第二章 帝都狂騒曲

第19話 領地改革

 帝国歴1656年2月。

 

 この世界で初めて見た景色と同じく、世界は真っ白に雪化粧されている。


俺がクルト・フォン・クラウゼとして『FantasyUniversalisⅤ』、通称FU5の世界にやってきてから一年、再び北の大地は厳しい冬に支配されている。

 

 変わらぬ自然の移ろいとは真逆に、俺を取り巻く状況は一変した。


 迫りくる大戦争を何とか生き残るためにFU5の主要キャラにして、帝国四大公爵の一人、フレイヘルム公ルイーゼの養子アリスと婚約した。

 

 婚姻による実質的な同盟状態。

 表向きにはそうなっているが、その内実はほとんど全面的な臣従だ。それでもフレイヘルム家と親戚同士になれたのは当初予定していたよりも大きな成果と言える。

 

 帝国法では帝国諸侯同士の軍事的同盟は禁止されているから、当初の計画ではうまくいっても口約束だけになるはずだった。しかし、婚約となれば話は別だ。信頼できる証がある。

 

 同い年でしかも十五歳のルイーゼが俺の義理の母親とは何とも奇妙なものだが、これで領地の安全が買えるなら安いものだ。

 

 アリスとの婚約が決まった直後から村は大きく変わった。

 まず、フレイヘルム公爵領の中心地フレイガルドからクラウゼ伯領まで石畳の道路が敷かれることになった。驚異的なスピードで工事が進み、あと数か月で完成予定だ。

 

 魔法や錬金術といったこの世界特有の技術は地球の発展した高度に発展した科学技術を時に凌駕する。

 魔法は地球でも長い年月を要する巨大な土木建築プロジェクトも瞬く間に完成させてしまう威力を持つ。

 空を飛ぶ帆船もパワードスーツじみた鋼鉄の鎧も現代の技術で再現することは難しいだろう。

 

 もっとも魔法や錬金術も万能というわけではない。

 魔法や錬金術は体系的な学問にはまだなりえていないし、その仕組みも詳細にわかっているわけではない。

 

 その錬金術と魔法という技術をしっかりと研究しているからこそ、フレイヘルム家は強大な力を持つのだが、それでもまだ魔導士や錬金術師個人の力量に大きく左右されてしまう。

 

 また地球に劣る分野も多くある。例えばインターネットはない。人工衛星で遠い空からこの星を見下ろすこともない。

 魔導艦を持ちながらも様々な制約から測量技術は未発達。

 ゆえに俺がヒストリアイを用いて作る精密な地図は値千金だ。

 寝る間を惜しんで書き写した数十枚の地図もいずれ使う日が来るだろう。  

 

 話がそれたが、道路の建設と時を同じくして、フレイヘルム家から結婚の前祝いとして牛や豚、鶏が送られてきた。

 ルイーゼはクラウゼ伯領の特産品であるチーズを気に入ったらしく、クラウゼ伯領での畜産の振興に協力してくれた。おかげで牧場や牛舎は拡張されて生産量は飛躍的に増大した。

 

 さらにフレイヘルム家からゴーレム――単純作業ができる土くれの自動人形――を借りて農地を拡張し、提供してもらった寒さに強い品種の作物の栽培も始めた。

 実際に利益となるのは数年先だろうが、フレイヘルムとの取引が拡大していけば、村は確実に豊かになる。

 

 とはいってもここはFU5の世界、修羅の世界だ。もうすぐ大戦争が引き起こされるだろう。

 遠い将来に向けた投資ももちろん重要だが、スピーディで分かりやすい国力増強も必要だ。

 このわずかな時間で少しでも国力を増強するために俺やフランツを筆頭にみんな寸暇を惜しんで働いている。

 

 今日も朝から働き詰め。

 俺とフランツは村はずれにある空き地で雪かきをしながら、たまに空を見上げていた。

 フレイヘルム家から買い上げた魔導鉄騎の納入を待つためだ。

 この村はずれの空き地は普段は兵士の訓練場になっているが、晴れた日には魔導艦の臨時発着場としても使える。

 

「どうした。フランツ。浮かない顔をして」

 

 いつも青白い顔をしているフランツだが、最近どうも様子がおかしい。

 

「疲れているなら休んだ方がいいぞ。最近、根を詰めすぎているからな。フランツに倒れられたら困るぞ」

「いえ、これくらいの仕事量で音を上げたりはしません。ただ不安なのです」

「不安?」

「はい。少々、フレイヘルム公に頼りすぎているのではと」

 

 確かにクラウゼ伯領で行われている道路の工事や畜産の拡充、さらにはフレイヘルムから派遣されてきた技術者による農業の指導などその費用すべてをフレイヘルム家の資本に頼っている。

 

「確かに俺たちはフレイヘルムからの借金漬けだ。でも金を借りてでも領内を豊かにすれば、村のみんなの暮らしはもっと楽になるし、借金だっていずれ返せるようになるさ」

「それはわかります。ですが、魔導鉄騎の購入は領内を豊かにするでしょうか。旧式を安く譲ってもらうとはいえ、かなりの出費です。またフレイヘルム家に借金をすることになります。せめて事前に相談をしていただければ嬉しかったのですが」

 

 フランツは静かな口調だが、言葉の端々に怒りを感じる。

 

 魔導鉄騎はルイーゼに話を持ち掛けられたとき即断即決で購入してしまった。 

 魔導鉄騎は神器と同じくらい重要な兵器だ。

 

 たとえ旧式だとしても、あるとないとでは戦力に大きな差が出てくる。

 来るべき戦いに備えて少しでも軍事力を強化したかった。

 

 本来ならば領主が独断専行で決めても咎められることはない。だが、今までフランツとは二人三脚でやってきた。突然ないがしろされれば怒るのが人情というものだ。


「相談しなかったことは悪いと思っている。でもわかってくれ。もう時間がないんだ」

 

 領地を守るためには少しでも強い軍隊が必要だ。

 仲間になったルイーゼが最終的な勝利者になったとしても俺の領地が焼け野原にされてしまっては意味がない。

 フレイヘルム家への借金というリスクを冒してでも戦火から領地を守るため軍備拡張する意味がある。

 

「いつかは戦になることもあるでしょう。備えるのが悪いこととは言いません。にしてもいささかことを急ぎすぎでは。クルト様は何を焦っておいでなのですか。まるで明日にでも戦が起こるかのような」

「……それは」

「……申し訳ありません。差し出がましいことを申しました」


 フランツが言葉に詰まった俺に何かを察したのか頭を下げる。

 

 いや、悪いのは完全に俺だ。フランツの言うことは正論だろう。

 金食い虫の軍隊を拡充するよりもまずは主な収入源たる農業生産力を上げ、産業を育て、余力ができてから軍備を拡張と段階を踏むのがいい国づくりの鉄則だ。

 

 それはゲームだろうが、現実世界だろうが、関係ない。

 でも、クラウゼ伯領はかなり小規模なのですぐそこまで来ている大戦争を生き残るには悠長に物事進めいる暇も余裕もない。賭けに出るしか生き残る道はない。

 

 フランツからすれば不可解な話だ。

 いくら帝国が不安定な状態にあるとはいえ、もう三十年近く大きな戦争は起きていない。

 小領主の身の丈に合わない軍備拡張は咎められて当然というものだ。

 

 だが、俺はこの領地がすぐさま戦火に脅かされることを知っている。正攻法に頼っている時間がないほどに。

 俺がみんなに半年か一年かそこらで破滅的な戦争を勃発すると説いてもきっと信じてはもらえないだろう。

 状況証拠はあるがどれも可能性の話で決定打にはなりえない。 

 ましてやここはゲームに似た世界でゲームの進行上そうなるなんてこの世界の住人からすれば、あまりにも馬鹿げている話だ。

  

「どうしたの?」

 

 険悪な雰囲気の中にかわいらしい声が響く。


「ア、アリスじゃないか。どうしたんだ」

 

 音もなく背後に現れたアリスがその蒼い瞳で俺を見つめる。


「クルトがここにいるって。だから来た」

「ギュンターとシャルロッテとの訓練はいいのか」

「クルトといる方が好き」

「そ、そうか……」

 

 幼いアリスが時折見せる妖艶な表情には毎回惑わされる。

 年長者としては稽古をさぼったことを怒るべきなのか直球の好意に喜んでいいのか。

 いつも反応に困り窮してしまう。

 

 アリスはわからないことだらけだ。

 すでに滅んでしまったヴンターラント家の生き残りでルイーゼの養子。金髪碧眼の少女。

 わかっていることはそれだけ。

 ルイーゼにも尋ねてみたが。ヴンダーラント家がどのような家柄でアリスとその家族に何があったのかも教えてもらえない。

 アリスがどんな思いでここにいるのか。言葉通りに素直に受け取っていいのか俺にはわからない。

 

 婚約者となり、屋敷で一緒に暮らすようになってからアリスはずいぶんここでの生活でに慣れてきたように思う。

 もっとも本人はあまり自分の境遇にあまり興味はなさそうだったが。

 

 一方、俺はまだ戸惑い気味だ。

 アリスは子供。

 地球での倫理観に引っ張られて、結婚するということをいまだに受け入れられていない。

 

 アリスの意思を最大限に尊重したいというのが本心であるが、戦略上は婚約を破棄できないというジレンマに苦しめられている。

 

 とにかく、いままで辛い目に合ってきたアリスには幸せになってほしい。そう願っている。

 

「クルトは怖がってる。フランツも。ルイーゼと一緒。いつも見えない何かに怯えてる」

「俺が怯えてる?」

 

 そりゃそうだろう。

 破局的な大戦争が起きてみんなを失ってしまうことが恐ろしい。死ぬことが恐ろしい。

 だが、それはいけない感情だろうか。人間だったら持っていて当然の感情だ。あのルイーゼだってそう。

 だが、言い表せない恐怖心と焦りをアリスに見破られてしまうようでは俺も領主失格だ。

 

「大丈夫。私はクラウゼ家のアリス。ヴンターラント家のアリスでもなければ、フレイヘルム家のアリスでもない」

  

 この謎めいた少女は時たま意味深なことをいう。

 

「いえ、アリス様。そのようなことは……」

 

 フランツの額に冷や汗が滴る。

 

 アリスに初めて会った時、クラウゼ家のだれもが、ちょっとおませだが、普通の子供くらいにしか考えていなかった。

 ステータスもごく平凡。統治、軍事、武勇、智謀、魔法どれをとっても見るべきところはなかった。

 ところがそのステータスが、この一年間で急激に伸びた。

 

 武勇や魔法に関してはすでにSランク、ほかのステータスもすべてAランクだ。

 ステータスは成長していくが、経験値を大量に取得できる戦が頻発していないこの状況でここまで伸びがいいのはアリスの才能だろう。

 

 アリスの開花した才能にはステータスを見ることができないフランツ達でも気がついていた。

 フランツはアリスの豊かすぎる才能を憂いていた。

 何らかの目的をもってクラウゼ家に嫁がされたのではないかと。

 

 子供相手に馬鹿なことをと思うが、ルイーゼはアリスと同じ年のころ軍を率いて反旗を翻した叔父を討ち取った。

 フランツはフレイヘルム家と裏のやり取りがあるのではないかと調査したが何も出てこず、アリスへの疑いはそれっきり。

 

 そもそもクラウゼ家のような影響力を持たない小領主に足して陰謀を働くなどありえない話だ。

 くだらない疑念はフレイヘルム家とクラウゼ家両家の未来のためにきれいに忘れたはずだった。

 しかし、フランツの心のどこかに残っていた不信感をアリスは見抜いている。


「御屋形様」

「ギュンター来たか。シャルロッテも一緒か」

 

 アリスに遅れてギュンターとシャルロッテが現れる。

 まさに救世主。微妙な空気から俺たちを解放してくれる。

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