第30話 死の終着駅 3
「さあ。ともに悪党どもを討伐いたしましょう」
ミーナは勢いよく槍を突き上げ鼓舞する。
かなりノリノリなようだ。ミーナは騎士道に情熱を捧げる騎士道オタク。
ミーナ自身が、善良なことに加えて、弱者の救済や悪との戦いが彼女を駆り立てるのだろう。
「ご無沙汰しております。クラウゼ伯」
気立てのいい老紳士が頭を下げてくる。
「ヘルベルトか。フレイガルドで会って以来か」
「申し訳ありません。またお嬢様のわがままにお付き合いただき感謝にたえません。これエイルもご挨拶せんか」
「ども。久しぶり」
けだるげな少女が力なく腕をあげる。
彼女の名はエイル。ヘルベルトと一緒にいつもミーナのお供をしているアルベリッヒ家の家臣の娘だ。
幼いころからミーナの従者で、優秀な神器の使い手でもあるのだが、見ての通り、労働意欲に欠ける。いつも眠たそうというより、いつ見てもたいていは寝ている。
貴族には珍しく、分け隔てないフランクな性格だ。ほかの貴族にはミーナの威を借るキツネのように思われているが生来そういう性格なんだろう。
二人ともミーナと会うたびに顔を合わせているので知った顔だ。戦闘能力も十分で突っ走りがちなミーナのストッパー役でもあるので頼りになる存在だ。
「ミーナ様。魔王崇拝者集団とは何者なのでしょう」
リアがミーナに尋ねる。
観光に来ているという設定なので皆で知らないふりをする。
「魔王崇拝者集団メフィスト。最近帝都を騒がせている誘拐事件の犯人ですわ」
ミーナの後にテオバルトが続ける。
「カール大帝とシャルロット姫によって打ち滅ぼされた魔王アペイロンの復活をもくろむ気味の悪い連中です」
昔から帝都で活動していたが、取るに足らない小さな集団で、騎士団もその動向には対して興味がなかったという。
「それが急に勢力を拡大して、このような誘拐事件を。若い子供を贄にして魔王復活の儀式をしているとか」
本当に実在したかもわからない存在を信仰して、あまつさえ、復活させようなどと馬鹿げているが、生贄にされる方は立ったものではない。
「幼い子供の命を奪うなんて、断じて許せませんわ」
ミーナが地面を踏みしめる。
「メフィストは神器を所持している可能性が高い。皆さんくれぐれもご用心を」
数十人規模のコミュニティから神器を所有するまでに至ったメフィスト。黒幕の存在を勘繰らずにはいられないが、ミーナたちもそこまでの情報はつかんでいないらしい。
「メフィストはカタコンベの最奥に潜伏している可能性が高いです。まずはそこを目指しましょう」
テオバルトが古地図を広げる。
もともと採石場だったカタコンベは千年以上も使われている。最初期に埋葬に使われていた場所はもう骨で埋まってしまって近づけないということだったが、その少し手前はまだ空間があるという。
普段、埋葬の業務を行う人もそこまでは足を運ばないだろうから隠れ家にするにはうってつけだ。
大所帯となった俺たちはテオバルトを先頭に、カタコンベの最奥へと向かう。
少し歩いていくと奥からどんよりとした体にまとわりついてくるような、どろどろとした魔力が、亡者のうめき声と共に流れ出てくる。
「なにこれ。気持ち悪い」
「不気味」
シャルロッテとアリスが身を寄せあう。
「どうやら、騒ぎすぎたようです」
テオバルトが、背負っていた身の丈ほどもある大剣を構える。
これだけの大人数。気づかれるのも無理はない。
「お出ましですわ」
ミーナの翡翠の眼が敵を捉える。
カタコンベの壁が揺れ、部位ごとに整然と積まれていた骨がカタカタと動き出して人の形を成す。
壁の人骨は瞬く間に無数の死せる兵士、亡者の群れとなり、四方八方から雪崩を打って俺たちに迫ってきた。
「きゃああ。こないで!」
シャルロッテが未知の敵にうろたえる。
「お気を確かに。おそらくは死霊魔法で作られた
ミーナが風を纏わせた大槍ゼピュロスを振る。暴風で無数の骸骨の兵が木っ端みじんになる。
数は多いが、骸骨兵自体は力も弱く、武器も持たず、攻撃も単調。非力で脆い。
「そうと分かれば。えいっ!」
シャルロッテも巨斧ディオニュソスを骸骨兵の群れにたたきつけて粉砕する。
アリス、シャルロッテも負けじと複数の魔法陣から魔力の弾丸を掃射し、迫りくる骸骨兵を打ち砕く。
「くそ! これじゃあ、きりがない!」
俺も軍刀で骸骨兵を切り裂くが、倒せども、倒せどもまた壁の遺骨が新たな骸骨兵となって襲い掛かってくる。
氾濫した川の流れをせき止められないようにいくら強力な魔法や神器の攻撃を叩きつけてもまたすぐ、あふれ出てきてしまう。
「壁を展開します。ご注意を」
リアが地面に手をつくと彼女を中心に大きな魔法陣が展開される。
そしてその円周に沿って分厚い氷の壁が生成され、床も氷結する。
「なんとかなったか」
骸骨兵はもがいているが、冷たい氷の壁に阻まれてこちら側に来ることはできない。床の骨も氷に閉ざされて骸骨兵にはなれない。
内部にいた敵を掃討すれば、ここは安全地帯だ。
「しかし、これでは一時しのぎにしかなりません」
テオバルトの言う通りだ。骸骨兵に包囲されている状況には変わりない。
「死霊魔法とは厄介ですわね。禁じられた魔法ですから、どう対処していいものかわかりませんわ」
「術者を狙いましょう。死霊魔法の術者をおさえれば、骸骨兵は機能を停止するはずです。問題はその術者がどこにいるのか」
リアが言う。
「これだけの規模の死霊魔法となれば術者も複数人いるはず。とりあえず一人を捉えて尋問するしかありませんね」
ミーナやリア、フランツのような魔法の使い手でも死霊魔法に関する知識は乏しい。
その昔、ゲオルクというたった一人の死霊魔法の使い手が、国を滅ぼしてから死霊魔法はずっと封印され続けてきた。
高位の学者でもわずかに現存する死霊魔法に関する文献を閲覧するには皇帝から直々に許可を得なければならないほど危険な代物だ。博識なフランツでも物語の内容程度しか把握していない。
それをなぜメフィストの連中が扱えるのか。ますますきな臭くなってきた。
「我々、銀翼騎士団を先頭に骸骨兵の軍団を中央突破し、カタコンベ最奥まで突っ切りましょう」
ヘルベルトが大剣を握る。
他の騎士たちもフルプレートの鎧と魔法の大盾と大槍という重装備。突撃するにはもってこいだ。
「なら私も行くわ」
「わたくしも参りましょう」
シャルロッテとミーナ。神器使いの中でも高い火力と突破力を備えた二人が名乗りを上げる。
闘技場での一件以来、二人は幾度となく戦い、お互いの技を磨いた仲だ。どんな大群でも二人の突進を止めることは容易ではない。
俺たちは銀翼騎士団とミーナ、シャルロッテを矢じりに矢の形の陣形をとる。
「では、氷壁を解除します。さん、にい、いち、解除!」
合図とともにリアが展開されていた魔法陣が消え、氷壁が崩れる。それと同時に一気に全員で突撃を敢行する。
ただ目の前の敵だけを粉砕しながら、骸骨兵の集団を突破する。
「抜けた」
数えきれないほどの骸骨兵を砕いたところで、ようやく骸骨兵の集団を突破する。
そう思った時に事態は急変する。
骨でできた地面がうねり、俺たちを足元から飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます