第11話 酔狂戦士

 決闘終了の銅鑼が鳴り響く。

 静寂が闘技場を支配する。

 そして審判役のメリーが叫ぶ。

 

「勝者! ヴィルヘルミーナ・フォン・アルベリッヒ!」

 

 勝敗は決した。立っていたのはミーナだ。

 ミーナの勝利に終わったが、シャルロッテは神装の使い手相手にかなり善戦した。

 誰もが二人の健闘を称賛し、観客たちは立ち上がって嵐のような拍手喝さいを送っている。

  

「フレイヘルム公。残念ながら、シャルロッテの負けです」

 

 まさか、ここまで神器使い同士の決闘が激しいものだとは、知っていたが、この目で見てようやく理解した。神器は危険な兵器だ。

 

 ここまで戦ってくれたシャルロッテはボロボロになっている。後で存分に労ってやろう。うまいものも好きなだけ用意しよう。財布の許す限りだが。

 

 とにかく今は一刻も早く、治癒魔法をかけてやらないと。

 俺がシャルロッテのもとに向かおうとするとルイーゼが制止する。

 

「まあ、待て。クラウゼ伯。どうやらまだ、勝負は終わっていないようだぞ」

 

 ルイーゼはじっとシャルロッテを眺めたまま動かない。

 何を言っているんだ。この人は。

 シャルロッテは地面に伏して満身創痍じゃないか。ミーナも槍を収めて、シャルロッテに手を差し出している。

 それに決闘終了の合図はもう出た。

 

「み、見てください。クルト様!」

 

 穏やかなフランツが、大声で叫ぶ

 

「なんじゃありゃ」

「黒いどろどろが……」

 

 ギュンターもペトラも目を見開き驚いている。いや、恐怖している。

 ディオニュソスから黒い粘液が溢れ出し、あろうことか、シャルロッテを飲み込もうとしている。

 

「シャルロッテ!」

 

 俺の叫びが、むなしく響く。

 黒い粘液に飲み込まれたシャルロッテは、ぐにゃりと蛇のように体をひねって立ち上がる。

 

 目を血走らせ、獣のように歯をむき出しにしたシャルロッテが、ディオニソスを構えると黒い粘液はどす黒いオーラに変わった。

 

 何だ、あれは。ディオニュソスの力なのか。

 ヒストリアイを見るとシャルロッテの武勇と魔法のステータスがSSランクに上がっている。

 シャルロッテの名前の横に狂戦士≪ベルセルク≫という文字が表記されている。

 

 短時間での極端なステータスの上昇。尋常ならざる事態だ。 

 

「どうしましたの? 大丈夫ですの?」 

 

 状況の異常さを察したミーナがシャルロッテに近づく。

 するとシャルロッテは巨斧を容赦なくミーナに振り下ろした。

 

「ぐっ。なんて力」

 

 間一髪。ミーナはゼピュロスでディオニュソスを受け止める。

 ミーナに交代する暇も与えぬほどにシャルロッテは何度も執拗にディオニュソスを振り下ろす。

 

 さっきまでとは威力もスピードもけた違いだ。

 余裕をもってシャルロッテを制していたミーナが、神装を解いていないにも関わらず、防戦一方だ。

 

「ディオニュソス。確か、酒の神だったな?」

「はっ。陶酔、激情、狂乱の神とも呼ばれています」

 

 メリーがルイーゼに捕捉する。

 

「なるほど興味深い。どうやら神器と精神を同調させすぎたようだな。酒神に飲まれてあの様だ」

 

 なにがおかしいのかルイーゼは笑う。 

 

「笑っている場合ではありません。早く止めないと。急いで観客も避難させましょう。シャルロッテは理性を失っている」 

 

 俺はルイーゼに訴える。

 シャルロッテは神器の力に飲み込まれている。助けなくては。

 あのまま暴走させていたらミーナも危ない。

 

「ギュンター。一緒に来てくれ。あいつを止めるぞ」

「待ってくださいよ。坊ちゃん。あんなところに突っ込んだら、坊ちゃん死にますぜ」

 

 ギュンターに肩を強くつかまれる。

 

「なにをする。早く助けに行かないと」

「落ち着け。クラウゼ伯。将たるものが、右往左往していては家臣も民も動揺するぞ」

「ですが」

「まあ、少し見ていろ。ミーナもあの娘も軟な女ではなかろう」

 

 ルイーゼの言う通り、力のない俺が無策に騒ぎ立てても仕方がない。

 皆を危険にさらすだけ。こんな時だからこそ冷静であるべきだ。

 

 深呼吸して自分を落ち着かせ、シャルロッテとミーナをよく観察する。

 邪気を放つシャルロッテの猛攻に押されながらも、ミーナは巧みにゼピュロスでさばいている。

 

 が、そろそろ自慢の風もやんできてしまった。あれほどの出力の高い魔法を連発していれば、疾風令嬢といえども燃料切れだ。

 ついにシャルロッテの一撃でミーナは吹き飛ばされ、闘技場の壁に打ちつけられてしまう。

 

「お嬢様!」

 

 ミーナ付きの老執事ヘルベルトが叫ぶ。

 眠たげな従者も目をぱっちりと開け、今にも主人のところに飛び出そうとしている。

 

「そろそろ限界か。メリー、リア、ザンド。加勢してやれ」

「「はっ」 

 

 ルイーゼの横に控えていた灰色のメイド、メリー、青髪の軍服少女リア、そして同じくカーキ色の軍服を着た大男ザンドが駆け出し、シャルロッテめがけて飛び降りる。

  

 空中でメリーはチョーカーを鎌に、ザンドは腕輪をガントレットへと変化させた。

 

「おいおい、もしかして全員、神器持ちかよ」

「さすがは四大貴族と言ったところでしょうか」

 

 ギュンターやフランツが驚くのも無理はない。

 神器は俺たちのような弱小では一個あれば奇跡といえるような貴重な代物だ。それを平然と複数所持している。フレイヘルム家の潤沢な財力がなせる技だ。

 

 高額な調達費用ゆえに、古くからの伝わるものを使い続けることが一般的な神器だが、時の流れとともに情報がない神器は一歩間違えば、シャルロッテのように暴走してしまうと諸刃の剣だということも分かった。

 

 強力な武器の取り扱いが不十部だった。俺の失態だ。もはや暴走を止めるには神器使いに委ねるしかない。

 

 まず、リアが軍刀を抜き放ちながら、魔法陣を展開して、氷弾を撃ち込む。

 しかし、無数の氷弾はすべてシャルロッテの巨斧ディオニュソスに容易く砕かれてしまう。

 

 続けざまに煌めく氷の破片の奥からリアが姿を現して、軍刀で斬りつけた。意表を突いたかに思われた軍刀の一撃は、シャルロッテの超人的反応速度で見切られ、素手で受け止められてしまう。

 

「凍りなさい」

 

 リアは決して動じていない。彼女も自分の攻撃が軽いことは十分に承知している。

 シャルロッテが受け止めた軍刀の刀身から冷気が溢れ出し、シャルロッテの腕を氷結させる。

 あの軍刀も神器だったのか。てっきりフレイヘルム軍の標準装備だと思っていたが。全くとんでもない連中だ。

 

「うう」

 

 シャルロッテの動きが鈍った。チャンスだ。

 

「はあっ!」

 

 すかさず、後ろから軍服の大男、ザンドが現れ、両腕のガントレットに魔力を込めて地面を殴りつける。

 すると地面が割れて、岩が隆起した。岩はザンドの魔力に操られて、シャルロッテの足をくわえ込み強固に拘束する。

 

「これでおしまいです。眠りなさい」

 

 宙を舞うメリーが、シャルロッテに向かって魔法陣を展開する。

 バチバチと電流がほとばしり、魔法陣から放たれた無数の雷撃が、シャルロッテに降り注ぐ。

 

 身動きの取れないシャルロッテは雷の直撃をくらい激しく痙攣した後、動きを止めた。

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