第29話 死の終着駅 2
「今晩。カタコンベに向かいます」
ルイーゼとの通信が終わってすぐにリアは決断を下す。
「いくらなんでも早すぎないか? みんな、連日の激務で疲れている。魔王崇拝集団の実力がわからない以上、万全の準備で……」
「ルイーゼ様のご到着まであと二週間。時間がないのです」
リアはその小さな拳を握りしめる。
「帝都であからさまに兵を動かすわけにもいきません。私一人で行きます」
「そんな、無茶言うな。だったら俺たちも行く。貴族が夜の帝都を観光するだったら問題ないだろ」
「しかし、これ以上クラウゼ伯に頼るのは……。いえ、お願いします」
リアの顔から焦燥の色が消える。
優秀で、いつも冷静な判断を下すが、やはりまだ十五歳。いくら成人したとはいえ、まだ子供だ。
帝都にいるフレイヘルム家の人間を全員取り仕切るなんて荷が重すぎる。
もっともルイーゼはリアの能力を評価しているからこそ、先に帝都を任せたように思う。
ルイーゼは非情だが、感情的物事を判断するような人物ではないからこそ信用できる。
真面目過ぎるがゆえに失敗をして焦るものわかるが、リアは鉄仮面をかぶっている方が、落ち着く。
「か、感謝しておきます。この御恩はいつか必ず」
軍靴をかつかつと鳴らして歩くリアは去り際に一度振り返ってそういうと足早に出て行ってしまった。
まったく、本当に似合わない。
「鼻の下伸ばしちゃって、見境ないんだから」
「クルトの浮気者」
シャルロッテとアリスに両脇を小突かれる。
「違う。少し驚いただけだ」
アリスという婚約者がいる以上、ほかの女性に目移りするようなことは断じてない。それがけじめだ。
「クラウゼ伯」
この屋敷にいる中でも古参の兵士が怖い顔で俺のそばに来ると、
「くれぐれもリアお嬢様を悲しませるようなことがなきよう」
といって笑った。本気なのか否か。どちらにせよ悪い冗談だ。
その夜。支度を整えた俺たちは帝都のはずれ、地下集団墓地、カタコンベの入り口に来ていた。
俺、アリス、シャルロッテ、フランツそしてリアの五人。
大っぴらに兵士を動かすのはまずいので、あくまでも貴族の道楽という名目で貴族である五人だけで来た。
人口過密な帝都でその昔、疫病がはやったとき毎日運び込まれる死体の処理が追い付かず、ヴァッサルガルト建設の時に採石場として使われていたこのカタコンベに死体をまとめて埋葬することにしたらしい。
ヴァッサルガルトが帝都となる前から千年以上にわたって埋葬された人の数は一千万を超えるとも言われている。
周囲に人は誰もいない。昼夜を問わずにぎやかな帝都にあってひどく不気味な場所だ。
生者の気配を感じられない無機質な空間。春も近いというのに妙に肌寒い。
時々奥からびゅうと吹く酸っぱい匂いの風が、亡者のうめき声にも聞こえる。
「不気味ね」
「怖いの?」
「そそそ、そんなわけないでしょう」
口ではそう言っているが、シャルロッテの腰はかなり引けている。
奥を覗き込むと何かがいるのが一瞬見えた。すると無数の黒い物体がバサバサと音を立てて飛び出してくる。
「きゃあああ」
驚いたシャルロッテがその場に崩れ落ち、アリスに抱き着いた。
「あれは、ただの蝙蝠ですよ」
フランツが月に照らされた黒い物体の正体を突き止める。
蝙蝠に驚いていたんじゃ、先が思いやれるな。
「一応、敵がいるかもしれないんだから。もう少し緊張感を持て」
「では行きましょう。松明の準備を」
リアの指示に従い俺とフランツがトーチに魔力を流すと炎に似た光がともる。
たいして明るくはならないが、ないよりは断然まし。
そのまま俺とフランツを前後に幅が狭く、下まで長く続く古い階段を下りていく。
階段を下ると少し開けた場所に出る。
周囲を照らすと、道はまっすぐに伸びていて床は白い砂で埋まっている。
「きゃあああ」
シャルロッテが再び絶叫する。
白い壁を構成しているのは人骨だ。足や腕といった大きな骨が丁寧に積み上げられ、その上に頭がい骨が並べられている。白い砂も砕けた骨なのだろう。
「ただの骨だぞ。動いてない」
「ふう。それならそうと言ってよ」
シャルロッテは根っからの戦士。幽霊は怖くても死体にはなんとも思わないらしい。
「これは珍しい魔結晶ですね。小さくて魔力の質も悪いので使い物になりませんが」
フランツが壁に生えた紫色の結晶を手に取る。
魔結晶は魔力が長い時間をかけて結晶化したもので魔導艦や魔導鉄騎など様々な魔道具を動かすために使われる燃料だ。
魔結晶は特定の魔力が集まる場所でしか生成されない。もしかすると死者たちの怨念が魔結晶になったのかもしれない。
奥は暗くてトーチで照らしても見えないが、水の流れる音が聞こえる。
「地下の下水道ともつながっているようですね。一応、地図は持ってきましたが、どこまで当てになるか」
リアが古地図を広げる。
どうやらここは思っていたよりもずっと複雑な地下迷宮らしい。
ヒストリアイを使いたいところだが、あれは上空から見た地図限定で、地下や建物の内部構造を見ることはできない。
「待って。誰かいる」
アリスが足を止める。
「ほら。聞こえる」
「なにも聞こえないけど」
「アリスは耳がいいな」
俺やシャルロッテには聞こえなかったが、曲がり角のほうが明るくなったのは見えた。誰かいる。
「魔王崇拝者集団かもしれません」
リアが抜刀するとシャルロッテは巨斧ディオニュソスを俺も軍刀を構える。
「私とシャルロッテで行きます。後方にも警戒を」
敵に悟られぬようにトーチの明かりを消し、ゆっくりと歩を進める。
角の所に身を隠し、敵が姿を現すのをじっと待つ。
一歩一歩、鎧のこすれる音と共に近づいてくる。足音から敵は複数人だ。
魔導式ライフルが普及したこの時代に、鎧とは珍しい。神器や魔道具で武装しているのかもしれない。
「風の流れが変わった? 誰かいますわ」
いますわ? この声、このしゃべり方。
「先手必勝!」
シャルロッテが大きくディオニュソスを振りかぶる。
「待て。敵じゃない」
「えっ」
間に合わず、シャルロッテのディオニュソスは思いっきり振り下ろされる。
ガキンと金属と金属が激しくぶつかった音が、カタコンベの中で鳴り響く。
「――――っ! なにものですの? ってあなた方は」
ディオニュソスの一撃を槍で受け止めた少女が叫ぶ。
「ミーナ!」
「シャルロッテ!」
お互いを認識した二人は矛を収める。
暗がりから現れたのはやはり、疾風令嬢ヴィルヘルミーナ・フォン・アルベリッヒことミーナだ。
愛用している神器ゼピュロスを神装として身に纏った完全武装の状態だ。
「よく見ればクラウゼ伯、それにリアまで。なぜここに?」
「それはこっちのセリフだ。どうしてミーナ嬢が帝都に?」
「お父様が帝国宰相になられてからは、ヴィントヴァルトの領地はお兄様たちにお任せして、わたくしは長いこと帝都暮らしですわ。ここへはある事件の調査をお父様にお願いされてきましたの」
なるほどてっきり西の領地に住んでいるのかと思ったら帝国宰相である父親に引っ付いて帝都にいたのか。
ミーナとシャルロッテの決闘騒動のことを謝りに来たり、俺とアリスの婚約を祝いに来たり、フレイガルドでルイーゼに会いに来たりと北でもなにかと見かけていたが、まさか帝都から通っていたとは。
しかも、同じ誘拐事件の調査のためにカタコンベで出くわすなんてとんだ偶然だ。
「そちらのお歴々は?」
白銀のフルプレートを着込んだ十数名の偉丈夫。鎧に帝国の紋章である三つ首の龍が描かれているところから予想はつくが。
「調査に同行している銀翼騎士団ですわ」
「お初にお目にかかります。私はテオバルト・フォン・バルツァー。皇帝陛下より皇帝近衛銀翼騎士団、団長を拝命しております」
テオバルトは白銀の兜のバイザーを開ける。
やはり皇帝直属の騎士団だ。帝都の治安を守るのも彼らの役割。やはり誘拐事件の調査に来たようだ。
「ところで貴族の方々がかような場所で一体何を」
テオバルトは俺たちに疑いの目を向ける。
貴族なら帯刀していても問題はないが、夜中に集団墓地をうろついていたら怪しいに決まってる。銀翼騎士団は帝都の中なら貴族でも拘束できる権限を持つ。捕まったりしたら厄介だ。
「いや、起源祭まで暇で、刺激的な観光でも楽しもうかと」
「なるほど。観光……」
テオバルトは納得いっていない様子だ。
「そうですわ。お暇ならば少々、手伝ってくださいまし。クラウゼ伯やリアが加われば、魔王崇拝者集団なぞ、恐れるに足りませんわ」
「ミーナ様。少ししゃべりすぎです。ですが、ミーナ様がそうおっしゃるならばご同行願えますか?」
ぐ、このテオバルトという男、まだ疑っている。ミーナの提案に乗っかって、俺たちをそばに置いて監視するつもりだな。
だが、こちらもカタコンベの調査を続行したい以上、嫌とは言えない。ここはリーダーに判断を仰ごう。
「わかりました。フレイヘルム家の名において調査にご協力しましょう」
リアは二つ返事で了承。
ミーナと銀翼騎士団を仲間に加えてというより、加えさせられてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます