第22話 帝都
帝都ヴァッサルガルト。
神聖エルトリア帝国の首都にして、百万人以上の人々がひしめく大陸最大の都市。
水の都とも呼ばれ、都市は川や運河に囲われ都市内部には網目のように水路が張り巡らされている。
帝都の周囲は現代世界の常識では考えられないほど巨大な石造りの城壁と川を利用した深い水堀。
それがいくつも連なり、まるで満開の花のような多角形の城砦をなしている。
三角形型に突き出た城壁の上にはいくつもの砲が設置され、殺到する敵に正面そして側面と多方向から同時に砲撃できるように緻密に計算されている。
十万の兵をもってしても、この要塞を陸上から攻め落とすことはできないだろう。
千年以上この地にそびえたつ山のごとき城壁は、エルトリアンコンクリートと呼ばれる今は失われた耐久性の高い特殊な建材で建設されており、高いうえに分厚く、破壊力の高い大口径の魔導砲を持ってしても完全な破壊は困難だ。
魔導艦隊で上空から制圧しようとも強力な防空艦隊と城壁の対魔導艦大型魔導砲によって阻まれる。
まさに理想の城だ。
古代エルトリアによって作られたこの城塞都市は千年以上、人々を守り続けてきた。
俺たちの乗る鋼鉄の魔導艦は帝都近郊にある港――港といっても空を飛ぶ魔導艦の港なので海には通じていない――へと鋲を下ろす。
俺たちは魔導艦に別れを告げると帝都に向かうべく意気揚々と馬車に乗り込む。
港には、ほかにも大きな商船や堂々たる帝都防空艦隊が数十隻と停泊している。
馬車の窓からのぞいた巨大な魔導艦の群れは圧巻だ。
「あそこの船はずいぶんと賑やかなようですね」
「何よあれ。あんなに大きいのに、大砲の一つもついていないじゃない」
フランツとシャルロッテの視線の先の魔導艦からは多くの人々が出入りし、大量の荷物が運び込まれたり、持ち出されたりしている。
「あれは商船だな。南部商人たちの船だ。あの一番でかい船はベルクヴェルグ商会のもんだろう」
気候が温暖な南部は寒冷な北部と比較して、農業生産力が高く、他国との貿易も盛んな地域だ。
北部では一部の貴族しか持っていないような巨大な魔導艦を大きな商会がいくつも保有しているなんてことも珍しくはない。
「ベルクヴェルグ? ベルクヴェルグってどこかで聞いたような」
シャルロッテが頭を悩ませる。
「大槌と腕輪の紋章。四大貴族。ベルクヴェルグ公爵家」
「そうそれよ!」
アリスの答えにシャルロッテもピンと来たようだ。
「ベルクヴェルグ公爵は貴族だが、やり手の商売人でもある。一体どれくらい金持ちなんだろうな」
ベルクヴェルグ公爵は南部に大領を持つ、大貴族。フレイヘルム家やアルベリッヒ家と同じく、四大貴族に数えられている。
ベルクヴェルグ公爵領は資源に富み、金鉱山や銀鉱山、魔結晶鉱山などから多くの鉱物資源が採掘され、それを元手に、大陸全土で商売をしている。
ベルクヴェルグ公爵は皇帝を抜いて、帝国一の金持ちだ。
「聞き及んではいましたが、実際に見るとその差を見せつけられますね」
「フレイヘルム家以外にも魔導艦を何十隻も持っているところがあるなんて信じられないわ」
フランツとシャルロッテもちろん俺やアリスも北部からは出たことがない。
聞くのと見るのとでは大違い。まさに井の中の蛙、大海を知らず。
この広大な帝国の中で自分たちがどれだけちっぽけな存在か思い知らされる。
商船の停泊エリアを抜けると次に見えてきたのは軍艦だ。
帝都周辺空域を守る帝都防空艦隊の軍艦だろう。
船体には帝国の旗と同じ三つ首の龍の紋章が描かれている。
帝国は全盛期ほどの力はなく弱体化の一途をたどっているというが、その衰退ぶりを感じさせない威容を誇る大艦隊だ。
フレイヘルム家の最新鋭魔導艦と同じく、一部の魔導艦は装甲に鉄が使われている。
商船は木造船ばかりだったが、こちらはほとんどが装甲艦だ。
船体も俺たちが乗ってきた中型サイズをはるかに上回るビックサイズ。
片側だけで軽く百門以上は大砲がありそうだ。
まさに帝国最強の魔導艦隊。
ただでさえ、難攻不落の帝都の攻略をさらに困難なものにしている。
戦争をするのも嫌だが、できれば帝都で戦うのはごめんこうむりたい。
港に停泊している魔導艦やエルトリアンコンクリート製の巨大な城壁を見物しているとすぐに帝都の正面玄関である正門に到着する。
正門もこれまた巨大であるが、常時開けっぱなし。
昼夜を問わず積み荷を積んだ馬車が行き来しているし、護衛の兵士も常駐している。
帝都は帝国の中央部に位置するから敵が攻め込んでくる心配もないので開けたままでもいいのだろう。
本来は重要な防御施設のはずなのだが、今は観光名所としての役割くらいしかなさそうだ。
リアの乗る先頭の馬車に先導されながら、正門から帝都中央部に位置する皇帝の居城カイザーブルクに通じる石畳の大通りをまっすぐに走っていく。
大通りは石畳で舗装され、馬車での移動は快適だ。
石材やレンガで作られた建物は木造がメインのクラウゼ伯領とは違い背が高く作りもがっしりとしている。
フレイガルドは洗練された最先端の町という感じだったが、帝都は古き良き重厚な街並みだ。
帝都の内部は大きく分けて三つに分かれている。
正門を抜けて最初に入るのは平民街。
平民たちの住む住宅街や商品が取引される大きな市場、さらには錬金術師たちが集まる錬金通りなどが軒を連ねる一番大きなエリアだ。
もちろん夜の街もある。
北部で一番の大都市フレイガルドも活気にあふれていたが、帝都に敵わない。
大通りには多種多様な大陸中の商品を扱う商店が軒を連ね、遠方の客を泊めるための宿泊施設も充実している。
シャルロッテは露店で売っている豪快な串焼き肉や砂糖とドライフルーツをこれでもかと使った甘ったるそうな焼き菓子などにくぎ付けだ。いい匂いが馬車の中まで漂ってくる。
賑やかな平民街を抜けて城壁をもう一つ越えると一転落ち着いた雰囲気のエリアに入る。
貴族や大商人の大きな屋敷がひしめく貴族街だ。
富裕層向けの店も充実している。
基本的にはカイザーブルクで勤務している宮廷貴族たちの屋敷が多いが、南部など離れた地域に領地を持つ大貴族が、帝都での拠点として屋敷を構えていることもある。
そんな貴族街でも異彩を放つ屋敷が四つ。
四大貴族の屋敷だ。
城壁を挟んで皇帝の住まいであるカイザーブルクを四方から囲むように居を構えている。
ほかの貴族屋敷に比べてひときわ豪華であったり、出身地の建築法や伝統を生かした個性的な屋敷であったりと個性的だ。
その中でも比較的こじんまりした屋敷の前で馬車列が止まる。
「みなさま。フレイヘルム家の屋敷へようこそ」
馬車から降りると先についていたリアとたくさんの使用人、護衛の兵士たちに出迎えられる。
質実剛健のルイーゼだけあって、屋敷は機能性だけを追求したような四大貴族とは思えない質素なつくりだが、ケチというわけではなく、護衛の兵士も使用人の数もしっかりと揃っている。
さすがは四大貴族。財政規模が、うちとは比較にならない。
俺たちなんて突然、帝都行きが決まったせいで宿もない。
くたくたの体を引きずりながら、屋敷に入ると休む間もなく会議が始まる。
「さて、帝都で多発している誘拐事件についてですが、帝都に常駐している人員だけでは人手が足りず、遅々として調査は進んでおりません」
リアが淡々とした口調で説明すると横にいたフレイヘルムの兵士らしき男が、申し訳なさそうに口を開く。
「はい。わかっていることは誘拐された人間の多くが城壁の外にあるスラム街の住民であること。しかもその全員が成人に満たぬ若い子供であること。これだけです。スラム街はもともと人身売買のための人さらいが横行していたので正確な数までは我々の方では把握できておりませんが増加傾向にあることは確かです」
彼はどうやらかなり優秀な密偵らしい。
ヒストリアイで見てもそのステータスは一般兵士に比べて抜きんでている。
しがない連絡用の兵士だ、などとうそぶいていたが、ステータスを見れば、一撃で上位の兵士だとわかる。
彼が調べた方が事が速く進みそうだが、帝都は広く、ほかの諜報活動で手一杯なのだろう。
フレイヘルム家は粛清の影響で常に人手不足だ。
だからこそ俺に白羽の矢が立ってしまったわけだが。
「手掛かりはそれだけか。なら地道にやるしかないな」
「帝都に来たのも初めてですからね。少しは帝都を見て回った方がよろしいかと」
フランツの言う通り、ここは勝手知ったる北部じゃない。
田舎暮らしの俺たちでは都会では戸惑うことも多いだろう。
「ならば市場に行かれるのがよろしいでしょう。あそこは帝都で一番活気があって、情報も集まりやすいですから」
「そうだな。まずは市場に行くとするか」
ここは帝都で諜報活動に従事するプロに意見に従うとしよう。
事件を調べるなんて刑事ドラマじみたことはやったことがないしな。
まあ、ヒストリアイを使えば、露骨に怪しい奴はすぐに見抜ける。
「その前に、まずは滞在先に荷物を置いてきた方がよろしいでしょう」
リアが言う。
「滞在先? ここじゃないのか」
「貴族というものはメンツを気にするものです。そして、ここ帝都は貴族が最も多く集まる場所。ルイーゼ様には敵も多い。婚姻関係にあり、帝国諸侯でもあるクラウゼ家が居候では外聞がよろしくありません」
貧乏なのに家格だけ地味に高いと厄介なものだ。
代々の当主もさぞ苦労したことだろう。
俺のこちらの世界の両親すなわち、クルトの両親もいろいろと金銭面で苦労したがゆえに、その命を落としてしまった。
「前もって言っておくが、金はないぞ」
「期待しておりませんのでご心配なく。こちらですでに用意してありません」
リアの微笑が心に刺さる。
いつも鉄仮面の少女が見せる笑顔がこれほどの破壊力を持つとは。
強く生きろ。クルト。ないものはない。しようがないじゃないか。
「さあ、行ってらっしゃいませ。日が暮れてしまいます」
俺たちは休みなく再び馬車にぶち込まれると貴族街の外れに向かった。
「リアに渡された住所だとこのあたりのはずだが」
「ここに住むの?」
帝都行をなんだかんだで楽しみにしていたシャルロッテは絶望感からか、荷物を取り落とす。
俺たちの目の前にあるのはレンガ造りの古びた屋敷。
領地の屋敷よりは広く庭付きだが、長年放置されていたのか、門の鉄格子はさび付き、崩れ、壁は薄汚れていて屋敷中にツタが張っている。庭も荒れ放題だ。
これならまだ居候でもしていた方がメンツが保てそうなものだが。
もしかすると俺たちに対するパワハラか?
「幽霊屋敷」
嬉しそうな顔をしたアリスの一言にしっくりくる。
夕暮れ時も相まってまさに幽霊屋敷そのものだ。
「ちょ、ちょっと変なこと言わないでよ。ひっ」
「シャルロッテの怖がり」
物音に驚いたシャルロッテがアリスにしがみつく。
「怖がってなんかないわ。アンデッドでもなんでもぶった切れば同じよ」
物騒な物言いとは裏腹にシャルロッテの足は小刻みに震えている。
「ここに起源祭が終わるまで住むとなると少々厳しいでしょうね」
フランツが鉄格子の扉に手をかけるとばらばらに砕けてしまう。
「掃除のしがいがありそうですね。ここは私たちにお任せください。すぐに取り掛かります」
荷物から掃除道具を引っ張り出してきたペトラと従者たちが手ぬぐいを頭に巻き、腕をまくる。
まるで戦場に向かう騎士たちのような気迫をまとっている。
領内一の豪傑、シャルロッテや秀才フランツも臆した敵相手に一歩も引いていない。
頼もしいかぎりだ。
「クルト。やろう」
「そうだな。俺たちもやるか」
アリスからほうきを受け取る。
「よろしいのですか。クルト様」
「いいんだ。ペトラ。みんなでやった方が早く終わるだろう。指揮は任せたぞ」
「はい! やるからには徹底的にやりますよ」
「雑草の伐採は私に任せなさい」
「壁のツタは私が焼き払いましょう」
シャルロッテは巨斧ディオニュソスをフランツは魔法陣を構える。
「よろしいですか。みなさん。それでは全軍突撃!」
ペトラは勢いよくはたきを振り下ろした。
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