第12話 主の務め
「ぐあぁああああああ!」
邪気に飲まれたシャルロッテが咆哮する。
ここまでやっても正気に戻る気配がない。足止めが精いっぱいだ。
リア、ザンド、メリーたちはさらに攻撃を加えようとする。
「フレイヘルム公、彼女は私の大事な家臣です。これ以上手荒な真似はどうかおやめください」
俺はルイーゼに縋りつく。
このままではあの三人は、暴走を止めるまで攻撃止めないだろう。
それでは、いくら何でもシャルロッテが死んでしまう。
しかし、ルイーゼは黙ったままだ。
「くっ。どうすれば」
シャルロッテがあんなに苦しんでいるのに。俺は見ているだけしかできないのか。
俺は悔しさのあまり、こぶしを握り締める。
「あとは主であるお前の務めだ。行ってくるがいい」
「え、ちょ、うわあああ!」
ルイーゼはおもむろに魔法陣を展開して飛び上がると、俺の首根っこ掴んで持ち上げ、シャルロッテの下へと放り投げた。
「いてて」
無様に闘技場に落ちた俺のもとにリアの得物に似た黒い軍刀が一本落ちてくる。
「そいつを使え。フレイヘルム謹製の神器だ。無銘だが、役に立つ。使いこなしてみせろ」
ルイーゼが上空で叫ぶ。
神器か。これならシャルロッテともまともに戦えるかもしれない。だが、まともに訓練したくともない俺が使いこなせるわけがない。
それでも俺はシャルロッテを止める。
フレイヘルム公は俺が殺されれば、シャルロッテを殺すつもりだろう。そんなことはさせない。
軍刀を手に取り、顔を上げると恐怖で血の気が引き、全身が震える。立つこともままならない。
シャルロッテは俺という獲物をその充血した眼で捉え、氷と土の拘束を今にも破壊し、襲い掛かろうともがいている。
恐ろしい。目の前にいるのは破壊と殺戮の化身。まるで飢えた虎のようだ。いつも元気で、体力馬鹿だが、可愛げのある幼馴染シャルロッテじゃない。
この場から逃げ出したくなる。
だが、それはできない。
シャルロッテがこうなったのは俺の責任だ。けじめをつけなきゃならない。
俺は震えて力が入らない足に鞭を打ち、立ち上がる。
「落ち着け。シャルロッテ。戦いは終わったんだ。もう戦わなくていい」
理性を失ったシャルロッテに俺はゆっくりと近づきながら、必死に語りかける。
何か有効な手立てがない以上、彼女の精神に呼びかけて、自力で目覚めてもらうしか方法はない。
「目を覚ましてくれ、シャルロッテ」
俺はさらに距離を詰め、ディオニュソスに囚われたシャルロッテに呼びかけ続ける。
「危ない」
「坊ちゃん!」
「きゃあああ!」
一瞬何が起こったのかさっぱりわからなかった。
フランツとギュンターそれにペトラの甲高い叫び声が聞こえた。
俺はシャルロッテの肩に触れようとした。
するとシャルロッテが、拘束を破壊し、目にもとまらぬ速さで斧を振り上げた。
そこから先は無意識だった。体に宿るクルトの本能が、軍刀を引き抜き、シャルロッテの重い一撃をいなした。
俺はそのまま無我夢中でシャルロッテと斬りあった。軍刀から無限にも思える魔力が俺の体へと流れ込み、俺はその魔力を使って身体能力を極限まで引き上げた。
感覚は研ぎ澄まされ、時間の流れが遅くなる。
視界はぼんやりとしているが、目は素早いシャルロッテの動きをとらえ、鼻は闘技場に蔓延する血と汗と恐怖の匂いをかぎ分け、耳は心臓の拍動を聞き逃さず、肌はわずかな空気の流れの変化を感じ取る。
静かに息を吸い込む。
俺はシャルロッテの攻撃を確かに見切り、薄い軍刀の刃で何度も何度もシャルロッテの巨斧ディオニュソスを受け止めた。
闘技場内を縦横無尽に飛び跳ねながら移動して十数度目の攻撃を軍刀で受けた時、その刃の先端は甲高い音とともに折れて、俺とシャルロッテの間をくるくると舞った。
時間の流れが急に早くなったかと思うと、状況を理解した時には、肩から俺を斬り裂いた斧が腹のあたりにまで達していた。
視覚からの情報に遅れて鈍痛が走る。ずたずたに引き裂かれた肉と内臓からおびただしい血液が溢れ出し、足元には赤い水たまりができている。
まさか、こんなところで、まだ戦乱も始まっていないのに、女の子一人助けられず、死ぬのか。
今作のFUは中々にハードモードらしい。死ねばこの悪い夢から覚めて元居た世界に帰れるのだろうか。
そう考えれば、死んでみるのも悪くないのかもしれない。もう領主としての責任やどう生き残るかで頭を悩ませなくてすむ。
死ぬ間際、人は案外、落ち着いていられるものだ。
もう、せり上がってきた血のせいでおぼれかけいて、しゃべることもままならない。
「あ、ああ。クルト……ごめん……なさい」
シャルロッテを包んでいた邪気が霧散する。
顔を上気させ、目に涙をいっぱいに貯めたシャルロッテが、俺の名前を呼ぶ。
ああ、俺はとんでもないことをしてしまった。
神器だからと言って得体のしれないディオニュソスをシャルロッテに与え、無意識ながら主を斬るという大罪を着せてしまった。
自分の身の安全のために、その行為がどういう結末を生むのかもろくに考えず、シャルロッテを危険目に合わせてしまった。
悪いのは俺だ。だから、お前が謝る必要はない。
言葉をかけることもできずに口を動かしているとシャルロッテは気を失いその場にどうと倒れた。
「私と同じ若き領主、クルト・フォン・クラウゼ。少なくとも臆病者では無いようだな」
ルイーゼの声が聞こえる。
こんな、状況になってもいつもと変わらず、余裕たっぷりな態度だ。
分かってはいたが、同じ人間とは思えないな。器量が違う。
ルイーゼは気を失ったシャルロッテからディオニュソスを取り上げると、俺の体から躊躇なく引き抜いた。
「ヘルヘイムに堕ちるにはまだ早かろう」
ルイーゼが階層構造になった立体的な魔法陣を展開すると、俺の体は炎に焼かれた。
この場で火葬されるのか。不思議と熱くはない。優しく温かな感触だ。
体から痛みはさっぱり消え去り、まるで赤ん坊になって母親に抱かれたかのような心地よさに包まれ、眠たくなってきた。
「クルト様の傷が……」
「どうなってやがる。塞がっちまったのか。なんてでたらめな治癒魔法だ」
フランツ、ギュンター、ペトラか。
なにを言っているのかはよく聞こえないが、驚いた顔を見るに俺はよほど間抜けな死に顔をさらしているらしい。
「ペ、ペトラ。シャルロッテを頼む」
弱弱しく口を動かすとひどくかすれた声が出る。
「……はい。はい。クルト様。お任せください」
ペトラは涙を流しながらも、いつものように元気よく答え、ぱたぱたとシャルロッテに駆け寄った。
「お前は運のいい男だ」
「フレイヘルム公。感謝します」
ルイーゼがあの世に送ってくれるならこれほど名誉なこともないだろう。
「この有様では勝敗をつけがたいな。ということは、どちらにも賭けなかったお前の勝ちだ。褒美をやろう。何でも好きに申すがよい」
冥途の土産か。では果たせなかった思いを告げて成仏するとしよう。
「では……」
俺は声を振り絞り、ルイーゼに要望を伝える。
「ふはははは。やはり、お前は面白い男だ。承知したぞ。今は家臣とともに休め」
俺はルイーゼの高らかな笑い声を聞くと、意識を手放した。
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