第13話 九死に一生

 ここはあの世だろうか。いや、見覚えのある部屋だ。

 俺はフレイガルドに来てシャルロッテに斬られてそれからどうだったか……。

 

 体を真っ二つにされて、死んだかと思ったが、どうやらまだ生きているらしい。 

 シャルロッテにぶった切られてからの記憶がイマイチあいまいだ。ここは迎賓館の一室のようだが。


「誰か」

 

 乾ききった喉を小さく震わせる。

 横で眠っていたペトラがその音に飛び起きて、大声でフランツやギュンターたちを呼んだ。

 真っ先に飛び込んできたフランツはペトラとともに年甲斐もなく喜び、抱き合い、泣きじゃくっていた。

 

 そんな二人をなだめながら、傷口はどうかと服の下を見てみると傷跡はくっきりと残っているが、それ以外には何ともない。

 覚えている限り、上半身が縦に真っ二つになっていた気がするが、完治している。

 

 思い出した。確かルイーゼが炎で俺をあぶっていたが、あれは火葬しようとしていたのではなく治癒魔法だったのだろう。

 まったく神様、仏様、ルイーゼ様だな。いつもは恐ろしい彼女の力にも今は感謝するしかない。

 

 ただ血を流しすぎたせいか、頭はまだぼんやりとしている。

 ペトラが用意したお湯でのどを潤し、増血のポーションを飲むと落ち着きを取り戻したフランツに話を聞く。


 なんと俺はあれから丸二日も寝ていたらしく。ルイーゼの成人を祝うパーティはとっくに終了。

 せっかくフレイガルドまで来たというのにパーティに出席できずじまいとはみんなには迷惑をかけてしまった。

 

「シャルロッテはどうした」

 

 そう言いかけたところで勢いよく扉が開け放たれる。

 飛び込んだのは包帯で体中をぐるぐる巻きにしたシャルロッテだ。

 

「クルト……。よかった。生きてる。よかった、よかったよ」

 

 シャルロッテは顔をグシャグシャにして俺に縋りついて泣き崩れた。

 フランツ、ペトラと一緒に俺はシャルロッテをなだめながら死の淵からの生還の喜びを分かち合い笑いあった。

 

 三十分ほど経って、俺は泣きつかれたのか寝てしまったシャルロッテにベッドを譲った。

 和やかな雰囲気の中、扉をノックする音が聞こえてくる。

 開けっ放しになっていた扉から顔を出したのはギュンターだ。

 

「御屋形様。御客人ですぜ」

 

 ギュンターはいつもと変わらず飄々としている。

 だが、呼び名が違う。御屋形様か。どうやらギュンターも俺を少しは認めてくれたらしい。

 ささやかな感動に浸っていたが、柔い笑顔を浮かべる灰色の御客人によって、俺の全神経に電流が走る。

 メイド服をびしっと着こなすルイーゼの腹心中の腹心、メリーだ。

 

「クラウゼ伯。お体はもうよろしいのですか」

「ああ。おかげさまでこの通り」 

 

 俺は軽く腕を振って見せる。

 

「それはなによりです。我が主ルイーゼ様もお心を痛めておりました。よろしければ、どうかお元気な姿を我が主にお見せいただけませんか」

 

 メリーは微笑んでいるが、有無を言わさぬ圧迫感を感じる。

 心を痛めているか。あんな美少女に心配されているとなれば本来はうれしいところだが、ただの社交辞令だろう。

 

 限りなく丁寧に言ってはいるが、要は出頭しろということだ。

 もう少し寝ていたし、シャルロッテの様子も気になるが、ここは行かざるを得ないだろう。

 ルイーゼとじっくり話す場が得られるだけで、フレイガルドまで来て、体をぶった切られた甲斐がある。

 

「ペトラ。すまない。シャルロッテのことを少し頼めるか」

「はい。ペトラにお任せください。お気をつけて、いってらっしゃいませ」

 

 ペトラはトンと胸を叩く。

 シャルロッテも俺と同様、ルイーゼに治療してもらったようだが、神器を使った反動はまだ完全に回復していないらしい。あれだけ元気に泣いていたのだから大丈夫だとは思うが、心配だ。

 ペトラも連日の看病で疲れているだろうが、頼れるのは彼女しかいない。

 

「フランツ、ギュンター。行くぞ。例のプレゼントも持っていこう」

「「はっ」」

 

 俺とフランツは手早く身支度を整え、ギュンターは布に包まれた大きな額縁を荷物から引っ張り出してきて背中に担いだ。

 

「では、参りましょう」

 

 俺たちは宿泊していた迎賓館から少し離れたルイーゼの住む本邸へと向かう。

 

「ルイーゼ様がお持ちです。こちらにどうぞ」

 

 メリーに案内されるがままに、俺たちは本邸の門をくぐる。

 本邸は意外にも迎賓館よりこじんまりとしていて、装飾は少なく味気ないつくりだ。

 

 石造りやレンガ造りの多いこの世界においては非常に珍しく、元の世界でいうコンクリートに似た素材が使われている。無機質だが、合理的で機能的。貴族の屋敷というよりは要塞といった方がお似合いだ。

 

 見た目は質素な屋敷ではあるが、警備は厳重なもので何人もの警備兵が巡回し、門の両脇に立つ二体の鋼鉄の巨人が、俺たちを見下ろしている。

 

「これが魔導鉄騎ですか。噂には聞いていましたが生で見るのは初めてです」

 

 鋼鉄の巨人を見上げ、フランツは感嘆の声を上げる。

 

 身の丈の三倍はあろうかという巨大な鋼鉄の甲冑。

 これは魔導鉄騎と呼ばれている魔導兵器だ。

 魔力で動き、中に人が乗り込んで操作する。ホバー走行で馬よりも速く走り、岩をも砕く力を発揮する。この世界では戦車のような立ち位置にいる兵器で、パワードスーツや人型ロボット兵器というイメージが近い。

 もっともデザインは中世的な騎士のフルプレートの鎧に似たものでミーナが見たら喜びそうだ。

 

 魔導鉄騎は戦場の花形。戦争となれば、多くの魔導鉄騎が戦場を駆けまわり、屍の山を築く。

 神器よりも安価で訓練すればだれでも扱える魔導鉄騎は、部隊単位で編成でき、軍隊という大きなくくりで見れば、神器よりも厄介な相手だ。

 

「二度と相手にしたくありませんな」

 

 ギュンターは魔導鉄騎の足を軽く叩き、苦々しい顔をする。

 歩兵として戦場にいた彼にとっては恐怖の象徴なのだろう。

 

「敵にはしたくないが、喉から手が出るほど欲しいな」

 

 フレイヘルム家謹製の魔導鉄騎は無骨だが、合理的で洗練された機体は無駄のない美しさを持った錬金術や魔法技術の結晶体だ。

 

 男心をくすぐる逸品に心が躍る。男なら巨大ロボットにロマンを感じずにはいられない。

 クラウゼ家でも所有したいところだが、クラウゼの領地には職人も動力源となる魔結晶の鉱山もない。当然金もない。

 

「ふふ。クラウゼ伯は正直ですね。フレイヘルムの職人たちが聞けばさぞ喜ぶでしょう」

 

 メリーは年相応の屈託のない笑みを浮かべる。

 戦場で多くの敵を屠り、その灰色の髪を血で染め上げた死神とは程遠い、少女らしい微笑み。

 彼女は、魔導鉄騎をほめられたことを純粋に喜んでいる。それだけルイーゼとルイーゼのフレイヘルムを深く愛しているのだろう。忠臣の鑑のような人だ。 

 

 その後、屋敷に入ってすぐに、ルイーゼの待つ部屋の前まで連れてこられた。

 屋敷に入ってから、待機したり、もてなされたりと無駄に時間がかかるのが貴族の常だが、ルイーゼの場合はせっかちなのか無駄が嫌いなのか物事がすべて迅速に運ぶ。 

 

「いよいよですね」

「運命の時だ」

 

 フレイヘルム公ルイーゼと同盟を組む。なんなら臣従でもいい。

 迫りくる戦乱を弱小クラウゼ家が独力で生き残るには大きな力に頼る他に道はない。

 

 FUは毎シリーズ、ゲーム開始から一年から二年たつと破局的な戦争が勃発する。

 すでに帝国は皇帝の交代で混乱していて、来年は帝国起源祭という祭りが帝都で開催される記念すべき年でもある。戦乱が起こるのならば、その時だ。

 

 ルイーゼと同盟を組むなら今この時を置いてほかにチャンスはない。

 

「御屋形様。すこし腹の調子が。あいててて」

 

 ギュンターが腹を押さえて、わかりやすくおどける。

 彼なりに俺の緊張をほぐそうとしたのだろう。

 

「フレイヘルム公に治して頂くのがよろしいかと」

「そうだな。腹が割けるほど痛いならちょうどいい。腕は俺が保証する」

「それはご勘弁を……」 

 

 俺たちは顔を合わせてはじけた様に笑う。

 おかげで肩肘がほぐれて幾分か楽になった。

 

「それではこちらにどうぞ」

 

 メリーが、ゆっくりと扉を開く。

 

「さあ、行くぞ。ドラゴンに巣に入らずんば卵を得ずだ」

 

 俺は襟を正し格言めいたことを言うとメリーに続いて、魔窟に足を踏み入れた。

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