを取り上げる。


「おい、アリス」


 アリスから箱を取り返そうとするが、アリスは箱を抱きかかえたまま話さない。


「ルイーゼはクルトに何も言わずにこの神器を二回も使わせた。そんな相手信用できない」

「ふん。その神器がなければ、シャルロッテはあのまま死に、婿殿はカタコンベで死んでいた」


 ルイーゼは鼻で笑う。


「それだって全部、あなたが仕組んだことでしょ!」


 珍しくアリスが声を荒げる。


「やめろ。アリス。申し訳ありません。フレイヘルム公。この神器はありがたく使わせていただきます」


 俺はルイーゼに頭を下げる。


「クルト!」


 アリスは俺に抗議のまなざしを向ける。

 

「それでよい。さて、もうすぐパーティの始まりだ。メリー」


 ルイーゼはメリーからアタッシュケースを受け取るとその中から、長い銃剣のついた二丁の拳銃を取り出す。それに続いてフレイヘルム家の家臣たちも続々と武器を取り出す。

 まてまて。まさかこの場でおっぱじめる気か。


「来るぞ。せいぜい楽しませてもらうとしよう」

 

 ルイーゼが外に向かって、二丁拳銃を構える。

 バリン!

 轟音とともにテラスへ通じる大きな窓が一斉に割れて、突風が吹きこみ色とりどりのガラス片が舞い散る。

 同時にフードで顔を隠した武装集団が次々に飛び込んでくる。

 敵だ。

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