第18話 違う世界戦での、語られアプローチ
「……ということがあってだな。古川さんは、いや、ヤルミンは、ボーイフレンドにふられちまったわけだ」
「まだフラれてはないだろう、常考」
「事情は分かったけど、オレたちに相談って何だよ、スワン」
そう、私はネトゲ『ナイトクエスト』に出向いていた。わざわざ電脳空間まで出向いて、相談することでもない。それでも緊急招集をかけて、酒場に集まってもらったのは、ほかでもない。
例のフィットネスクラブの一件後、古川さんが丹野君に完全無視されるようになったのだ。
「事情は、分かった、ような気がするけど」
三人のリーダー格「メイド伍長」が、言う。
「その、ヨコヤリさんっていうオバサン、どーして脱いだんでしょうね」
「ベンチプレス中、険しい雰囲気だった丹野君が、ウチの秘書、木下先生の登場で、突然、聞き分けのいい青年に化けた。この秘書、日本人離れしたプロポーションを持つ美人なんだけど、ヨコヤリ・ママは対抗意識を持っていたみたいで。木下先生くらいの、普通の美人でこんだけ雰囲気が変わるんなら、絶世の美女たる自分の魅力で、朴念仁の心を完全にとろかしてみせる、とか言い訳してましたな」
要するに、手柄を横取りしようと、してたのだ。
「それにしたって、常識的に、高校生の前で脱ごうとはしないでしょう」
いつでも、斜め上に行動しちゃうタイプだっていっても、分からんだろうな。
「……このところ、息子に全然かまってもらえなくて、寂しくて寂しくてって、言ってたけどね。ママを無視すると、暴走しちゃうぞーっていう、メッセージですよ。彼女、ストーカー体質で、今は息子に執着してて」
子どもに恥をかかせて、親の欲求を通すというパターンは、ママさんチア教室で学んだことだろうか?
ヨコヤリ・ママの行動の元凶をたどると、私に行きつくようで、どうも背筋が寒くなる。
「で? 最初に戻るけど? 力を借りたいって?」
「語られアプローチ、禁じ手を使おうと思って」
すでに二人はつきあっている。
そういう噂を流して、二人の距離を無理やり詰めていくのだ。
「ウソはダメだぜ、スワン」
どうやら、このアノマロ君というワニ顔の男の子キャラは、そうとうカタブツらしい。
「ウソじゃない。話が前後するだけだよ」
メイド伍長も、言う。
「ヤルミンがこのまま振られたら、ウソになっちゃうでしょ」
「みんな、冷たいなあ。ほら、ケースケ、加勢してくれ」
あれ?
「海賊の恰好をした髑髏が出た、とか言って、さっき退治しに行ったよ」
「ううん。なんていう薄情な相棒だ」
「そりゃ、こんなセンセにつきあわされれば、薄情にもなるよ、スワン」
「うわ。失敬な」
「いきり立ってないで、バーボンでも飲みな、スワン」
「ゴマ焼酎の梅割り、生卵の黄身を落として」
「なに、それ」
「二日酔いで苦しいとき、迎え酒にちょうどいいんだ」
「美少女アバターで、そんなオッサンくさいこと、つぶやかないでよ。てか、ネトゲの中にそんなマニアックな酒、置いてるわけないでしょ。そもそも中世ヨーロッパっていう世界観が台無し」
「すまん。私、色々空気が読めないんだ、メイドちゃん」
「知ってた」
さっきから黙って聞いていたしっぽ妹が言う。
「ねえ、スワン。世の中にはお節介な女の子も、空気の読める男の子もいっぱいいるよ。そういう、二人がすでにつきあってるっていう噂が流れれば、確かに応援する人も出てくる。二人で廊下で立ち話していれば、あえて声をかけないようにする、とか。クラスが違うくても、示し合わせて同じ委員会になるように、してあげるとか」
「分かってるじゃないか、しっぽちゃん」
「でも、当人、その丹野君のほうは、どうかな」
「というと?」
「私の経験からいうと、つまり私が失恋したとき、その男の子に言われたことだけど、めんどくさい駆け引きをして男の気を引こうとする女子は、つきあってから、さらにめんどくさくなるから、イヤだって」
「偏見だ」
「私もそう思うんだけどね、スワン」
「そんな野郎、逆にフラれてよかったよ、しっぽちゃん」
「よくないよ……私、三日三晩、泣いたんだからね……てか、なんでそう、デリカシーないの、スワン」
「すまん。続けてくれ」
「そもそも、男の子の気を引くために、アテツケっていうの? 他の男の子とイチャイチャしてみせるっていうのが、女の子の発想だなって、言われちゃった。ていうか、男の場合で言うと、本命でなくとも、他の女の子とイチャイチャできるくらいモテるなら、告白とかするのに、苦労しないって。女の子が絶世の美少女だとか、男がよっぽどの肉食系だとかならともかく、普通は諦めるって。アイツは他人の女になっちゃったんだなあって、切り替えてくのが大半だろうって」
「冷たいなあ……でも、なんか、分かりそうな気もする」
「鈍感の極みみたいなスワンでも、やっぱり、そう考えるのかあ。男の人って、ドライなのね」
「ドライというのとは、ちと違うような……イマイチ、自分に自信がないって、感じ?」
ちょっと口をはさんでもいいか、とアノマロ君が口をはさんでくる。
「そもそも、スワンがお節介を焼いたのが、失敗の原因じゃないかな」
「えっ。語られアプローチが……」
「やり方じゃなく。オッサンが手助けしてるってのが」
「?」
「誰かに助けを借りる、他力本願ってのは、仕方ないような気がする。しかしさあ、二十代くらいの、お兄さんお姉さんに頼るってのならまだしも、塾講師だの両親祖父母だの……本当の大人を巻き込んじまってるのって、ルール違反じゃないかな」
「恋愛にルールとかあるの? ちゃんと明文化されてれば、読んでみたいもんだ。それなら、攻略法だって楽に考えられる」
「そういう、上から目線、みたいなのがチョコチョコ出てくるから、大人の口出しは、嫌われるんじゃないの、スワン?」
「でもさ、アノマロ君……恋愛がうまくいって、さあ結婚とかなれば、大人の出番になるよ。恋愛が失敗して、たとえば女子高生が妊娠しちゃったりしても、大人の出番は出てくる。大人同士の恋愛に、他の大人の出番はないけど、大人になりきれてない大人の恋愛になら、端役というより、脇役くらいの貫禄で登場するさ。大人になれば、自分が原因でないチョンボの尻ぬぐいもしょっちゅうだけど、ぬぐった尻の数だけ、チョンボしそうな子どもたちの尻を叩く機会も増えるってことだな」
「ちょっと、分からないかも」
「恋愛に責任なんてない、っていう男の子は、軽薄だ。そういう男の子に納得する女の子は、ウソつきだ。そして、そういうことを恋愛中のカップルに言う大人は、野暮なんだ」
「スワン、自覚があるのに野暮なんだ」
「野暮じゃない大人は、本当の大人じゃないさ。頼ってはいけない、大きな子どもなのさ」
「スワンみたいなオッサンに頼る女の子とつきあうのは、疲れそう。重そう」
「じゃあ、アノマロ君。どーすればいいんだ? 容姿も性格もイマイチ、他人にいじられるのが取りえだけの女の子は、恋愛をするな、と?」
話しつかれた……いや、タイピング疲れか、ここで会話が途切れる。
そして、ケースケはまだ帰ってこない。
やがて、アノマロ君が話を再開させた。
「その、語られアプローチ? 噂という噂は全部流し切ったんのだから、あとは当たって砕けろ、だと思う」
「簡単に言ってくれるなよ、アノマロ君。我が辞書に敗北の二文字はないのだ」
「ないのだって、現に負けかかってるじゃん。それに、負けかかってるのは、スワンじゃなく、ヤルミンじゃないか。負けを認めない姿勢が、本当の負けなんだぜ、スワン」
「うーん」
「もう、一緒に遊んでやらないからってのが、一番効くんじゃない?」
「おーい、メイドちゃーん」
「最後に、もうフラれる覚悟で、楽屋裏の一切合切を噂として流すってのは、どーかな?」
「私たちが、アユミさんの、いやヤルミンの手助けをしてたことは、もう彼もうすうす気づいてると思うけど」
「うすうす、だろ。ちゃんとじゃなくて」
「手の内をさらすっていうのは、ヤダなあ……しっぽちゃんたちも、賛成なのか?」
「賛成よ、スワン」
「丹野くん、食いつくかな? てか、高校生たち、ちゃんと噂してくれるかな」
「アプローチそのものが、ドタバタ劇っぽくて、結構面白いから、みんな噂すると思う。そして、これだと、彼女が彼氏の告白を待ってるっていうのが、彼氏にちゃんと伝わる。既に交際済みっていうウソの噂を流すより、よっぽどいいと思う」
「語られアプローチ、バージョン2ってところか……」
「違うよ、スワン。それを言うなら、語られアプローチ、別次元バージョンさ」
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