第9話 決闘

 石造りの円形闘技場の周辺には人があふれ、それを狙った屋台が、ところ狭しと並んでいる。

 おそらくはルイーゼの差し金だろう。

 俺とミーナの決闘騒ぎを興行に仕立て上げて、ひと稼ぎしようとしているに違いない。

 ルイーゼの迅速な宣伝により、収容人数五千を超える観客席には、この決闘を一目見ようと観客がびっしりだ。

 

 成人のパーティまで暇を持て余した北部貴族たちも特等席で、談笑しながら決闘が始まる時を待っている。

 まったく、決闘をしたくないからとミーナを避けていたくせに、他人事になったらこぞって来るとは調子のいい連中だ。

 

 決闘の関係者である俺たちは、特別席で仲介人とともに決闘を観戦する。

 ミーナ側の関係者は二人。従者であろう眠たげな少女と老執事だけだ。

 こんなところで居眠りとは、あの主人に振り回されてこの手のことには慣れっこなのか、それとも能天気なのかはわからない。

 

「お初にお目にかかります。クラウゼ伯。私はヘルベルトと申します。ヴィルヘルミーナお嬢様の執事をしております」

 

 疲れた顔の老執事ヘルベルトが深々と俺に頭を下げる。

 白髪をビシッとオールバックに整え、フロックコートに似た礼服を着こなす気立てのいい老紳士。俺も年を取るなら彼のようにと思わせてくれる。


「そしてこちらはエイルです。これエイルご挨拶を」

「どーも」

 

 あくびをしながら挨拶をする少女エイルにヘルベルトはため息をつく。

 どうやらヘルベルトの心労の種は多いらしい。

 

「この度は我が主のせいで大変なご迷惑をおかけしております。お嬢様を制止できなかったのはすべてこの私の責任。お嬢様をなにとぞお許しください」

「頭を挙げてくれ。これはほんの余興だ。そんなに謝らなくとも……」

「まったくクラウゼ伯はミーナの戯言に付き合わされて大変だな。ヘルベルトもいちいち気にしていては体に毒だぞ」

 

 クラウゼ家とアルベリッヒ家の席の間に座る尊大な態度の少女が、場を丸く収めようとしていた俺の発言を高笑いとともに踏みにじる。

 

 燃えるような紅に黄金が混じった艶やかな髪。白磁のごとき滑らかな肌。そして、血を煮詰めたかのような赤黒い妖美な瞳。

 俺と同じ十五歳のはずだが、背は低く、豊満なメリーやスレンダーなリアに比べると子供っぽい。

 だが、見た目とは対照的に威厳に満ち、その幼さが逆に若き天才公爵に神秘的な印象を与えている。

 彼女こそ、この決闘の仲介人にして若きフレイヘルム家の当主、ルイーゼ・フォン・フレイヘルムその人だ。

 

 横には灰色のメイド、メリーと青髪の軍服少女、リアそして後ろに岩山のような大男を従えている。

 

「これはフレイヘルム公。挨拶にも伺えず申し訳ございません」

 

 相手は大貴族。それも鉄血の令嬢フロイラインと呼ばれた英雄。機嫌を損ねないように非礼を詫びる。

 

 招待されたとはいえ、フレイガルドに来たというのに領主であるルイーゼにあいさつにしていないのは非常にまずい。昨日、必ず行こうと思っていたが、この決闘騒ぎのせいで機を逸してしまった。

 怒りを買うかもしれない。そんな俺の不安をよそにルイーゼは高らかに笑う。

 

「退屈で古臭い貴族どもの挨拶など聞き飽きたわ。かような決闘の方がよほど面白い。このように人が集まれば金が動く。そして少なからず私の手元に入る」

 

 貴族趣味のフリルのついた派手な服ではなく、真っ赤に染まった軍服を着た少女は軍靴を鳴らして立ち上がる。小さいながらもその堂々たる立ち姿は支配者然としている。

 

「それに貴様の家臣とあの神器には興味があるからな」

 

 ルイーゼは俺を一瞥して不敵な笑みを浮かべる。

 恐ろしい人だ。別に隠していたわけではないが、黙って持ち込んだ神器ディオニュソスのことをすでに看破している。

 それに今回代理人を快く引き受けてくれたシャルロッテのことも知っているようだ。

 

「恐悦至極にございます」

 

 俺はもう一度、頭を下げる。

 

「そう縮こまるな。私がもっと興味を惹かれているのはお前なのだぞ」

 

 ルイーゼが口角を吊り上げて俺の顔を覗き込む。俺が余計に縮み上がったのは言うまでもない。

 彼女から放たれるゲームでは感じることのできない畏れ多くも心地のよい緊張感と圧迫感。

 まるで幼い少年が大人びた女性に抱く淡い恋心にも似た憧れをルイーゼに感じ、胸が高鳴る。

 心臓の鼓動を聞かれないように必死になってしまう。


 生き残るためにルイーゼを勝たせよう、勝ち馬に乗ってやろうなどと俺は浅はかだったのだかもしれない。

 ルイーゼは次元が違う。時代を壊し、時代を作る本物の英雄。

 

 ヒストリアイで見ることができるステータスの高さなどではない。支配者の圧倒的なオーラ。それが惹きつける。人を虜にするカリスマとはまさに彼女のことだろう。俺のような小市民が相手をするには荷が勝ちすぎている。

 だが、今はまだ、爵位の違いはあれども同じ帝国諸侯。呼吸を整え、震える足を懸命に叱咤しながら席に着く。

 

 一緒に来ていたフランツ、ギュンター、ペトラも緊張の面持ちで椅子に腰かけた。

 

「ルイーゼ様。そろそろお時間です」

 

 ルイーゼの横に立つ灰色のメイド、メリーが耳打ちする。

 いよいよ決闘の始まりだ。

 

「決闘開始の宣言をしろ。メリー」

「はっ」

 

  ルイーゼは再び椅子に腰下ろし、メリーにそう命じた。

 

「これより仲介人ルイーゼ・フォン・フレイヘルムの名において、アルベリッヒ家のヴィルヘルミーナとクラウゼ家のクルトの代理人、シャルロッテ・フォン・ミルセの模擬決闘を行います」

 

 メリーが高らかに宣言すると観客たちは一斉に大歓声を上げる。

 重厚な鉄柵が鎖によって巻き上げられ、それと同時にミーナとシャルロッテが入場する。

 

「あの娘っ子はすごいドレスを着ているな。あんなものを着てよく動ける」

「お洗濯が大変そうです」 

 

 ギュンターとペトラが指摘する装飾過多で戦闘にはおおよそ不向きなミーナのドレス。

 見た目が派手で、美しく、演劇にはお似合いだ。

 

「シャルロッテは軽装の革鎧か」

「時間的にも予算的にも余裕がなく、あまりいい装備を用意することができませんでした」

 

 フランツはかわいそうなことをしたと落胆しているが、シャルロッテ本人はあまり気にしていなかった。

 速く動け、使い慣れた軽装備の方が、一撃離脱戦法を得意とする彼女にとっては都合がよいのだろう。

 

「高貴なエルフの末裔にして、ヴィントヴァルトの守護者、アルベリッヒ公爵が娘。ヴィルヘルミーナ・フォン・アルベリッヒですわ」

 

 ミーナが高らかに名乗りを上げる。

 

「私は……クラウゼ伯クルトが家臣、ミルセ家の娘。シャルロッテ・フォン・ミルセ」

 

 シャルロッテも負けじと名乗りを上げるが、いい謳い文句を思い浮かばなかったのか、淡白な紹介だ。

 二度と名乗りを上げるような場面がないことを望むが、今度、クラウゼ家の由来を詳しく調べておこう。

 

「得物は問いません。先に相手を降参させた方が勝ちです。それでは」

 

 メリーが大きく手を挙げる。

 両者とも一歩、歩み出る。

 

「どうやら、あなたはまだ神器を使いこなせていないようですわね」


 ミーナが言う。


「……どうかしらね」


 シャルロッテは少し眉間にしわを寄せミーナをにらむ。


「見ればわかりますわ。あなたは神器と心を一つにしていない。お気の毒ですが、わたくしはどんな相手にでも全力が流儀」

「そんなこと言っていられるのも今のうちよ」

「では、お見せしましょう。わたくしの風を操りし神器、ゼピュロスの力を。本当の神器の使い方を」

 

 ミーナは背に担いだ大槍ゼピュロスを構える。

 

「神装顕現」

 

 ゼピュロスを起点に展開された多重魔法陣から溢れ出る魔力が、ミーナの周りに風を巻き起こす。

 次の瞬間、ミーナが光に包まれたかと思うと膨大な魔力の波動が、俺のいる観客席にまで届く。そして、目を開いた時には、まるで違う衣装を身にまとったミーナが姿を現した。

 

 それは風であった。さながら戦隊ヒーローか魔法少女のように変身したミーナは胸部と関節部だけが鎧で保護された風のドレスを身にまとっている。


「あれが神装か」


 聞いたことはあったが、この目で見るのは初めてだ。

 神装顕現。神器とその使い手が一体となる奥義。

 使い手は神器をただ握るだけではなくその真の力を開放し、神器を身にまとう。神器使いの一つの到達点。


「無理もなかろう。あれを使えるのは大陸でもごく一握りだからな」


 ルイーゼが言う通り、神装顕現は神器の使い手だれしもが使えるわけではない。初めてにしては器用に神器を使うシャルロッテでも使えない。

 

 ミーナが纏う風は普通の風属性魔法とは格が違う。魔法陣を展開せずに常に暴風をその身に纏っている。他を寄せ付けない風は、近づけば相手を斬り裂いてしまうほどに鋭い。攻防一体の構えだ。

 

 相当な修練を積んだのであろう。ゼピュロスの力を存分に引き出しているのがわかる。

 ミーナは口先だけではない本物の騎士だ。


「たとえ神装顕現がまだ使えなくても、私は勝つ。この神器、ディオニュソスで」

 

 シャルロッテも負けじと巨斧ディオニュソスを構えた。

 

 同じ神器である以上、性能的にはゼピュロスに負けないはずだが、シャルロッテはまだディオニュソスを使って日が浅い。

 神装顕現を使えない時点でかなり不利だが、どこまでその力を引き出せるかが、勝負の分かれ目だ。

 

「クラウゼ伯。賭けをしようじゃないか。ただ見ているだけではつまらんからな。勝てば何でも好きなものをくれてやろう」

 

 試合の開始直前、ルイーゼの唐突な提案に俺は震え上がる。

 

「もし、負ければ?」

「その時はあの神器と家臣を貰うぞ」

「なっ」

 

 無茶苦茶だ。

 模擬決闘だからと引き受けたのに、シャルロッテと神器を奪われるなんて受け入れられない。

 返答に窮しているとルイーゼがすかさず言う。

 

「私は、名を何と言ったか。そう、シャルロッテだ。シャルロッテに賭けよう。シャルロッテが勝つ方に私は賭けるぞ」

 

 ルイーゼはそういうとふてぶてしい微笑を称え、なまめかしく足を組み、ひじ掛けに手をのせ、頬杖をついた。

 

 俺はこの小さな公爵に完全に弄ばれている。

 シャルロッテに賭けるだと、馬鹿な。

 

 確かにシャルロッテのことは信用しているし、ミーナの方がシャルロッテよりもステータスが高いという事実も判断材料の一つに過ぎないと考えている。

 

 それでも客観的に見れば神装顕現を扱えるミーナに分があるし、俺がルイーゼの立場なら親友であるミーナに迷いなく賭けるだろう。

 

 この賭け、本気か。からかわれているだけなのだろうか。

 

「実際、どっちが勝つと思います?」

「そうだな」

 

 フランツが戦闘経験豊富なギュンターに尋ねる。

 ギュンターはいつになく真剣な表情で少し悩むと答える。

 

「あの風っ娘だろうな」

「そんな。彼女の腕は相当なものですが、私にはシャルロッテが負けるところが想像できません」

「確かにシャルロッテの嬢ちゃんは強い。だが、それはクラウゼ伯領内での話だ。俺やほかの兵士では歯が立たんが、外に出れば話は別。あの風っ娘は、神装が使えるだけじゃない。シャルロッテも魔法は使えるが、身体強化の魔法だけだ。それに比べて向こうさんは槍術もさることながら魔法も扱えるとみた」

 

 ステータスがそれほど高くないにもかかわらず、数多の戦場で生き残ってきたギュンターの相手の実力を見る目は相当なものだ。ヒストリアイでは見られないところもしっかり見ている。

 

「それはどうかな。ミーナが勝つとも限らんぞ。ミーナの戦闘のセンスは確かに抜群だ。魔法の腕も一級品。しかし、奴の戦い方は騎士そのものだ。それも物語の中の、な」

 

 ルイーゼの言う、物語の騎士の戦いとはどうゆうものだろう。

 考えられるのは馬に乗り、重たい鎧を着て、槍を構えて突撃する姿だ。

 銃剣付きのライフル銃や強力な魔導兵器が、普及したこの世界ではすっかり時代遅れとなった戦法だ。

 

「実際に見てみることだ。すぐにわかる」

 

 ルイーゼは余裕の表情で椅子に深くもたれかかった。

 

「では決闘開始!」 

 

 メリーが大きく掲げた手を振り下ろし、合図すると大きな銅鑼の音がフレイガルド中に響き渡る。

 俺の家臣シャルロッテと疾風令嬢の異名をとるミーナの模擬決闘が始まった。

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