第18話 鉄血令嬢と死神メイド

 クルトたちとの会見を終えた後、ルイーゼはすぐに執務室へと戻り、書類仕事に精を出していた。

 呼び出されたメリーとリアはルイーゼがひと段落するまで静かに待っている。

 

「リア、そしてメリー此度はよくやった」

 

 ルイーゼはペンを置くと上機嫌でメリーとリアをほめたたえる。

 

「ありがたき幸せ」


 リアは瑠璃色の瞳を輝かせながら、跪いた。

 彼女は自分のことよりもお姉さまと慕うメリーが褒められたことに喜びを覚えている。


 新秩序の建設に向けてまずは神聖エルトリア帝国を打倒するため、着々と準備を進めていたルイーゼはリアに北部諸侯たちを隈なく調べさせていた。

 帝都ヴァッサルガルトへの通り道、誰が味方になり、誰が障害となるかをチェックするためだ。

 ルイーゼが目をつけた危険な諸侯や有望な諸侯の中にクラウゼ伯クルトはいた。

 

 由緒ある家ではあるらしいが、特に見るべきところもないクラウゼ伯を誰も気にとめなかったが、その人となりをリアから聞いていたルイーゼだけは彼に注目していた。そして自らの成人祝いのパーティの招待状を送る数か月も前からリアを筆頭とする部隊に監視と情報収集を行わせていたのだ。

 

「いえ、与えられた任務を遂行したまでです」

 

 もう一人の功労者であるメリーは控えめに頭を下げた。

 フレイヘルム家の死神メイド、メリーも完璧に仕事をこなした。

 クラウゼ伯クルトとミーナを接触させ、決闘に引きずり込んだ。少々アクシデントが発生したが、クルトの家臣であるシャルロッテの力や神器の知られざる力を垣間見ることができた。

 

「ディオニュソスの力。あれは我々の狂戦士≪ベルセルク≫計画を大いに進展させるだろう。狂戦士どもは来る戦争において重要な戦力となる。ラヴィーネによく調べさせておけ。リア」

 

 ラヴィーネはリアの姉の一人でマッドな錬金術師だ。フレイヘルム家の軍事や産業研究の最重要人物でもある。ルイーゼの改革の多くは彼女の研究の成果の功績によるところが大きい。それほどに有能な人物だ。

 

「それと今後も奴らの監視を怠るな。特にあの人形には注意しろ。環境を変えれば、あるいは目覚めるやもしれん」

 

 ルイーゼは歪んだ笑みを浮かべる。

 

「はっ。抜かりなく。では私はこれで失礼いたします」

 

 リアは一言二言交わすと執務室を出て、仕事に戻った。

 そっけなく感じるかもしれないが、これがフレイヘルム家での日常である。ルイーゼと年の近い若い家臣たちはみな、このフレイガルドの屋敷で幼いころから共に育ってきた。お互いを深く信頼しあい団結も固い。ルイーゼとリアにはこの程度のやりとりで十分だった。

 

 リアが部屋を後にするとすぐにルイーゼはメリーに手伝って貰いながら机の上に置かれた山積みの書類を整理し始めた。

 ルイーゼによって断行された粛清と数々の改革によってフレイヘルム家は常に人手不足。そのしわ寄せを他ならぬルイーゼ本人が一番受けている。

 もっともルイーゼ本人が根っからの仕事人間で、何もしないでいるということができない性分ということもあり、仕事自体は苦に感じていない。

 

 そんなワーカーホリックなルイーゼを頂点とする中央集権体制になったことで広大なフレイヘルム家の領内で行われているすべてのことに関してルイーゼが最終的に判断し決裁するような仕組みになっている。寝る間も惜しんで仕事に没頭する日々だ。

 

 天才的な統治者であるルイーゼと彼女を完璧に補佐するメリー。このコンビがいなければ、フレイヘルム家はとうに崩壊していたであろう。

 

「魔導鉄騎の生産は順調だが、魔導艦の建造に少し手間取っているようだな。後で視察に行くとしよう」

 

 ルイーゼは尋常でないスピードで書類に目を通し、サインしていく。

 

「メリー。私に何か言いたいことがありそうだな」

 

 ルイーゼが手を止める。いつも完璧に流れるように行われる作業にほんの少し狂いが生じた。

 

「いえ、私は」

 

 メリーは閉口してしまう。

 しかし、ルイーゼの視線はメリーを捕らえて逃がさない。

 メリーは観念して話始める。

 家族よりも深い絆で結ばれた二人の間に隠し事などできようはずもなかった。

 

「なぜルイーゼ様はあの者に。クラウゼ伯に目をおかけになるのですか」

 

 滅多に取り乱すことのないメリーの顔にはいつもの柔和な笑顔はなく、目は潤み、呼吸は乱れ、憔悴しきっていた。


 メリーにはわからなかった。

 なぜ、あそこまで主人はクラウゼ伯クルトに執心しているのだろう。確かにシャルロッテの暴走をしたときクルトはその身を張って彼女を助けた。だが、それがなんだというのだ。    


 頭が人一倍切れるわけでもなければ、戦闘能力もたいしたことはない。無謀な勇気くらいなら愚か者にも出すことはできる。

 なのに、なぜ、私の私だけのルイーゼ様はあの男ばかり気にかけるのか。男に興味など示したこともないルイーゼ様が!

 

 メリーは初めて嫉妬心や独占欲という主人に対して抱いてはいけない感情に振り回されている。

 絶対的に従属すべきである神のごとき存在に自分の感情をぶつけてしまっている。

 

「お前ならば理解できるはずだ。メリー」

 

 ルイーゼは鋭い眼光でメリーを睨むだけだ。

 そして、ただメリーを手招きし、導く。メリーは拙い足取りでルイーゼに近づき、崩れ落ちるようにその膝に顔をうずめた。

 

 メリーは臆病であった。いつも気丈に笑顔を振りまき、家中の誰からも頼りにされる。ルイーゼの懐刀に相応しい傑物。

 

 だが、実際は幼少期、ルイーゼのもとに従者として出されるまでは暗く引っ込み思案な性格で従者であるにもかかわらず、いつも傲慢で尊大なルイーゼに守って貰っていた。文武の才能を開花させ八面六臂の活躍をする今となってもその本質は変わらない。


「申し訳ありません。ルイーゼ様。ルイーゼ様はいつも正しいはずなのに私……」

 

 幼児のようにルイーゼに甘えるメリーが涙を流しながらルイーゼに謝罪する。

 

 本当はわかっていた。私はあの男に嫉妬している。あの男の持つ様々な情報の価値を知りながら、個人的感情だけで、個人の利益のためだけで親愛なる主君に讒言してしまった。

 

 メリーは己を恥じた。

 ルイーゼは偉大なる支配者。一人の人間が独占することなど許されるはずがない。

 メリーはルイーゼを誰よりも信仰し、厳しい戒律を課して自己の感情を縛ってきた。

 それでも募る想いを殺すことはできない。

  

「よいのだ。メリー。お前の不安はよくわかる。だが案ずるな。お前は私にとってはなくてはならない存在だ。唯一無二の信頼できる右腕だ」

 

 ルイーゼはメリーの小さなあごを持ち上げるとその柔らかな唇を吸い寄せた。

 ほんの少し開いた扉の隙間からは冷気を放つ光を失った瑠璃色の瞳がのぞいていた。


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