第21話 船旅

 まさか本当に来ることになるとは……。

 

 帝都に行け。

 

 その一声で俺たちは蒼天を走る魔導艦の上にいる。

 

「暇ね……もうこの景色も見飽きたわ」

 

 シャルロッテがだらしなく木製の手すりに顔を乗せる。

 

「暇だな。もう帝都が見えてきてもおかしくはないんだが」

 

 魔導艦が飛び立ってからすでに三日。

 この空の旅はとにかく暇だ。

 最初は空飛ぶ船に大興奮したが、それも数時間も過ぎれば新鮮さを失った。

 

 巨大な雲海やどこまでも広がる地平線にも感動したが、時が経てば、代わり映えの景色となり、心を蝕む。

 楽園の孤島だった魔導艦は絶海の監獄へと早変わりだ。

 

 やることがないので船室にこもっていても先行き不透明な将来のことばかり考えて鬱屈とした気分になるばかり。

 気分を変えようと甲板に出て、どこまでも広がる雲の海を眺めて呆けていると俺と同じように船旅に飽きた連中がぞろぞろと出てきて同じように横に並ぶ。

 

 先客であったフランツは青白い顔をしたままずっと虚空を見つめていた。ひどい船酔いなのだろう。

 

「アリス。やっぱり屋敷にいた方がよかったんじゃないか」

「クルトがいる方が好き」

 

 アリスは飽きもせずに俺のそばにいて離れない。

 

 あまり口数が多い方ではないし、話しかけても話がすぐに終わってしまうので俺としては気まずいが、アリスは満足しているようだ。

 

 まだ子供のアリスは危険かとも思ったが、一番に準備をして魔導艦に居座っていたので連れてきてしまった。

 

 実際、アリスは俺よりも強い。正直、戦力としてはかなりあてにしてしまっている。不甲斐ない話だが、我が家はそれほど深刻な人手不足だ。

 

「ずっといちゃつかれていると怒る気力もなくなるわ」

 

 いつものならアリスに食って掛かるシャルロッテも無気力な表情だ。

 

 せめてもう少し時間があれば、暇つぶしのアイテムを持ってきたというのに。

 あの時はリアににらまれて、必要最低限の荷物と一緒に急いで魔導艦に転がり込んだから、ろくなものを持ってきていない。

 

 一緒に帝都に向かうことになったフランツ、シャルロッテ、アリスそしてペトラたち従者と護衛の兵士たちも同じく暇を持て余している。

 兵士たちと共に魔導鉄騎の訓練ため残ったギュンターをうらやましく思う。

 

 さらに心残りなのは、領地の管理を任せたシャルロッテの兄ハンスやヴォル爺だ。

 ルイーゼの意向に逆らえない以上、何とかしてもらうしかない。

 

 まあ、一番何とかしなけりゃならないのは俺たち帝都組だ。

 時期といい、場所といい、とてつもなく嫌な予感がする。

 

 帝都は神聖エルトリア帝国で最も大きな都市で人口は百万人を超える。

 度重なる戦争により、スラム街が拡大し、治安が悪化傾向にあるらしいが、それでも帝国で一番の都会だ。

 本来なら楽しい観光客気分で行けたのだろうが、そうもいかない。

 

 貧弱な皇帝ヘルマン、東方で拡大を続けるティナ・レア・シルウィア率いる正統エルトリア、周辺諸国を侵略しているドラガ率いる南の遊牧騎龍民族。

 あまりにも条件がそろいすぎている。

 

 FUが今作もセオリー通りなら四年に一度の帝国起源祭で何かひと悶着あるに違いない。

 それが他国による軍事侵攻なのか、はたまた、内乱の始まりなのかはわからないが。

 

 北の大地から遠く離れた帝都ではフレイヘルム家といえども好き勝手することはできない。簡単に助けてはもらえないだろう。

 俺たちはまさに飛んで火にいる夏の虫だ。

 

「そういえば、帝国起源祭って何するの。私、帝都に行くのは初めてだから」

 

 シャルロッテが言う。

 話の種は尽きたかと思っていたが、一番重要なことを話していなかった。

 

「起源祭は四年に一度開かれるロムルス・レクスの生誕を祝う祭りだ」

「ロムルス・レクスってあの建国帝って呼ばれてる?」

「そう。エルトリア帝国の初代皇帝だ」

 

 建国帝ロムルス・レクス。千六百年以上前にエルトリア帝国を作ったといわれる英雄。

人類と魔物がまだ覇権をかけて争っていたころ、その戦いを勝利に導いて国を作り、初代皇帝となったと語り継がれている。

 

 そのため民衆から王侯貴族に至るまでその名声は鳴り響いており、後継者たる神聖エルトリア皇帝の権威も並々ならぬものだ。

 

「この国ってそんなに古くからあるのね」

 

 シャルロッテが感慨深そうに腕を組んでうなずく。

 

「嘘よ」

 

 アリスが言う。

 

「この国の皇帝はロムルス・レクスの血なんて引いてない。ただ名乗っているだけ。この国が神聖エルトリアと呼ばれるようになったのもたった三百年前」

「え? そうなの」

「どこでその話を」

 

 アリスの言っていることは事実だが、その事実を知るものは少ない。なにせ本物のエルトリア帝国は千年も昔に滅び去り、古い文献もあまり出てきていない。口伝で伝えられてきたことだけが今も残っている。

 

 神聖エルトリア帝国はのちにその歴史を学者たちにでっち上げさせて強固な支配体制を確立した。

 しかし、この国に生きるものでそのことを知ることはない。ひた隠しにされてきたからだ。

 だからこそ、そのアイデンティティを根底から破壊しかねない正統エルトリアのティナはこの国にとって脅威だ。

 

 俺もそういう設定があると前の席会で見ただけで、この世界で確たる証拠を見つけたことはない。

 

「ルイーゼに聞いたの。あの人はいつも言ってた。歴史は勝者が作るものだって」

「え。じゃ、じゃあ。錬金帝バテルやカール大帝とシャルロット姫のお話も全部……」

 

 シャルロッテは動揺して頭を抱える。

 錬金帝バテルにカール大帝、シャルロット姫。

 みな、この世界ではありふれたおとぎ話の登場人物だ。

 

 特にシャルロット姫はシャルロッテの名前の由来でもある。

 

「嘘っていうのは言い過ぎだ。全部が全部本当とは限らないけど、カール大帝やシャルロット姫だっていたことは確か……なはずだ」

 

 考えすぎて目を回しているシャルロッテをなだめる。

 

「アリスも人前でそんな話、するんじゃないぞ。特に帝都ではな」

「私は言ってない。ルイーゼが言っただけ」

 

 アリスはぷいと顔をそむけてしまう。

 ルイーゼは新しい秩序を築くと豪語していただけに、古い秩序を嫌うのだろう。

 だが、帝都でそんな話をすれば、名門貴族たちに目の敵に会う。

 

 貴族は自分の高貴な血統を理由に支配を正当化している。

 語り継がれてきた伝説に出てくる英雄たちを自分の祖先として家系図にねじ込んでいる場合が多い。

 そこでそれは嘘だと声を大にしていえば、睨まれること間違いなしだ。

 

「話はそれたが、祭りはおもしろいらしいぞ。帝都のでかい闘技場で大会が開かれたり、うまいものがいっぱい出る晩餐会だってある。だから元気出せ」

「おいしいものがいっぱい」

 

 シャルロッテは口に手を当て、晩餐会の豪華な料理や出店で売っている豪快な料理を想像したのか恍惚の表情。

 古臭い昔話のことなど忘れて元気を取り戻す。

 

「んん。わ、私はあくまでもクルトの護衛よ。ただ主人が毒に当たらないように毒見をするだけ」

 

 シャルロッテは咳払いをすると指輪に手を添えて背筋を伸ばす。

 

「なら私はクルトとおなか一杯ご飯を食べる」


 アリスがいたずらっ子の笑みを浮かべながら、俺に抱き着いてくる。

 

「ずるい!」

 

 怒ったシャルロッテがアリスを追い掛け回す。

 俺も目一杯食わせてやりたいところだが、二人とも尋常でない食事量だからな。

 帝都は物価が高そうなのでほどほどにしてほしい。

 

「ご歓談中のところ申し訳ありません」

 

 ひどく不機嫌そうな表情をした紺碧の少女が現れ、平和な時間の終わりを告げる。

 常に姿勢を崩さず鉄仮面とまで呼ばれる真面目なリアも、さすがにこの船旅に参っているらしい。

 

「そろそろ。帝都での目的について話しておこうかと思いまして」

 

 とリアが言う。


「そういえば、まだ聞いていなかったな」


 急遽決定した帝都行きだが、まさかルイーゼの気まぐれというわけでもあるまい。

 なにか、ろくでもない意図があるはずだ。


「近頃、帝都でまことしやかに囁かれている噂をご存じですか」

「噂?」

「神隠しですよ。なんでも夜な夜なスラム街の住人が、ひとり、またひとりと消えていくのだとか。それも若い子供ばかり」

「誘拐事件か」

「まあ、あまり貴族の間では話題になっていませんが。宮仕えの貴族どもからしたらスラム街の人間が消えようともあまり関係ないのでしょう」


 まっすぐと何事にも動じることのない瑠璃色の瞳が、冷たく光る。


「それはひどい話だが、いったい誰がそんなことを」

「誘拐事件の犯人が何者なのかどういう意図を持っているのかを調べていただきたいのです」


 ここはゲームの世界に似ているとはいえ、現実世界。

 ゲームでは描写されることもなかった一般市民や兵士たちが俺の元居た世界と同じように普通に暮らしている。


 人間社会があれば、凶悪な犯罪が起きることも珍しくはないだろう。

 ただルイーゼが調べるようにといったからにはストーリーに絡む厄介ごとであるに違いない。


「なるほど。それで俺たちを一足先に帝都に。しかし、フレイヘルム家ならばそれなりの数の優秀な密偵を帝都に放っているのでは」

「……よくご存じですね。さすがルイーゼ様もお認めになった情報収集能力です」

 

 リアの言葉に霊気がまとわりつくのを感じる。

 しまった。藪蛇だったか。

 FUでは開始直後から密偵を放つのが定石だったから、ついうっかりと口を滑らしてしまった。


「い、いや。これは別に知っていたわけじゃないぞ。大貴族ならば密偵の一人や二人各地に放っていてもおかしくないという憶測のもとで」

「ルイーゼ様は婿殿ならいい成果を上げるだろうとおっしゃられておりました。私もできる限りお力添えをさせていただきます。それでは」


 リアはあたふたする俺には目もくれず、船室へと踵を返してしまった。

 結局、なぜルイーゼが帝都での誘拐事件に興味を持ったのかまだ判然としないが、調べていけばわかるだろう。

 

 俺にはヒストリアイがある。

 一目見れば、その人間の名前やステータスが丸わかりだ。

 この力を使えば、犯人もすぐに見つかるだろう。

 

「ク、クルト様。見えましたよ」

 

 血の気が引いて真っ青な顔になったフランツが息を吹き返す。

 帝国の中心部、帝都ヴァッサルガルトが見えてきた。

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