第31話 死の終着駅 4
「――――っいたた。ここは……」
シャルロッテはがれきの山の上で目を覚ます。
骨の洞窟の中を紫色の魔結晶の淡い光が、薄暗く照らしている。
「そうだ。確か地面が崩れて」
天井を見上げると骨粉がパラパラと落ちてきている。穴は塞がっているが、下に落ちてきたのは確からしい。
幸い体に大きなけがはない。
「目が覚めたか」
白銀の鎧を着た壮年の男が向こうから歩いてくる。
「あなたは?」
「銀翼騎士団の団長のテオバルトだ。君はクラウゼ伯と一緒にいた」
「フレイヘルム家、家臣シャルロッテ・フォン・ミルセよ」
シャルロッテはテオバルトの手を借りて立ち上がる。
「クルトやみんなは?」
「俺が目を覚ました時にはいなかったな。地面が陥没して滑落した際にはぐれてしまったのだろう」
「早く探しに行かないと!」
シャルロッテの形相が険しくなる。
魔王崇拝者集団メフィストが潜むこの戦場で主と離れていては主を守れない。
「待て。忠義は立派なものだが、むやみに動いては危険だ。ともに行こう」
「……仕方ないわね」
シャルロッテは一応の冷静さを取り戻す。
「そういえば、ほかの銀翼騎士団の連中は? あれだけいれば、一人ぐらい居ても良さそうなものだけど」
「これはおそらく我々を分断するためのメフィストの罠だろう。クラウゼ伯やアルベリッヒのご令嬢とは意図的に離されてしまった」
「じゃあ、騎士たちも」
「いや、ほかの騎士たちには置いていかれた。朦朧とする意識の中で、俺の懐から地図を盗み出しているのをこの目でしかと見たからな」
「そんな、なんで」
シャルロッテは驚愕する。銀翼騎士団が自分たちのリーダーであるテオバルトを捨てて行ってしまったこともだが、それ以上にテオバルトがあまり気にするようなそぶりを見せていないことに驚いた。
「俺は今でこそ名誉帝国男爵という立派な爵位を賜ったが、もとは平民。いいとこの坊ちゃんたちには嫌われているのさ」
テオバルトは哀愁を帯びた横顔で語る。
帝国最精鋭と呼ばれている銀翼騎士団だが、その実は過去の名誉にすがる古臭い組織だ。
魔導式ライフルが普及した今でも煌びやかな重たい鎧兜を着込んで馬上で見栄えの良い大きな槍を主な武器としている。
銀翼騎士団の騎士たちは箔をつけるために入った高級な貴族の息子たちが多く、実力を伴っていない場合も多くなっていた。
「俺が若いころは精鋭の名に恥じぬ騎士ばかりだったが、団長になったころには、この体たらく。先帝陛下と元団長に顔向けできんな」
「なら、銀翼騎士団をやめて私たちと一緒に来ない?」
クルトならば、元平民だからといって差別するようなことはない
ルイーゼだって実力さえあればだれかれ構わずに登用している。
そしてその二人はのどから手が出るほど人材を欲している。実力で平民から銀翼騎士団の団長まで上り詰めたテオバルトならば申し分ないだろう。
「魅力的な提案だが、やめておこう。大恩ある先帝陛下に頼まれたからな」
テオバルトの目に迷いはなかった。
「残念」
シャルロッテはそれ以上何も言わなかった。
「無駄話が過ぎたな。そろそろ、みんなを探しに行こう」
「その必要はありませんよ」
ひどくしゃがれた声が薄暗いカタコンベに鳴り響く。
黒いローブを着ていて、景色とほとんど同化しているが、その大きな鉤鼻だけが目についた。
「お前はメフィストだな。探す手間が省けた。道案内してもらおう」
テオバルトは背に担いだ巨剣を引き抜き、構える。
「そうね。手の二、三本はもらってもいいかしら」
シャルロッテはディオニュソスを握る。
「くひひ。威勢がいいですねえ。ですが、すぐに、このカタコンベの一員となるでしょう」
ローブの男が不気味な濃い緑色に発光する魔法陣を展開するとカタコンベが大きく揺れる。
「恐れなさい。ひれ伏しなさい。これが、いと恐ろしき御方から授かった魔王様の力。出でよ。骸骨龍クノッヘンヴルム」
骨が積みあがってできた壁が破壊され、巨大な怪物が姿を現す。
黒い粘性の液体と骨でできた細長い体。龍というには翼もなく、無数に生えた骨でできた脚はムカデを連想させる。
「あいつら。愚か者め」
テオバルトは骸骨龍の巨大な体の中に見慣れた白銀の鎧とまだ骨になっていない溶けた体を三つ分、見つける。
テオバルトのことを置いて逃げた銀翼騎士だ。
「くひひ。恐ろしくて声も出ないでしょう。さあ、食い散らかすのだ。クノッヘンヴルム!」
骸骨龍は骨でできた体を震わし、亡者のごときおぞましい絶叫を上げる。
「あんなものが地上に出れば、多くの民が死ぬことになる。そうはさせん。先帝陛下より賜りし、神器オーズをもって粉砕してくれよう。神装顕現」
テオバルトは巨剣オーズの剣身に展開された魔法陣から放出された莫大な魔力が、神器とテオバルトの体を包み込む。
魔力に包まれた白銀の鎧は神器オーズと融合し、テオバルトの怒りを表すかのような猛々しい鎧へと姿を変える。
「私だけでも十分よ。化け物風情が神器に敵うわけない」
最初に軽装のシャルロッテが、ディオニュソスを担いで骸骨龍に迫る。骸骨龍の前で跳躍すると骸骨龍の顔めがけて巨斧ディオニュソスを振り下ろす。
「やった」
シャルロッテの一撃で骸骨龍の頭は吹き飛び、骨とべたべたとした黒い液体が飛び散り、骸骨龍は大きくのけぞる。
「くひひ。甘い。神器ごときでどうにかなるものか」
ローブの男が再び、魔法陣を展開。カタコンベの壁から魔力とともに骨が吸い上げられて骸骨龍の壊れた体を再構成する。
「再生した。きゃあ!」
骸骨龍がその長い体をうねらせ、シャルロッテにたたきつける。
吹き飛ばされたシャルロッテは壁に強く打ち付けられた。
「再生しようが関係ない。うおおおお!」
テオバルトは巨剣オーズで骸骨龍の体に突進する。
骸骨龍はテオバルトの突撃をその巨体で受け止めようとするが、オーズに切り裂かれ、そのまま縦に真っ二つにされた。
「まだだ」
テオバルトは向き直るとオーズを振り上げて魔力を込める。
オーズは供給された魔力に応じて天井を破壊しながら、巨大化する。ついにその大きさは骸骨龍を超えた。
さらに大量の魔力を剣身に纏わせたオーズをテオバルトは振り下ろす。
上層階ごとカタコンベを破壊しながら、振り下ろされたオーズに真二つになった骸骨龍は木っ端みじんに粉砕される。
「途方もない馬鹿力ですね。さすがは団長。身なりだけ豪華な貴族のボンボンとはわけが違う。ですが」
ローブの男の両手に魔法陣が光る。
「何度やっても同じこと。このカタコンベにある限り、我らメフィストは無敵。かつて数千の神器使いを相手に、ものともしなかった魔王様のお力の前には無意味なこと」
再びカタコンベ内に無尽蔵に積み上げられた骸から骸骨龍が生まれる。
「馬鹿な。一体どこからそんな無尽蔵な魔力が」
テオバルトはひたすらに斬った。何度も何度も蘇る骨の巨竜を相手に懸命に戦った。
「くっ……」
しかし、十数度目、ついには膝をついた。
使用者に無限にも思える魔力を供給し、継続的な戦闘能力を与える神器も万能ではない。
人の身に過ぎた魔力を体に食わせ続けていれば、いつかは悲鳴を上げる。
「生身の人間がよくぞ。ここまで。今、楽にして差しあげましょう」
ローブの男が骸骨龍を再び作り出す。
「まだ、終わりじゃない」
テオバルトが骸骨龍に食いちぎられそうになった時、シャルロッテが再び立ち上がる。
「本当は使いたくなかったけれど、しょうがない。その力を見せなさい。ディオニュソス。神装顕現」
巨斧ディオニュソスからあふれ出たどす黒い魔力が、シャルロッテを飲み込んだ。
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