第20話 一枚の手紙

「すまん。御屋形様。どうしても二人が魔導鉄騎を見たいというもんで」

「ちょっとアリス。私たちを置いていくなんて。あんたって子は」

「早くクルトに会いたかったから」

 

 アリスはさっきのことなど素知らぬ顔で、その細い腕を俺の右腕に絡ませて、ひしと抱き着いてくる。

 

「ななな! 人前でいちゃつくなんてはしたないわ!」

 

 赤面したシャルロッテが、手で目を覆う。

 シャルロッテは武闘派ではあるが、貴族の令嬢、箱入り娘だ。異性のなんたるかには疎く免疫力がない。

 

 シャルロッテとアリスはいつも小さなことで喧嘩している。

 実際には大人げないシャルロッテをアリスがおちょくっているだけだが……。


「ルイーゼとメリーはもっとすごい。フレイガルドの屋敷で……」

 

 アリスがごにょごにょと何か耳元でつぶやく。

 

「お、女の子同士でなんて、そんなこと……うう」

 

 さらに茹で上がったシャルロッテは口もきけなくなり硬直してしまう。


「こら、アリス。あんまりシャルロッテに変ことを吹き込むな。俺が、親父さんに叱られてしまう」

「成人したんだからこれくらいは一般常識」

 

 本当に常識的なことだろうか。

 とんでもないフレイヘルム家の裏話を話していた気がする。

 もしかすると交渉のカードに使えるかもわからない。

 

「……アリス。フレイヘルム公とメリーがどうしたんだ」


 断じて個人的興味で、人のプライバシーに立ち入ろうとしているわけではない。

 これは、そう、戦略上重要なことだ。人には言えない秘密は特に外交の場で大いに役に立つ……はずだ。

 

「それはね……」

「御屋形様。先方が到着したみたいですぜ」

 

 アリスが言おうとしたところで邪魔が入る。

 ギュンターが指さす方向を見ると一隻の魔導艦が浮いている。


「炎華の紋章。フレイヘルム家の魔導艦で間違いありません」

「おお、ついに来たか」

 

 アリスの小話はおしいが、頭の中は魔導鉄騎のことでいっぱいになる。

 魔導鉄騎。戦場の主役。巨大な大鎧。ロマンの塊のような主力兵器。

 心が躍る。

 導入に大反対していたフランツですら浮足立っている。

 

「男ってどうしてああなのかしら」

「浮気者」

 

 シャルロッテとアリスは冷たいまなざしで興奮状態の俺たちを見る。

 本来ならば立ち直れないほどの心の傷を負うところだが、魔導鉄騎への情熱がすべてを焼き消した。


 鋼鉄の装甲をその身に纏った魔導艦がその巨体をゆっくりと地面に降ろす。

 後部のハッチが開いて、貨物室から旧型の魔導鉄騎が降ろされる。

 

 購入した魔導鉄騎は全部で三機。

 フレイヘルム家の家風を示すかのように無骨だが実用性が追及された無駄のないデザインだ。

 

「おお、これはいいな。最高だ」

 

 興奮を隠しきれずに魔導鉄騎をべたべたと触る。

 

「いい買い物をしたと思えてきそうです」

「戦場では恐ろしい相手だったが、味方となると頼もしいな」


 フランツやギュンターも勇壮な魔導鉄騎の姿を見上げる。

 

「どれくらい強いのかしら」

 

 シャルロッテは目を輝かせる。

 魔導鉄騎自体には興味がないのだろうが、強い相手にはかなり興味があるらしい。

 神器ディオニュソスの暴走事件から、闘争本能に目覚めたシャルロッテはいつも戦う相手を求めている。

 

「どうやら気に入っていただけたようですね」

 

 白い軍服を着た少女が魔導艦から黒衣の兵士を引き連れて降りてくる。

 フレイヘルム家の家臣リア・フォン・シュネーだ。

 クラウゼ伯領には外交官として毎度のごとく来ている。

 

「旧型機ではありますが、時代遅れの貴族どもが使う屑鉄よりは数段まし。ルイーゼ様に感謝してください」

 

 相変わらずの毒舌だが、意外にも社交的でクラウゼ家の面々とは交流を重ねている。

 特にシャルロッテとは良き稽古相手としてよく剣を合わせている。

 

「もう大満足だ。フレイヘルム公には感謝していますと伝えておいてくれ」

「そうしたいのはやまやまですが、当分、不可能でしょう。自分の口でおっしゃられるのがよろしいかと」

「フレイガルドには帰らないのか?」

「ええ、もうじき帝都で帝国起源祭が開催されるのはご存じですね」

「もちろん。俺も帝国諸侯だからな。でも、まだ数か月は先の話だぞ」

 

 帝国起源祭。

 帝都ヴァッサルガルトで開かれる四年に一度の祭典。

 神聖エルトリア帝国にとっては最も重要で格調高い伝統ある行事で、皇帝や帝国諸侯必ず出席する。

 

 祭りはあたたかい時期に数か月にわたって行われる。 

 地球の北半球と同じ季節感のこの国では二月の今、北部では深い雪が降り、旅には向いていない。

 出発するには少し早い気もする。

 

「こちらはルイーゼ様よりお預かりした書状です」

 

 リアから巻物を受け取る。

 麻や綿のぼろきれで作られたざらついた紙が巻かれて炎華の紋章の封蝋が施されている。

 

 ルイーゼとはリアを通じて口頭でやり取りすることが多い。

 各種細かい書類はフランツやフレイヘルム家の文官の間でやり取りされているので本人から直接、手紙が届くことは珍しい。

 

 ラブレターではなさそうだ。だとしたら、さぞ重要でろくでもないことが書かれているに違いない。

 ナイフで丁寧に封を切り、恐る恐る広げて中身を見る。

 

 『いますぐ帝都に行け』

 

 きれいな字で、そう一言だけ大書されていた。

 

「では、まいりましょうか」

 

 リアが俺に向かって手を差し出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう行くのか」

「いくらなんでも急すぎるのでは」

 

 フランツも俺から手渡された書状を見て、動揺する。

 

「……いますぐにと書かれていると思いますが」

 

 リアは何を当たり前のことを言っているのだろうと言いたげなキョトンとした顔だ。

 この忠実で素直な少女のことだ。真面目に言っているのだろう。

 

「一体、帝都に行って何をするつもりだ」

「詳細は旅の途中でご説明します」

 

 リアはその群青色の目で俺をにらみつけると

 

「行っていただけますね」

 

 といった。

 

 いくら仲良くなったとはいえ、所詮俺は弱小領主にすぎない。

 ルイーゼから見れば取るに足らない小間使いのようなものだ。

 

 俺たちにできることはただ一つ。

 黙って従うことだけだ。

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