問題編・第1話 奇抜探偵、登場
早緑弥生の部屋。ローテーブルに突っ伏している煙山は微動だにしない。そこへ的場がやってくる。煙山に話しかけようとするあたりで警官が追いかけてくる。
警官「的場刑事」
的場「はい」
警官「我々はどうすれば……?」
的場「もうあなた方は帰って大丈夫ですよ。随分遅くなりましたし。もし万が一何かあったら連絡しますので」
警官「はっ」
敬礼をしてはける警官。敬礼を返す的場。改めて煙山に話しかける。
的場「煙山さん、事情聴取が終わりました。容疑者たち、今日はこれくらいで帰しますか?それとも……煙山さん?何やってるんですか?」
煙山「……」
的場「煙山さん!」
煙山「こうやって被害者の気持ちを想像してんだよ」
的場「……なにか分かりましたか?」
煙山「いや、全く分からん」
的場「ふざけないでくださいよ!」
煙山「別にふざけてるつもりはないよ。前にテレビドラマでこういうのやってたから、なんか分かるかなって」
的場「オリジナルがフィクションのマネしてどうすんですか!」
煙山「イライラするなよ的場。疲れてるのか?」
的場「いえ、大丈夫です。……でも、もうひと通り現場は調べ終わりましたし、そろそろ僕達も一旦帰りませんか?僕達以外は帰っちゃいましたよ」
煙山「いや、多分まだ竹下は残ってるんじゃないかな。それに俺もちょっと引っかかってることがあってなあ。俺はもう少し残るよ。お前は帰っていいぞ」
的場「いえ、煙山さんが残るなら僕も残ります」
煙山「お前がそういうなら別に俺は構わないが……。そういえばお前、今日、非番だったんだよな?」
的場「……ええ。でも事件だっていうのに家でじっとしてられないですよ」
煙山「そうか。その割には手袋忘れてきやがったけどな」
的場、着けている手袋を示して、
的場「すいません。これ、ありがとうございます」
煙山「いいよそれくらい。俺も最初のころはよくやったしな。……にしても初めての現場だからってちょっと気合いれ過ぎだろお前。シュッとした服着やがって」
的場「……そ、そうっすかね?」
煙山「でもまあ、頑張れよ。お前が配属された時の『犯人検挙1000人する』って挨拶あっただろ」
的場「もうやめて下さいよ。みんなにさんざんバカにされたんですから」
煙山「いや、俺は期待してんだよ。少なくとも刑事をサラリーマンみたいにこなしてるやつより何百倍もマシだからな」
的場「……ありがとうございます」
キョロキョロしながら四条と宗助が登場。
的場「(二人に気づいて近づきながら)おい、あんたたちなにしてる!ここは立ち入り禁止だ!コスプレなら他でやってくれ」
四条「(ショックを受ける)」
煙山「的場!……いいんだ。その二人は」
的場「えっ?」
煙山「俺が呼んだんだよ。悪かったな。こいつまだ新人でな。この間配属されたばかりなんだよ」
四条「……コスプレ……」
宗助「先生、気をたしかに!」
四条「……大丈夫、頭を鉄パイプで殴られたくらいのものだ。大したことはない」
煙山「よく立ってられるな。致命傷だぞ」
的場「誰です?こんな怪しいやつを現場に入れるなんて」
煙山「お前、署で聞いたことないか?奇抜探偵の話」
的場「奇抜探偵?ああ!聞いたことあります!警察に協力して数々の難事件を解決したっていう私立探偵…踊る脳を持つ男、でしたか。(ハッとして)ひょっとしてこの人が……四条司なんですか?」
煙山「そうだ。彼が私立探偵の四条司。俺の大学時代からの友人でね。主に捜査の協力を頼んでいるのは俺なんだ。(時計見て)……3時か。こんな夜中に呼び出してすまない」
四条「いや、構わないよ。(的場に)どうも、四条です。(指を四本立てながら)」
煙山「横にいる彼は四条の助手の田村宗助君」
宗助「よろしくお願いします」
煙山「こいつは俺の部下で、的場だ」
的場「的場と言います。……煙山さん、せっかく来てもらって悪いとは思いますけど、奇抜探偵さんに協力を頼むまでもありません」
四条「奇抜探偵ね……。あまり私はそういう呼び方をされるのは好きじゃないんですが」
煙山「悪いな四条、こいつこれが初めての現場で張り切ってんだよ。非番だったのに一番乗りで現場に駆けつけたくらいだからな」
四条「それはそれは……」
煙山「まあ若気の至りってやつだ。許せよ」
的場「……いやでも、見るからに奇抜じゃないですか。派手だし」
四条「(ショックを受け、膝から崩れ落ちて)派手……」
宗助「先生!」
煙山「的場。世の中には思っていても口に出さないほうがいいことの方が多い。例えば、さっきお前が言ったセリフもその一つだ」
的場「はあ。……ただ、どっちにしろ僕は反対です。外部の人間の手を借りるなんてことしなくても、我々だけで犯人を特定することは十分可能です」
煙山「そうかもしれない。だがな、さっきも言ったが引っかかるんだよ。容疑者が絞られている分、面倒なことになりかねない」
四条「そういえば煙山君。君は電話でも同じようなことを言ったね。よければ、そこから教えてくれないか?君の言う『引っかかる』部分を」
煙山「ああ。…俺が引っかかっているポイントはいくつかある。例えば、事件の容疑者のとして上がっているのは4人の男なんだが、この全員が被害者と交際していたと主張している」
宗助「えーと、被害者が4又をかけてたってことですか?」
煙山「平たく言えばそうなんだが、ちょっとややこしくてね」
四条「……とりあえず質問は後回しにして、他には」
煙山「遺体発見時の被害者の状態が妙でな」
宗助「もしかして、いわゆる猟奇的なやつですか?」
煙山「別にそういうわけではないんだが……いや、考え方によっては猟奇的と言えるかもしれないな」
宗助「一体どんな状態だったんですか?」
煙山「被害者である早緑弥生はこのテーブルで突っ伏して眠るように死んでいた……ここまではいいんだが、問題は服装なんだ。これを見てもらったほうが早いな」
写真を取り出して、見せる煙山。
煙山「このとおり、何故だが知らないが、メイド服を着て、馬のお面を被っていたんだよ」
四条「これはまた奇抜な……」
的場「あんたがそれを……いや、なんでもないです」
煙山「そうだ的場。正しい判断だぞ」
宗助「メイド服に馬のお面かあ……うーんなんだろう、どっかで見たことあるような……うーん。思い出せない……あー気持ち悪いなこれ」
四条「他には何かあるのかい?」
煙山「……空白の時間、かな」
四条「空白の時間?」
煙山「容疑者による最後の目撃証言から遺体発見まで約3時間ある。この時間が気になってるんだ」
宗助「でもそれって殺人事件では普通じゃないですか?死人に口なし。そこは犯人の証言とか目撃者でもいない限り空白になるでしょう?」
煙山「もちろんそうなんだがね……。どうも変なんだ。繋がらない。空白の前と後ろがね」
宗助「どういう意味ですか?」
煙山「実はさっきの被害者の遺体発見時の格好については、馬の面とメイド服が容疑者たちからの誕生日プレゼントだということは分かってるんだ」
四条「被害者は誕生日が近かったのかい?」
煙山「ああ、事件が起きた昨日…といっても数時間前だが2月28日は被害者の誕生日だったんだ。容疑者たちは被害者の部屋を訪ねてプレゼントを渡しているんだよ」
宗助「へえ、じゃあ別に変でもなんでもないじゃないですか。さっきの格好だってプレゼントでもらったものを着ただけですよね?」
煙山「そう思うだろ?でも容疑者たちはこう証言してるんだ。『プレゼントしたとき、彼女はそれを着用しようとはしなかった』これがどういうことか分かるかい?」全員「……」
宗助「……つまり、容疑者たちと一緒にいる間は拒んでいた服やお面を、一人っきりになってから部屋で付けていたってことですか?」
的場「まあ、単純に恥ずかしかったんじゃないですかね。人前で着るのが」
煙山「馬の面やメイド服を欲しがったのは被害者だったらしいじゃないか。だとしたら恥ずかしがるのはおかしくないか?こんなもの、パーティのノリでつけなきゃいつ付けるんだ?」
的場「まあ、そうかもしれませんが……」
宗助「ダイイングメッセージかもしれませんよ。この格好で犯人を知らせようとしているのかも。(煙山を見る)」
煙山「誰がウマヅラだ!」
宗助「何にも言ってないじゃないですか~」
四条「どちらにしろ、現時点で理由は分からないな。情報に橋が架からない」
煙山「……俺は、その理由を知る必要があると思うんだ」
四条「そしてそれこそが、犯人特定につながる、と」
煙山「そういうことだな。俺が今、気になってるのはこのくらいかな」
四条「4人の彼氏、メイド服…馬のお面……そして繋がらない空白の時間……ミッシング・タイムか……」
考えながらブリッジを始める四条。
的場「……あれはなにしてるんですか?」
煙山「知らないのか?あれが有名な『四条大橋』だよ」
的場「四条大橋!?」
煙山「四条は考え事をするときにブリッジする癖があるんだ。あいつはああやって手に入れた情報に橋をかけて、いくつもの難事件を解決に導いてきた。そしていつしか、その姿は四条大橋と呼ばれるようになった」
的場「ならないですよ普通。誰なんですか、その呼び始めたやつは」
煙山「……俺だぁ!」
的場「いやあんたかい!」
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