第8話 騒がしき令嬢

「うーん、誰も見当たらないな」

  

 誰かほかの貴族はいないものかと館内を探し回り、正面の庭にも来てみたが、迎賓館で働く従者以外に人の気配がない。

 

 街に出てしまったのだろうか。確かにフレイガルドは魅力的な場所で出かけたくなるが、迎賓館に誰もいないというのは不自然だ。 

 

「もし。そこのあなた」

「ん? 俺か?」

「ええ。幸薄そうなあなたですわ」

 

 庭の大きな噴水の前で次はどこに行くべきかと思案していると、後ろから声を掛けられる。

 振り向くとそこには一人の少女がいた。

 新緑の美しいドリルロールに、らんらんと輝く翡翠の目。とんでもない美人だ。

 フリルの多い派手なドレスだが、うまく着こなしている。

 

「わたくしは高貴なエルフの末裔にして、ヴィントヴァルトの守護者、アルベリッヒ公爵が娘。ヴィルヘルミーナ・フォン・アルベリッヒですわ」


 緑髪の少女が、腰に手を当て、仁王立ちして、堂々とした態度で仰々しく名乗りを上げる。 

 この少女を俺は知っている。疾風令嬢ヴィルヘルミーナ。確か、四大貴族アルベリッヒ公爵家の娘で、ルイーゼの親友。ミーナの通称で呼ばれていたはずだ。ヒストリアイでのぞいたところ、ステータスも全体的にかなり高いし、本物なのだろう。

 

 エルフの末裔と言っていたが、この世界にはエルフやドワーフのような存在はすでにいないはず。

アルベリッヒ家とエルフに何か関係があるのだろうか。それともただの伝説か。

 

「あなたも貴族なのでしょう」 

「まあ、そうだが」

「ならば、わたくしと決闘しなさい」


 突然のことに右往左往しているとミーナはそう言って、おもむろに片方の手袋はずした。

 

「えいっ」

 

 するとそのまま、俺の頬を手袋ではたいた。思わずよろけて地面にしりもちをつく。

 

 さすが、武勇のステータスがSランクと高いだけあってすさまじい威力だ。一瞬頭が真っ白になり、叩かれたところがジンジンする。

 突然、名乗りを上げたかと思えば、決闘と騒ぎだして、なんの前触れもなくぶたれた。訳が分からない。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。決闘って何の話だ」

 

 俺は地面に落ちた手袋を拾い立ち上がるとミーナを問いただす。

 

「なにって決闘といったら真剣勝負のことですわ」

「真剣勝負?」

「ええ。そうですわ。貴族と貴族による命と名誉をかけた誇り高く、そして華麗なる勝負ですわ」

 

 ミーナはなにを馬鹿なことを、といったふうに俺を見てくるが冗談じゃない。

 決闘なんてこの世界に来てから聞いたこともないし、武勇や魔法のステータスがSランクのミーナを相手に真剣勝負なんて勝てるわけがない。これじゃあ、無駄死にだ。


「手袋を拾い上げたということは決闘をお受けになるということでしょう」

 

 ミーナはしてやったりと笑みを浮かべる。

 なるほど、手袋は決闘の申し込みという意味だったのか。

 さすがにここまではヴォル爺に教えてもらっていなかった。

 やられたな。

 

「待ってくれ。非礼があったなら詫びる。だから真剣勝負だけは」

「ふふ、面白い顔をなさいますわね。真剣勝負というのはちょっとした高貴なる貴族の戯れですわ。ただルイーゼのパーティまで暇ですから、お相手して頂ければよろしくてよ。もちろん本気で」

 

 そんなにかわいい顔で笑顔を振りまこうとも断じて許す気にはなれない。

 質の悪い冗談だ。

 

 しかし、どうしたものか。とんでもないバトルジャンキーに捕まってしまった。

 命の取り合いということはなくなったにせよ、貴族として不本意にも決闘を受けてしまった以上、それを無碍にすることはクラウゼ家の名誉にかかわる。

 

 かといって俺がミーナの相手では荷が重すぎるし、彼女もつまらないだろう。

 返答に困っていると、空を割るような轟音とともにミーナと俺との間に何かが落ちてくる。

 

「そこまでです。ミーナ様」 

 

 空から降ってきたのは鎖のついた漆黒の大鎌を持った少女。

 モノトーンのメイド服を纏い首には赤い宝石のついた黒革のチョーカーをつけている。

 灰色の髪とこの世の光をすべて吸い込んでしまいそうな純黒の瞳。

 

 俺やミーナより少し年上の大人びた少女だ。

 ステータスもすさまじい値で、統治、軍事、武勇、智謀、魔法そのすべてにおいてSランク以上、SSランクなんてのもある。

 さすがは主要キャラの領地。さっきからSランクのバーゲンセール状態だ。

 

「げ。メリー」

 

 元気はつらつとしていたミーナが一転、小刻みに体を震わしながら、どんよりと表情を曇らせる。

 

「申し訳ありません。クラウゼ伯。ミーナ様が大変失礼を」

「死神メイド」

 

 思わずその異名を口に出してしまう。

 

「ふふ、ご存じでしたか。その名で呼ばれると少し照れてしまいます。では改めて。私はルイーゼ様が家臣、メリー・フォン・トートです。以後お見知りおきを」

 

 灰色の少女は、スカートのすそを持ち上げ、頭を下げた。

 メリー・フォン・トート。トート伯の娘で鉄血令嬢ルイーゼの懐刀。自慢の大鎌で敵兵の首を刈り取る。ついたあだ名がフレイヘルムの死神メイドだ。

 その異名や凶悪な得物とは裏腹に物腰柔らかな雰囲気で笑顔を絶やさない、物静かな少女だ。

 見るからにメイドだが、ステータスはミーナ以上、その武勇もさることながら、優れた行政手腕を持っている。

 

「騎士道趣味をこじらせたミーナ様がお客様に手当たり次第に決闘を申し込むので、私が監視していたのですが、目を離した隙にこのようなことに。お客様方は、屋敷から離れていましたので、油断してしまいました」

「こじらせているなんて。あんまりな言い方じゃありませんこと。私は立派な騎士を目指しているだけですわ」

「立派な騎士は暇つぶしに決闘などしません」 

 

 メリーに叱責されミーナは借りてきた猫のように縮こまってしまう。

 納得がいった。ミーナは騎士道大好きなドン・キホーテ少女のようだ。いくらファンタジーなこの世界でも銃や魔法が普及している以上、重い鎧を着こんで馬に乗って突撃する騎士は時代遅れ。ましてや決闘なんて時代遅れ。貴族たちが逃げるのも頷ける。

 

 公爵令嬢という高い地位にあるミーナの頼みを断るわけにはいかないからな。

 ミーナ本人は公爵令嬢という立場を笠に着る人物ではなさそうだ。失礼な物言いしても特に気にしている様子はなかったくらいだ。

 

 だが、かさに着ていないというだけで純粋に貴族としての誇りを重んじ、本気も本気で決闘を仕掛けてくる。捕まったら最後、メンツ商売の貴族としては決闘を引き受けないわけにはいかない。無邪気ながら悪魔じみた手法だ。目をつけられないように逃げようと考えるのが自然だろう。

 

「謝らずとも、誤解が解ければそれで」

「いえ。決闘に応じてしまった以上は、しきたりに乗っ取り、お受けになるほかございません。どうでしょう。ここは荒事が得意な家臣を代理人に立てるというのは」

 

 ぐっ。このまま、うやむやにしようと思っていたのだが、やはり、そうはいかないらしい。

 しかし、代理人を立てられるのであればシャルロッテかギュンターだが、どちらに頼むとしようか。

 ここはシャルロッテが適任だ。彼女ならミーナ相手にも対抗できるだろうし、いい神器の練習にもなる。

 

「……わかりました。では、その決闘をお受けいたしましょう」

「そうこなくては!」


 暗くなっていたミーナが満開の笑顔になる。

 

「調子に乗らないでください。ミーナ様。後でお話があります」

「うう」 

 

 メリーに睨まれ、ミーナは再び縮こまる。

 まったく表情から決闘から騒がしい娘だ。

 

「それでは決闘は明日の正午。フレイガルドの円形競技場で」

 

 俺は成人のパーティに来たはずが、決闘騒ぎに巻き込まれることになってしまった。

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