第21話 もういっちょ世界での語られアプローチ
「吸血鬼だー」
礼拝堂が影を落とす庭園墓地に、蝙蝠がバサバサと舞っている。
酒場の用心棒や礼拝堂の牧師、そしてなぜかロバ頭の遊び人が、私を追ってくる。カンテラを高々と掲げ、時折、聖水や聖餅そしてナゾの詠唱で私を攻撃してくる。私は時折後ろを向いては、叫ぶ。
「ちょっとお。私、モンスターでも何でもないんですけどぉ」
ロバ頭の遊び人が、最後尾から怒鳴ってくる。
「モンスターは、みんな、そう言うんだ」
ラチがあかない。
街道は一本道で、街路樹のドイツトウヒの影から、尖塔立つ古城や白く泡立つ湖畔が見えかくれしている。全力で、頑張って駆けてはいるけれど、月に照らされた追手の影は、全然離れてくれない。
「たすけてえ」
大声で叫ぶと、右手に開けたラベンダー畑の影から、カンテラの明かりが三つ見えた。二人はヒト型だが、最後の一体は何やら爬虫類じみた濃緑の皮膚の持ち主。
私は、思わず叫んでいた。
「アノマロ君っ」
私の声で振り返ったワニ顔の男は、パーティの男気ある盾役だ。だとすると、後ろのちっこいのはしっぽ妹、その後ろの重そうなスカートの主はメイド伍長らしい。よかった。彼、彼女らに、私が怪異だという誤解を解いてもらうのだ。
私は真っ赤なキャミソールのすそを翻して、止まった。
プロレスラーみたいな体型の「酒場の用心棒」が、アノマロ君の異形の姿を目の当たりにして、少し立ちすくむ。
「……なんだ、お前ら。このバンパイヤの仲間か」
「ほら。アノマロ君、言ってやって」
「……いえ。違うんで。こんな性悪なネカマ、ウチのパーティメンバーでもなんでも、ありません。どーぞ、退治しちゃってください」
「はくじょうものーっ」
小半時後。
私は例によって、行きつけのアイリッシュパブでクダをまいていた。
ログインするたびにパブに来ますね、本場アイルランド人も真っ青の皆勤賞だ……とバーテンダーに褒めて(?)もらう。飲まずにはやってられないよ、と私は薄情な仲間たちを横目に、三杯目のスタウトを飲み干した。
「……渡辺君が偶然通りかからなきゃ、今頃本物のユーレイ・プレイヤーになってるところだよ」
「ここではケースケですよ、スワン」
「味方にまで、見捨てられそうになるし」
スツールにちょこんと腰掛け、ソーダ水を堪能していたしっぽ妹が、減らず口を叩く。
「だって。緊急招集だって言うから、急いでログインしてみれば、一ダースもオトコを侍らせて、怪しげこと、おっぱじめようとしてたでしょ。あれ見て、愛想、つかさなかったら、そっちのほうがどーかしてるよ。エッチ」
「それは……リアル世界での協力、要請してたからさ」
メイド伍長が、冷静に問う。
「それって、緊急招集がらみのことですよね。ひょっとして、ヤルミンのこと?」
「正解」
「リアルのアユミちゃん、確か、今日は陸上新人大会の応援に行ったんですよね。そこから、私たちに対する緊急招集っていうのが、イマイチつながらないっていうか」
「事態は、君らが考えてるより、悪い」
「まさか、アユミちゃんが、いきなり結婚させられるとか、何とか?」
「その、まさかに、近いかも」
私は、丹野君と古川さんの両片思いを確認するところまでの顛末を話した。
しっぽ妹が、毒舌を吐く。
「二人にその事実、伝えたらよかったじゃない」
「ダメだよ。古川さんからの依頼は、彼氏からの告白なんだ」
「面倒くさ」
普段はめったに発言しない渡辺君が、たしなめてくれる。
「君だって、一度は大失恋した人じゃないか。恋愛がうまくいかない苦しさ、知ってるでしょ」
「ケースケって、マジメなのね。でも、そういうとこ、リアルだとモテるんだろうなあ」
「なに、遠い目になってんだよ、しっぽちゃん」
「っるさい、ネカマ。……ねえ。クソオヤジのせいで、アユミちゃんが足止めされて、丹野君の応援に行けないところまでは分かったわよ。でも、応援に行けない、それだけじゃないの?」
「古川パパの仕事を思い出してくれ。彼は県職員のお偉いさんで、商工会と組んで街コンを仕掛けるのが仕事なんだ。明日の朝、娘の足止めをするのは、単なる応援妨害のためだけじゃない。ちょうど明日開催される街コンに連れていくため、らしいんだ」
「ずいぶん思い切ったオヤジさんだなー」とアノマロ君。
「そんなの、私ならブッチする」としっぽ妹。
「実際、策士なんだが、さらに彼にはブレインがいるんだ。古川植木屋さんの小政さんこと、金ヶ崎氏というオッサンだ。……実は、この間、本人も気づかないうちに、丹野君たちがフィットネスクラブを不正利用してしまうっていう事件が起きてね。これを脅しの材料に使うらしい。父親の要請を無視すれば、丹野君が危ない。金ヶ崎氏が一言言えば、丹野君は、不正利用の罰金を背負う。下手すれば学校にも通報されて、停学、部活の対外試合禁止、なんてこともありうる」
「うわ。卑劣」
金ヶ崎氏がアユミさんの母親の同級生で、結婚して逆玉の輿で社長の座を狙っていることを、パーティの三人にかいつまんで説明する。
「お母さんのほうにフラれたから、今度は娘のほうを狙ってるってわけです」
ケースケが私の言葉を補足すると、女性陣はあからさまに嫌悪感を示した。
「呆れた。娘にそんなオッサンをめあわせようとするなんて。古川パパ、アタマ、沸いてんじゃない?」
「口を慎みなさい、しっぽちゃん。でも、まあ、義父憎し、イコール義父お気に入りの丹野君憎しで、自分が何をしようとしているのか、分からなくなってるってのは、確かかもね」
「アユミちゃん本人の気持ちは、どーなの? もともと父親代わり、みたいな人なんでしょ?」
「恋愛相手と考えたことは、なかったみたいだね。すごく悲しい。そんな目で見られていたのか、裏切られた気分だ、だそうだ」
「ちょっと、質問です、庭野センセ」
「スワンでいいですよ。なんです、マスター」
「ふつう、そういう合コン? 街コンって、年齢制限とか、縛りがあるんじゃないんですか?」
「行政からの強い指導で、今度の街コンは年齢制限がなくなりました、だとさ。要するに、古川パパの差し金です。金ヶ崎氏が参加しやすいようにするだけでなく、女子高生であるアユミさんも、参加OKにするための、工作だね」
「コスイ」としっぽ妹。
「でも、ものすごいお爺さんお婆さんとか、幼稚園児がエントリーしてきたら?」
「そこに抜かりはないよ。後援している有力パトロン、県の和装屋さんや呉服屋さんの組合らしい。年齢制限はないけど、着物が似合い、歌って踊れる男女を募集しています、ていうのが謳い文句と聞いた。後援会のホームページにアクセスしてみたら、浴衣で盆踊りみたいなのを想定しているらしいね」
「浴衣。昼間はマシだけど、もう、朝晩肌寒いのに」
「まあ。イメージ的に、ね」
メイド伍長は、なおも疑問を口にする。
「参加者の中には、アユミちゃんを見染める男の人がいるかもしれないし、その、金ヶ崎さんを気に入る女の子だって、いるかもしれません。アユミちゃんパパの思惑通り、カップリングが成立するなんて、そうそうコトが運ぶかなあって、思うんですけど」
「……参加者そのものを、全員デキレースで集めるっぽい」
メイド伍長は絶句した。
「つまり……アユミちゃんと金ヶ崎さん以外の、全員がアユミちゃんパパの手下……」
「そういう作戦っぽいね」
ついでに言えば、カップリング成立後の「アフターケア」も、入念にやるっぽい。成立したカップルの絆を深めるために、ポッキーゲームだのツイスターゲームだの、カップルを接近させるための各種イベントも取り揃えております、という話だ。
「キモッ」
「私も、キモいと思う。しっぽちゃんに賛成だ。それで妨害の方法論」
普通、この手の街コンの参加者を募るときは、一カ月も二カ月も前から告知しておくものたけれど、今回はわずか三日前である。そして、当日0時からネットで受付開始、埋まらなかった人数分は飛び入り参加歓迎で、というシナリオだという。無理難題の予約日程で企画が通ったのは、前回、仙台のウイスキー工場を会場にした街コンが大盛況で、すぐに席が埋まったからだそうだ。
「……たぶん、0時の受付開始と同時に、古川パパの手下たちが、一斉にエントリーを仕掛けてくるっていう作戦なんだよ」
「分かった。それを妨害して、逆にウチらで予約を埋めちゃえばいい」
「そういうことだよ、しっぽちゃん」
「でも、スワン。予約は取れても、実際に当日参加するとなると……明日の朝の話なのに、今から友達に声をかけるわけにもいかないし……」
「人間の調達ならまかせてくれ、アノマロ君。和服が似合い、唄も踊りもいける人たちに、心あたりなら、ある」
「妨害が成功しても、フィットネスクラブ不正の件は消えないんじゃ……」
「それも、みんなが力を合わせれば、なんとかなりそうなんだ」
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